「桐島です」のレビュー・感想・評価
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心優しき青春映画
1974年の三菱重工爆破事件はリアルタイムでテレビ報道されてたので、悲惨な画像を見て、とんでもないことが起きたと身震いしたことを覚えている。
これは「東アジア反日武装戦線」の「狼」メンバーの大道寺将司ら4人の犯行である。「桐島聡」は「さそり」と称した方のメンバーであり、この犯行には加わっていない。大量の死傷者を出したことに意を唱えたものの、その後の企業爆破事件には実行犯として関わり、間組の作業所爆破事件で重症者を出してしまった。警察の捜査で次々とメンバーが逮捕される中、彼は別人になり逃亡を続けた。同じく逃亡し逮捕された盟友である宇賀神寿一が懲役17年だったことを考えると彼がもし自首をしていたら適切な医療も受けられもう少し長生きしたかもしれないし、何より「桐島聡」として別の第二の人生が過ごせたのかもしれない。
この映画化は学生運動の世代でもある高橋伴明監督によるものだが、「爆弾犯の娘」の著作でカミングアウトした梶原阿貴が脚本に参加したのが大きい。彼女が経験した逃亡生活のエピソードを加えながら約50年の中で関わった人々に取材し、彼が何を考え行動したかを想像し物語を作ったとのことである。(映画パンフの高橋監督によると)この映画は単なる逃亡の物語ではない。彼が逃げ続けたのは人間的優しさがあり、弱い立場の人に寄り添うことができる人だったからだ。一人の人間の青春の軌跡を描いたつもりである。と、。
主演の毎熊克哉は見事にこころ優しき「桐島聡」になりきっていた。彼の代表作になるでしょう。ラストに今も逃亡を続ける大道寺あや子と思われる役を高橋恵子が何処かの紛争地で「桐島くん、お疲れさま」と言っていたが、彼ら彼女らの闘いとは何だったのだろう、。
十字架を背負った男の半生
1970年代、企業に対する爆弾テロを実行し、指名手配されながらも逮捕されることなく半世紀にわたって逃亡を続け、2024年初頭、入院先の病院で「桐島です」と名乗り出た直後に息を引き取った桐島聡。その半生を描いた作品でした。
物語は、1970年代中盤、20~21歳だった桐島が爆弾テロを実行する場面から始まります。その後指名手配された彼は逃亡生活に入り、お話は1990年代に。この時代はほろ苦い恋愛経験が描かれ、2000年代には勤務する工務店での後輩との関係性、2010年代には安倍政権による解釈改憲と集団的自衛権容認に対する怒り、そして2020年代には病との闘いと死に至る姿が、情感豊かに、丁寧にドラマ化されていました。
本作は基本的に、テロリストである桐島を好意的に描いており、その点については賛否があると思われます。ただし、彼のテロ行為の動機には、戦前・戦中の日本企業による朝鮮人や中国人労働者の酷使と搾取、そして戦後に至っても同様の構造が大企業によって継続されているという現実への強い批判がありました。桐島らは、それらに掣肘を加えるという意志を持って行動しており、少なくとも“物語”としては一貫性と説得力を持っていました。
さらに、2000年代以降の桐島は、在日韓国人や在日クルド人といったマイノリティに対する差別に対して激しい憤りを感じており、共に暮らし、支える姿勢を貫いています。戦前から続く民族差別が、現在でも根強く、むしろ表面化しやすくなっている現実社会において、彼の姿勢は多分に今日的な意味合いを帯びており、そうした意味で物語全体に古さを感じさせませんでした。
映画としての最大の見どころは、主演の毎熊克哉が演じた桐島聡の存在感でしょう。実際の桐島聡の人物像を知る人はほとんどいませんが、指名手配写真と映画のチラシにある毎熊の姿は非常に似通っており、その再現度の高さだけでも一見の価値があります。
特に印象的だったのは、1990年代の“恋愛編”とも呼べるエピソード。若き歌手・キーナ(北香那)からアプローチを受けながらも、逃亡者として背負った十字架ゆえに彼女の気持ちを拒まざるを得ないという切なさが胸に迫ります。河島英五の名曲「時代おくれ」の「目立たぬように、はしゃがぬように、似合わぬことは、無理をせず」という一節を桐島が熱唱するシーンも、彼の孤独と信念を象徴しており、とても印象深い場面でした。また、爆破事件の夢に何度もうなされて目を覚ます描写も、彼の葛藤や後悔を静かに浮かび上がらせていたように感じられました。
そして、死を目前にした病室で「桐島です」と名乗り出る場面は、映画的にも、そして現実の出来事としても強い印象を残します。既に他界しているため真実を確かめる術はありませんが、半世紀にわたって偽名で生きてきた彼が、最期の瞬間だけでも本名を名乗りたいと願ったのだとすれば、それはごく自然な人間の感情であり、静かに胸を打つ場面でした。
そんな訳で、本作の評価は★4.0とします。
あんたに謝る資格はないよ
ずるいのでは…?
主役の俳優さんを初めて知ったのですが、手配写真とそっくりに見えました。
逃亡生活、さぞ転々として逃げるのに苦労したんだろう…と思いきや、何と、一つの場所にずっといたなんて…
公安は一体何をしていたんだろう?
飲み仲間がいて、お店で楽しく踊ったり…え?自分より人生楽しんでる!?
でも、あんなふうに別人になって保険証もなく生きて行くより、逮捕されてしまった方が楽だと思ったけど…
甲本雅裕が演ずる、隣の男の存在が面白かったですけど……彼は桐島の正体に気づいてたのかな…?
職場の人はうっすら気づいてたのでは?
自分の罪についてどう考えていたのか、今となってはわからないし、隠れて生きて行くことを選んだこと、後悔してなかったのだろうか?…とか
わからないことが多いけど、真面目で人あたりのいい人であったことは間違いなさそうですね。
そして、彼なりの正義感は、一貫してたようです。
でも…
最後まで謝罪の言葉もなく、50年近くも周りを出し抜いておきながら、亡くなる直前に正体を明かした、なんて
ずるい気がするんですけど。
罪人だとしても、よく生きた
映画でしか撮れないテーマを、よく撮ったと思う。史実に基づくとはいえ、現在もある企業が爆破された事件をテレビドラマにはできない。もちろん彼ら活動家たちの犯罪を讃美するものではないが、あの時代が産んだ人間たちでもあり、そういう人間の生きざまを描くものがあってよい。健康保険証もなしに、よく40数年も生き延びたものだと思う。彼らの行ったことの方法論は間違っていたかもしれないが、彼らの時代認識、歴史や社会の解釈を全否定できるほど、この国は問題がないものではない。安倍首相のあの無理矢理の説明会見が使われていたのも、よく分かる。あの時代の雰囲気を知っている高橋伴明・惠子夫妻だからこそ、撮れた映画と思う。おそらく桐島の人生は詳しく知りようがないのだろうが、それをよく想像で埋めている。見てよかった。
逃亡者の日常
昔あったようなシーン
女友達に時代おくれと言われた時「ん?」という主人公の戸惑ったような優しい表情に
気付いたでし ょうか。毎熊さんが演じた男のやさしさは、変わらない高橋監督のやさし
さだと感じた。
映画の終盤で大道寺あや子風の人物の「お疲れ様でした」は、時に爆発しそうになりながらこの時代を生きて高齢になった人達(監督も含めて)への労いのメッセージに聞こえた。
みんなよく頑張ったと。
ごまかしの無い、少しぎこちない、若者が作ったような新鮮な、良い映画でした。
4日鑑賞後の舞台挨拶もよかった。監督の誠実さも感じた。
【”若さ故の大きな過ち。だが・・。”今作は、時代遅れの男の半世紀に亙る生き様を、淡々と、だが流れゆく時代を背景に描き出した作品。随所で高橋伴明監督らしいシニカルなシーンが盛り込まれた作品でもある。】
■鑑賞理由
・私が法律を学んだ大学は反権力の気風が横溢しており、それ故に革マル派の残党の”貴方、本当に大学生ですか?”みたいなオジサンが学内に数名居り、正門にはデカデカと“打倒、日帝‼”とか”寮費値上げ断固反対!”とか時代遅れの立て看板が置かれていたり、偶に授業に出ようとするとバリケードが築かれていて授業が中止になったり、学校に向かっている途中で、警察手帳を見せられ公安に色々と質問されたりした。(ご存じの通り、警察は大学には事件が無いと入れない。大学には自治権があるからである。)
一番嫌だったのは、数カ月に一回行われる学生側と大学側との団体交渉に強制的に出席させられた事である。学生側と言っても、前列に居るのはオジサンばかりで(7.8回生)団交時間は異様に長く、嫌になったモノである。
更に頭に来たのは,級友の数名がソッチ系の寮に入寮してしまったために、洗脳されて学校に来なくなった事であろうか。
故に、今作も”テロを起こし、多数の人を殺傷した組織と関係していた男の死に様を見てやろうじゃないの!”と言う感じだったのだが、イキナリ肩透かしを食らってしまった。
◆感想<Caution!内容に触れています。>
・桐島を演じた毎熊克哉さんの、冒頭から思想の”時代遅れ”をガールフレンドに告げられ、一方的に別れを言い渡されるシーンや、事件後に同じ”さそり”の宇賀神(奥野瑛太)達と工事現場で土方として働くときの、ひ弱な姿に可なり戸惑う。
・そして、桐島が内田という偽名を使いながら、アッサリと土建業に就職し、仲間達と日々過ごす姿が淡々と描かれるのである。
■彼が、行きつけのバーで出会ったキーナ(北香那)が歌う”時代遅れ”を聞き、涙し、アパートで独りギターを抱え練習する姿や、キーナ達と楽しくボーリングをした後に、彼女に告白された時には”私はそんな・・。”と言いながら後ずさりする姿など、何処にも政治思想犯の面影はないじゃないか、と思っていたら、
工事現場で若い同僚が、”クルドの連中に働かせればいいじゃないですか。”と言った後に、クルド人作業者から入国管理局の杜撰な対応を言われ”ごめんなさい、こんな日本で・・。”と頭を下げたり、外国人作業者蔑視の発言に激昂したり・・。
一番、印象的だったのはアパートのTVに故宰相が得意満面で特定機密保護法可決の際の自説を述べる姿を見て、桐島がTVを叩き壊すシーンである。
ここは、高橋伴明監督らしい皮肉が炸裂しているし、良く映倫を通ったモノである。
何故なら、ご存じの通り特定機密保護法には【テロ防止】も含まれているからである。
・桐島が仲良くなった隣人(甲本雅裕)が泥棒だったために警察に逮捕されても、彼は公安に捕まらないのも高橋伴明監督らしい皮肉が込められているのである。
<そして、桐島は末期がんを患い、健康保険も無いまま入院し、末期に半世紀ぶりに本名を名乗るのである。
その報を知った、アラブの何処かに居る超法規的措置で釈放されたAYA:大道寺あや子(高橋恵子)は、ムスリムの姿でライフルを抱えながら”お疲れ様・・。”と笑顔で呟くのである。
今作は、時代遅れの男の半世紀に亙る生き様を、淡々と、だが流れゆく時代を背景に描き出した作品であり、随所で高橋伴明監督らしいシニカルなシーンが盛り込まれた作品でもある。>
<2025年7月20日 刈谷日劇にて鑑賞>
意外とよく描けている作品
桐島ですを観たが、予想以上に良かった。事実をしっかり描いていて脚本、時間設定も分かりやすく見事。桐島は偽名で生きてきたが、心が優しい人物だった事をこの作品で知った。桐島が関わった事件は置いといて優しさを貫けば、人からも信頼されるとこの作品から教えてくれた。桐島の人物像の描き方も丁寧で素晴らしかった。
何もわからないが、ただ目が離せない。
想像と創作でよく撮ったなと思う。同世代の監督からの鎮魂歌だろうか。桐島はまじめな優しい男として描かれる。
爆破事件の逃走犯と優しい男が共存している。なぜ不自由をおして逃げたままなのか、拘束されたくないからか、思想を曲げたくないからか、反省しているのか、いないのか、全くわからない。ただ端々で国を信じていないことは表現されていた。
これだけわからない中で見ているのに、全く退屈しなかった。なぜだろう。
桐島も最初は靴を履いたまま、窓際で寝ていたが、見る側は捕まらないことがわかっているので、サスペンスにはならない。
警戒はするものの、顔は隠さないし、一箇所に長くとどまる。
銭湯のおかみさんや、まともでなさそうな隣人は、彼が桐島とわかっただろう。でも言わなかった。
もし私だったら言うだろうか。言わないかもしれない。警察に連絡する煩わしさを差し引いても。国民の義務には違いない。ただ、よくわからない政治犯を自分が告発する権利、のようなものがあるのか。
昭和の空気感がそれを後押しする。戦争で多くの人が死んだ昭和。同世代ではないものの、同じ昭和に青春を送ったから、どこか切ない、それでいて骨太な、確実に今とは違う何かを感じて、懐かしさがあふれた。
平成、令和、時が止まっているのに身体は老いて病に倒れる桐島。時代遅れを自覚しながら生きた50年もの逃亡人生。同じ職場の令和の若者が、内田さんが死んだら嫌だなあと言う。よかったね、うーやん、と思った。
49年の逃亡の重みを感じなかった
行間や語らない桐島の姿から感じるべきなんだろうけど、葛藤しながら逃亡している49年(!)の重みがあまり伝わらなかった。
それでも桐島の人間性の明るさからか、生活の中で仲間もできて、そこそこ楽しんでる姿はよかった。
あの歌は時代と桐島にベストマッチだったけどキーナの歌うシーンだけでよかったな…
隣の部屋の謎の男がツボでした。
いい味出してます。
「桐島」も「うっちゃん」も人物像は浮かび上がらず
「フロントライン」「でっちあげ」と事実に基づいた秀作を観たあとだったからか、古舘寛治さんの「逃走」を見逃してしまって同じ人物を扱った作品だからか、はたまたTVドラマで印象に残る演技をする毎熊さん主演への期待感もあったか、前売り券を買っていた本作。いずれにしても、105分の尺を持て余していると感じるほど内容が薄くて少し期待外れだった。
本人は死の淵に立って本名を名乗って、それから数日で亡くなっているし、取材相手は長いこと勤めていた会社の人たちや常連だったライブハウスの店主と客たちなんだろうけど、深い話は聞き出せていないんじゃないだろうか。
長く働いていて関係も良好そうな職場。だからこそ免許も取れない、健康保険加入の固辞など事情を察するような何かはあったと思うのに、そのあたりは描かれない。会社側も何かはあると思いながら雇っていた後ろめたさでもあるのか、問題を起こさない限りは匿ってやりたかった的な感覚でもあったのか、そんなことは話せるはずもなく、映画でも当然描かれることはない。
結果、あまりに薄くてよくわからないので映画.comにあった監督インタビューを読んでみたら、“うっちゃん”の心を捉えたあの歌は、事実(取材)に基づいたものじゃないとのことでのけぞってしまった(若いときに恋人と観た映画もね)。
素晴らしかった北香那さんの歌もフィクションなんかーーい!長尺だった“うっちゃん”のギターの練習と歌のシーンって、いったい何を見せられていたの?という感覚になってさらにがっかり。
全体的に真実味が感じられなかった理由も、非常に重要な役割だったはずの歌すら、監督の想像上の“うっちゃん”こと桐島の心情でしかなく、事実に基づいてはいなかったからなのね、と妙に納得。今は古舘寛治さんの「逃走」の配信スタートを待ちたい気持ち。
あ、毎熊克哉さんは監督の意図のもとで、一人の人物の50年をよく演じられていたと思う。ライブハウスの最初のダンスのシーンは絶妙なリズム感のなさが巧みで笑わせてもらいました。
70年代から逃れようとしても逃れられない
死ぬときは本名
こういう映画はあとにも先にもなかなか作られないでしょうね。
毎熊克哉さんは実際、顔ちっちゃいし、これまでの出演作品の役柄に似合わず、非常におとなしそうにみえます。
若松組の止められるか俺たちをにも出てました。
新宿武蔵野館の喫煙ルームで元連合赤軍の足立正生監督に激似のおじいちゃんから、
「いい映画だったね〜、あなたみたいに若い人にはピンと来ないだろうけど、我々の世代はとても他人事ではなくてねぇ。主演俳優がよかった。20代から70代までね。ところで 国宝は観ました? 」
「えぇ、ちょうど昨晩観ました。」
「イマイチだったねぇ。役者は頑張ってたげとね。」
「そうですね····」
自分自身はなんの得にもならない闘争(逃走)の当事者。
いつの間にか見なくなった重要指名手配犯のポスター。愉快犯としか思えない笑顔のメガネ男。
高橋伴明監督作で北香那出演なので、期待したホニャララは不発だったけど、観てよかった。
北香那、来たかな〜
ストライク キタ〜
内田勘太郎(憂歌団)のドブロギター👍
板谷由夏主演の「夜明けまでバス停で」を観た人は観たほうがいい。
しかし、高橋惠子出すまで引き伸ばす引き伸ばす😎
覚悟されたし。
河島英五の時代おくれ
1日2杯で収まればいいんですがねぇ。
酔っ払うのも1年に一度ですめばいい😎
今夜は久しぶりに弾き語りましょうかねぇ
過激派リブズ
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