「テレビ報道の意味を考えた」セプテンバー5 talismanさんの映画レビュー(感想・評価)
テレビ報道の意味を考えた
この映画を見ることができてよかった。一つにはスピルバーグの「ミュンヘン」で描かれた、イスラエルによる報復のトリガーになった西ドイツのミュンヘン・オリンピック1972の様子を知ることができたからである。生中継で流された当時の映像を使いながらミュンヘン在のABCテレビの調整室は当時の機材、電話、モニター、服装;俳優は現在の人達。ドキュメンタリーとフィクションが滑らかに繋がり映画として面白く緊迫感が半端なかった。
もう一つはテレビの役割が今よりずっと大きかった当時を実感した。現地に居るスポーツ担当とアメリカに居る報道担当との駆け引きは競争でもあり面子であり専門家はどっちだ!という争いでもあってリアルだった。「現場にいるのはスポーツ班のこっちだ」とのジェフの主張と決断は正しかったと思う。テレビ中継のリアルさを全ての人が信じていた時代でもあったんだろう。ジェフの上司二人(ルーンとマーヴィン)のそれぞれの立場からの対立、連帯、まだ駆け出しだったジェフにリーダーを一任させるなど、なかなかよかった。
極めつけはドイツ語通訳のアメリカTVチームでの立ち位置だ。通訳のマリアンヌはドイツ人(ドイツ映画「ありふれた教室」の主役の先生役)としてZDFのニュースや警察からの情報のドイツ語→英語の通訳、チームが詰めている建物のドイツ人ハウスマイスターとやりとり(彼の文句を聞いてあげて説明する)して仕事がスムーズに行くよう取り計らう、ミュンヘン近郊の地理に詳しい。フットワークが軽くて頭がいい。TV調整室に配属される位だからかなり優秀なはずだが、まさかあんなことが起きるとは思わなかったろう。通訳は孤独を感じることもあるが、リーダーを任せられたジェフとは結果的にはうまくいっていた。ただ、最初の自己紹介段階でジェフが彼女の両親のことを尋ねたのはかなりきわどいと思った。70年代のあのマリアンヌの年齢で両親健在なら、68年の学生運動で学生達が批判の対象としたひとつが「私たちは何も知らなかった」と言った(或いは知らない振りをしていた)親世代だからだ。イスラエル選手団全員がパレスチナのテロリストによって殺害された最悪の一日。翌日は追悼式。調整室でジェフはマリアンヌに感謝しいたわり、マリアンヌはドイツはまた間違いを犯したと呟く。
選手村に警察官を常駐させるのは強制収容所を想起させるからしない、軍隊を中に入れないのは憲法(基本法)で禁じられているから。このような説明をきちんとできる通訳。辛かったろうが、クリアにきちんと事実を述べた。
ジェフ役は最初はなんだかぼんやりした感じの人だなあと思ったが、リーダーとして見事な仕事ぶりだった。テロップ担当の女性も、選手に変装して選手村宿舎に入りこんで撮影するスタッフもよかった。ただ実況中継は宿舎のテレビでテロリストも見ていた。宿舎内の電気を一斉に消すことはテレビ・クルーの仕事ではない。開催国ドイツの問題だ。
ABCだけが生中継できた、ということは他国のTVはABCが映した映像をそのまま流していたのだろうか?日本での報道はどうだったんだろう?よりによって(でも意図的な気もする)ドイツでのオリンピックで起きたイスラエル絡みの悲惨な事件、この映画の制作にドイツも入っていることは当然であるが勇気もある。
報道班は腰がひけている、でも自分達のセクションではビクビクしないで攻めの姿勢でやっていると、どこかの日本のテレビ局のクルーの言葉を読んだ。攻めてくれ!
そう言えば、当時の映像としてミュンヘン近郊のダッハウ強制収容所跡の記念館とそこを訪れる人々の様子が映っていた。自分が訪ねた唯一の強制収容所がダッハウなのでとても集中して見過ぎて、映画の中のどの箇所に挟まれた映像なのか忘れてしまった。
おまけ
「通訳」は、なんちゃって通訳から、専門に特化した恐ろしく高いレベルの知識が求められる通訳までとても幅広い。だから通訳をどのような職業なり立場として認識しているかは、今までどのような通訳を見たことがあるか(テレビなどでも)、知っているかに依存すると思う。だからどんなイメージをもっていてもそれは全く自由だ。ただ、通訳をする人の人間性が問われること、通訳を必要とする側との信頼関係が命であることは、どんな種類・レベルの通訳にも共通して言える。「ある外国語ができるだけ」の通訳は趣味としての通訳で、そういう通訳だって必要だ。
正に今、たくさんのインド人に囲まれて、厳格なベジタリアンで味見すらできないのに料理習ってるとか、マジで「クソ宗教」で溢れてるなと思ったところですw
オリンピックというお祭りが肥大化したコンテンツになって、格差が広がってることを思うと、もう辞めちまえと思いますね。
共感ありがとうございました。
さすが、talismanさん、そこまで深く作品を理解できるの、羨ましい限りです😭
それにしても、単語ひとつで誤解されかねない通訳は、深い知性と思いやりが要求されますね。
talismanさん コメントありがとうございます。
ドイツをはじめいろいろな事象に造詣の深いtalismanさんのレビューはとても興味深いです。
私はSNSビギナーで、サイト内の操作もおぼつかず、文章表現力も乏しいので、マイペースで発信して参ります。