劇場公開日 2025年7月4日

「穏やかだがどこか寂しい約50年の逃亡生活」「桐島です」 kenshuchuさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0 穏やかだがどこか寂しい約50年の逃亡生活

2025年8月17日
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鑑賞方法:映画館

自分が子どもの時からいたるところに貼られていた手配書で名前と顔を知っていた桐島聡。逃亡中の彼が末期ガンで入院している病院で「桐島」を名乗ったことで報道されたことを覚えている。50年近くの逃亡生活はどんなものだったのか興味があって本作を観ることに。もう一つ観ることになった要素が脚本の梶原阿貴。テロ事件で指名手配され逃亡生活を送っていた父親と同居していた過去を持っている彼女の脚本に興味を持ったから。
日本の学生運動が徐々に過激化し、内ゲバやテロ行為に走っていったことはいろんなものを見聞きすることである程度知ってはいた。本作に登場するのは、あのあさま山荘事件の後の事件。どの爆破事件も知らなかったが、連合赤軍が起こした事件よりは思想的にまだ理解できる(犠牲者が出ていることには全く同意できないが)。本作でも一般の方が巻き込まれることを是としない考え方が色濃く出ていたのは興味深い。
さて、内田と名乗り逃亡生活を送る桐島の姿だが、予想以上に穏やかなものに見えた。いや、もちろん女性と深い関係を持つことはできないし、自らの罪に向きあっていたと思えるシーンもあったから、いろんな制限があったとは思う。でも、行きつけのバーでライブ演奏を楽しんだり、常連客たちとボーリングをする姿など、好きなものをそれなりに楽しんでいた生活に思える。また、部屋にあるものが歳を重ねるごとに徐々に変わっていったり増えていったりするのは、彼の生活の充実度を示すものだ。他にも、朝のルーティンであるコーヒーを飲むシーンも、使っているものが少しずつ変わっていっても同じことを繰り返す彼の几帳面なところを表現するうまい演出だった。
テロ事件の犯人の逃亡生活と考えると、その穏やかさは簡単には受け入れられない。でも、桐島聡という1人の人間の生きざまを描いた物語としては面白かった。死を目前に自分を偽りたくないと考えたところも。でも!と思う。50年近く逃亡する価値のある思想だったのかと。そんなに意義のあった活動・運動だったとは思えない。そんなことを考えるからこそ、彼の逃亡生活はどこか寂しいものに見えてしまうのだ。
最後に桐島を演じた毎熊克哉が本当に絶妙だったことも触れておきたい。彼の朴訥で優しさが溢れる、それでいて内なる熱さも秘めている演技は素晴らしかった。そして北香那の存在感。彼女の歌声で「時代遅れ」を久々に聴いてみようと思ってしまった。

kenshuchu