「自分を正常だと思っている我々はこの世界にいちばん適した狂い方で発狂している? 「異性愛主義」や「家族主義」はこの世界でもっとも広汎に共有されている狂気の一種?」消滅世界 Freddie3vさんの映画レビュー(感想・評価)
自分を正常だと思っている我々はこの世界にいちばん適した狂い方で発狂している? 「異性愛主義」や「家族主義」はこの世界でもっとも広汎に共有されている狂気の一種?
村田沙耶香の小説が映画化されるのはこれが初めてだそうです。確かに映画化が難しそうな作風で、この『消滅世界』も読者がひとりで小説と向き合って研ぎ澄まされた感性、知性とともに読んでゆかないと置いてきぼりを食らってしまう感があります。映画館という空間の中で人が演じたものを再生して観るという方式に、この原作小説が耐えられるかどうか、といった映画というメディアの可能性までも考慮しなければならない作品だと思っていました(ちょっと大げさですが)。
で、まあ大丈夫でした。ちゃんとした劇映画にはなっています(興行として成功するかどうかという点はさておき)。先行しがちな言葉や概念をどう映像化してゆくかというミッションはかなり難しいと思っていましたが、そこそこ健闘しているとは思います。
ここでは、近未来と思われる日本で、人工授精で子供を産むことが定着し、夫婦間の性行為が「近親相姦」としてタブー視される世界が描かれます。私は原作を読んだとき、この「近親相姦」という言葉の使い方が秀逸だなあと感服しました。なるほど「結婚」して夫婦となり、ひとつの「家族」のメンバーとなればもはや「近親者」か、夫婦はお互いの精子と卵子を人工授精で結合させて新たな近親者を作るのか、「近親相姦」ではない性行為は結婚の外側に存在していて相手が二次元アイドルの場合だってあるのかと、この「近親相姦」というパワーワードで「愛」だの「性」だの「結婚」だのの既存の概念を一気に吹き飛ばしています。まあでも、これは小説だからできるワザという気もして、映画でこの「近親相姦」の使い方に遭遇すると、観客は腑に落ちなかったり、居心地の悪さを感じたりするでしょうね。小説のほうでは、主人公の雨音(あまね。映画では成人してからの彼女は蒔田彩珠が演じています)は小学生時代に「正しい」性の知識を身につけようと図書館で調べ、「ヒトは科学的な交尾によって繁殖する唯一の動物である」から始まる、その世界で正しいとされる「性」や「恋愛」や「生殖」に関する内容に、事典を通じて触れることになります。このあたりで読者は小説内世界での概念や言葉の定義に馴染むことができ、安心して小説を読み進めることができますが、映画はそういったことを表現するのに不向きな感じもして、不思議な世界観に戸惑う観客が多かったのではないかと思われます。
映画が多少なりとも本領を発揮し始めるのは後半の実験都市「楽園」(“エデン”と読む。もともとエデンとはアダムとイブがいた楽園ですね。彼らは禁断の果実を食べてそこから追放になりましたが)が描かれるあたりからだと思います。エデンは千葉に作られた実験都市で希望者からなるコミュニティでメンバーの中の指定された人が人工授精に参加でき、誰が生物学的な父母がわからない形で子供を出産します。生まれた子供たちは皆「子供ちゃん」と呼ばれ、従来の「家族方式」ではない「エデン方式」という方法でコミュニティ全体で育てられます。コミュニティのメンバーは男女とも「おかあさん」と呼ばれ「子供ちゃん」の面倒をみることになります。主人公の雨音は以前いた場所で夫だった朔(演: 柳俊太郎)と婚姻関係を解消して(実験都市の規則に触れるので)エデンに参加します。雨音も朔も人工授精参加がかなうのですが、雨音は流産してしまいます。ところが、なんと朔は「人工子宮」を使って妊娠し、世界初の男性による出産者になるのです。それも裏でこっそりと手を回し、朔の精子と雨音の卵子で人工授精した赤ちゃんでしたので、彼は腹を痛めて正真正銘の自分の子供を出産したことになります。
こういったお話が白を基調とした画面で淡々と語られます(なんだかカルト宗教の宣伝フィルムみたい、とか言って、私、そういうのを観たことないのですが)。雨音も朔もだんだんとエデン方式に馴染んでゆきます。例外は雨音の母親(演: 霧島れいか)で、そもそも彼女は人工授精などではなく旧来の方式で雨音を身ごもり、出産しているのですが、エデン方式を否定し、あなたは洗脳されていると雨音に言います。それに対して雨音はその世界にいちばん適した狂い方で発狂するのが楽だと答えます。
そんなこんなで不思議な作品です。まあ、ディストピアを描いた映画なんでしょうけど(私は少し気味が悪かったです)、人によってはこれこそがユートピアだと言うかもしれません。私は専門家ではないのでわかりませんが、そもそも人類が「一夫一妻単婚小家族」で家族経営しながら親が子育てをしているという方式はそんなに長い歴史を持っていないように思われ、家族というものも時代によって変容していくかもしれないな、とは感じました。
考えさせられる部分の多い、興味深い内容だと思いましたが、小説だけでもよかったかな。あと、この内容なら、映画より演劇向きかなとも思いました。
