「あのシーンは?」雪風 YUKIKAZE テレビだいすきさんの映画レビュー(感想・評価)
あのシーンは?
あのシーンは必要だったのかな?
あれで一気に昭和の映画になっちゃったな。
父親が戦争で満州に行っていて、その後ロシアで抑留され
帰国後に結婚して2女1男をもうけました。
20年ほど前に亡くなりましたが
比較的戦争のことを話す人だったので、戦地のことや
戦争テレビ、映画などはよく見て育ちました。
なのでこの映画のようなことも良く見ていたので
あまり感激もせず映画を鑑賞していました。
であのシーンは・・・・。
あえて言わなくてもこの映画を見る人にはわかってるでしょう。
ちなみにYAHOO映画が無くなったので、そちらで書いた
ラーゲリの批評欄で書いたことを、備忘録代わりに書いておきます。
千葉県木更津にて大正10年に農家の次男として生まれた父は
当然のごとく兵隊に行くことが前提に育ったようです。
農林学校から入隊(兵学校に行ったのかは不明)満州に配属
一部測量の勉強もしていたので満鉄にもかかわったようです。
早起きが好きで、満州に建立された神社に朝早起きしてお参りしていると
毎朝会うおじいさんが居て、挨拶を交わしていたそうです。
ある日 隊で上官に呼び出され「中佐殿がお呼びだ!貴様何かしたのか!」
と呼び出されていくと、そこには神社で挨拶しているおじいさんが・・・。
「おまえ士官になる気はないか?」アンパンでもありましたねw
と一旦内地に帰って士官学校に入ることになったそうです。
しかしその士官学校に入る人間が違う人になっていて(誰か工作したらしい)
内地に戻ることは出来なかったようです。がその内地に戻る船が敵攻撃で沈没。
その後満州で勉強し中尉までなり、200人ほど隊を率いていたそうです。
ソ連はだいぶ早い時点から攻撃してきていた。丘の上からスイカをくりぬいて
中に手りゅう弾入れてころがすと、ソ連兵が拾いに来たりした。
寒いから機銃にほほを付けるとくっついちゃうとか、号令間違えて
機関銃撃ってしまい、やめの号令も聞こえず上官に殴られたとか
(ここにはかけないことも聞きました)色々話してくれました。
終戦と同時にシベリアに抑留されましたが、幸いラーゲリのように
特別監獄みたいな扱いにはならず、本来勉強好きな父はロシア語中国語も
少し話せたようで、ロシア兵との連絡係もやっていたようです。
松の植林やジャガイモの栽培などやらされて、ジャガイモは日本に帰った
あとも嫌いで食べませんでした。松の植林では根っこの部分の掘削が大変
だったので、監視の目を盗み、根っこの部分を杭状にとがらせ、土に
刺して終わらせて、ロシア兵に「お前の隊は作業が早いな」と言われた(笑)
とか面白おかしくも話してくれました。(当然枯れちゃうので、松くい虫に
やられたのだ!と言い訳もした様です)
2年ほどで帰還し、赤差別を受けながら、元村長の曽祖父のコネで県庁に入り
千葉県の海岸沿い松の植林を行い(その時昭和天皇が来て植樹してくれた話も)
母親とお見合い結婚して高度成長時代を生き抜いてきました。
晩年はガマの油売り、バナナのたたき売り 等の余興を会合や催し事
の際にやっていましたが、恥ずかしいな、やめて欲しいなと思っていましたが
シベリア抑留時に、次々捕虜が亡くなって行くので捕虜内での催し事をやれ
とのことで部下(シベリアで亡くなった仲の良かった友人ですね)
が筑波のガマの油売り人、バナナのたたき売りとか余興で
やっていたのを故人の遺志と思いやっていたようです。
日本に帰国後も本当に色々ありましたが、ここまでにしておきますw
読んでくれた方には御礼申し上げます。m(__)m
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