「桐島です」のレビュー・感想・評価
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逃亡の理由
本作は、死者を悼む映画だ。桐島氏は恐ろしい極悪犯やテロリストではないと、劇中で繰り返し歌われる「時代おくれ」をなぞるようにして、彼の半生がじっくりと描かれる。暴力的な役柄から生真面目、内向的な人物まで、作品ごとにガラリと印象を変える毎熊克哉さんが、20代から70歳までを見事に演じ切っており、目が離せなかった。
彼の寡黙な佇まいに加え、繰り返し描かれる部屋の様子と、朝のルーティンが印象的だ。(アーケード街や映画館などもとてもリアルで、往時に迷い込んだような錯覚をおぼえた。)年を重ねるにつれ、部屋の調度品は増え、変化していく。それは、彼の心の余裕の有無や、他者との繋がりをうかがわせる。追われる前の彼は、パフェを食べたりあんみつを食べたりと甘党の様子だったが、逃亡生活パートでは、朝のコーヒーに落とす角砂糖だけが甘味。酒を飲むシーンが増えていくが、時にはお菓子を口にしたのだろうか。(もし、キーナとギター練習の合間に板チョコを分け合って食べたりしていたら、彼らの人生は変わったかもしれない。)また、個人的には、マグカップだけは使い込んでいくのかと思っていたので、節目節目でカップが変わっていくのは意外だった。靴とバッグを常に手元に置いておくのと同じ、逃亡生活を送る上のルールなのだろうか。
一方で、なぜ彼が逃げ続けたのかが、私には合点がいかなかった。破壊活動に一般市民を巻き込んではいけないと発言し、逃亡生活中も周りに親切な人物であったならば、仲間が捕まるなかで、なぜひとり逃げ続けたのか。自分たちのしたことは犯罪でないというならば、単身でも次の「行動」に出たようにも思うが、とにかく彼は身をひそめ、(逃亡というより)隠遁生活をじっと続けていた。死人に口なしで分からない、と言えばそれまでだが、本作なりの答えが示されていたら、もっと芯がある作品になっていたのではと思う。ゆえに、老いていく後半は、彼と周りのずれや、彼が抱く違和感や焦燥が、加齢や時代の変化に片づけられてしまうようで、少し惜しい気がした。
高橋伴明監督・梶原阿貴脚本の前作「夜明けまでバス停で」が、コロナ禍の閉塞に風穴を開け放つ作品だとすれば、本作は、和紙がじわじわと水を吸い破れていくような、静かなる崩壊を描いた作品だと思う。いずれにせよ、対として味わうことで、「バス停」が、ようやく自分の中で腑に落ちた気がした。
時代遅れ
空白の時間に宿る現実
青春映画風にして逃げてる感じがした。
穏やかだがどこか寂しい約50年の逃亡生活
自分が子どもの時からいたるところに貼られていた手配書で名前と顔を知っていた桐島聡。逃亡中の彼が末期ガンで入院している病院で「桐島」を名乗ったことで報道されたことを覚えている。50年近くの逃亡生活はどんなものだったのか興味があって本作を観ることに。もう一つ観ることになった要素が脚本の梶原阿貴。テロ事件で指名手配され逃亡生活を送っていた父親と同居していた過去を持っている彼女の脚本に興味を持ったから。
日本の学生運動が徐々に過激化し、内ゲバやテロ行為に走っていったことはいろんなものを見聞きすることである程度知ってはいた。本作に登場するのは、あのあさま山荘事件の後の事件。どの爆破事件も知らなかったが、連合赤軍が起こした事件よりは思想的にまだ理解できる(犠牲者が出ていることには全く同意できないが)。本作でも一般の方が巻き込まれることを是としない考え方が色濃く出ていたのは興味深い。
さて、内田と名乗り逃亡生活を送る桐島の姿だが、予想以上に穏やかなものに見えた。いや、もちろん女性と深い関係を持つことはできないし、自らの罪に向きあっていたと思えるシーンもあったから、いろんな制限があったとは思う。でも、行きつけのバーでライブ演奏を楽しんだり、常連客たちとボーリングをする姿など、好きなものをそれなりに楽しんでいた生活に思える。また、部屋にあるものが歳を重ねるごとに徐々に変わっていったり増えていったりするのは、彼の生活の充実度を示すものだ。他にも、朝のルーティンであるコーヒーを飲むシーンも、使っているものが少しずつ変わっていっても同じことを繰り返す彼の几帳面なところを表現するうまい演出だった。
テロ事件の犯人の逃亡生活と考えると、その穏やかさは簡単には受け入れられない。でも、桐島聡という1人の人間の生きざまを描いた物語としては面白かった。死を目前に自分を偽りたくないと考えたところも。でも!と思う。50年近く逃亡する価値のある思想だったのかと。そんなに意義のあった活動・運動だったとは思えない。そんなことを考えるからこそ、彼の逃亡生活はどこか寂しいものに見えてしまうのだ。
最後に桐島を演じた毎熊克哉が本当に絶妙だったことも触れておきたい。彼の朴訥で優しさが溢れる、それでいて内なる熱さも秘めている演技は素晴らしかった。そして北香那の存在感。彼女の歌声で「時代遅れ」を久々に聴いてみようと思ってしまった。
桐島の人生の一端を知る作品
末期癌で入院して素性を明かした桐島。
それまでずっと小林工務店で内田洋として
うーやんの愛称で呼ばれて働きながら生活していたとは。
よくバレなかったなと率直に思う。
バレそうになったことは劇中同様あったとは思うが、
自分を目立たぬように、影のように潜伏し続けるのは相当な覚悟であったろう。
そのあたりは、キーナ(北香那)の告白を受け入れられない桐島に
その一端を感じた。
桐島が満たされていたであろう、若い時分の小林工務店時代の
キーナとの出会いやパブ?でのはしゃぐ姿、ボーリングを楽しむ姿など、
ここに時間を割き、桐島が普段何を考えて潜伏していたのかは
直接的には描かれず、ビル爆発で毎朝目覚め、安倍首相のスピーチ中に
テレビを壊す、外国人に対する姿勢など、、描き方で人格を表現していた。
客観的に桐島を知るきっかけとなり、学びとなる作品であった。
毎熊さんのルックスで煙に巻かれがち
令和の時代の、つい昨年まで桐島が潜伏できていたことに驚き。
意外と現代の日本にもエアポケットのようなところがあって、それなら現在逃亡中の過激派も日本のどこかに潜伏しているかもしれない。
もっとも、手配されたのが50年も前だから、可能だったんだろうとは思う。
今なら顔写真付き映像付きで手配されたとたんにスマホで撮られSNSで追い詰められてそこまで逃走できない。「正体」の主人公のようになるでしょう。
職場に昔、三菱重工のすぐそばの職場にいて爆破事件に遭遇した人がおり、時々その惨状を話していたのを思い出した。
桐島はこの事件に関わってはいないが、その後の一連の爆破事件には関わり重傷者を出している。
「過激派」と呼ばれる人たちは、元々は社会正義について真摯に考えているまじめで純粋な人たちなんだろう。劇中の「さそり」の黒川が国家や資本家を糾弾する理屈はわかるしその通りと思うが、目的と手段となると理解を超える。彼らの目的は虐げた人たちへの償いでも搾取構造の是正要求でもなく、暴力と破壊行為によるただの報復と制裁に見える。実りがない。なぜ多くの人が賛同すると思ったんだろうか。
どんな素晴らしい思想でも、ちゃんと聴いて貰えなければ意味がない。過激な破壊行為に訴えて良いことなんかまるでない。むしろ優れた思想が、訴求手段のせいで悪しきものと認定されてしまうこともある、最低の悪手だ。
活動に身を投じた彼らはおおむね高学歴のインテリ、そして世間知らずで若い。
彼らの中には、もしかすると、びっくりするほど幼い「美しい戦士願望」があったかも。
かつて日本中を戦慄させた某宗教団体の幹部が、「宇宙戦艦ヤマト」にインスパイアされていた事実もある。
人って案外そんなものだったりする。
すべてが若気の至りだが、笑って思い出にできないほどの大事を引き起こしてしまったのが彼らだったりしないか。
逮捕された者は刑務所で現実と向き合い、刑期を終えたら出所して社会で市民として歩くことも出来たが、逃亡を続けるものは若気の至りから脱却できずにその延長線上を走り続けて拗らせてしまったかも。
以上は彼らと同時代性もなく、特に詳しい訳でもない自分のただの感想なので、もしかするとものすごく稚拙なものかもしれません。
演じた毎熊克哉が細身の穏やかで優しげで感じの良いインテリ風ワカモノなこともあり、本作の桐島は、一見、凶悪な過激派というよりあまり主体性がなく、まじめで誠実(なインテリ)であるがゆえに活動に参加、実直に破壊行為の役割を果たし、追われる身になった、不運な流転の人に見える。
朝目覚ましが鳴ると、おそらくトラウマになっているビル爆破のシーンを一瞬脳裏によみがえらせ、歯を磨きお湯を沸かし、インスタントコーヒーを飲む。長年にわたるルーチンに、少しづつ変化があることで、平穏な長い年月を表していて、この表現はうまいと思う。
そして、インスタントコーヒーの瓶の淵のシールがきれいに剝がされていたり、角砂糖をわざわざポットに入れていたり、インスタントコーヒーの詰め替えを律儀に瓶にいれかえたりする、桐島の几帳面な性格もこのシーンで良くわかる。
実直に仕事をし、人に優しく、壊れたアパートの階段を黙って修理してしまうような人。周囲の人望も厚く、なじみのライブハウスで仲間も作って、つつましく、だが豊かな日常を送っている桐島は、よくいわれるように「パーフェクトデイズ」を生きているように見える。
若い同僚が遅刻癖を注意されて逆切れして「俺が在日だからって差別してるんでしょう」と言い放つシーンと、不法と知りながら日本で働きたい外国人を出して、桐島が自分の物事の見方が浅く一元的であったことや、時代の移り変わりを思い知らされるところをさくっと描いている。
それでも桐島の思想を根っこから覆すには至っていないよう。
「時代遅れ」が刺さるのは、時代についていけない自分を投影して、そのままで良いと肯定されているようだから。
この桐島には、自分の人生に対する悔恨はあるけれど、しでかしたこと、多くの人を傷つけ恐怖に陥れたことに対する悔恨は見えない。反省も贖罪の意識も持っていないようだ。
メタボ検診を、「国と製薬会社の癒着」と吐き捨てるところ、当初の志がぶれていないのを感じた。
この映画を見たら、実在の桐島が最期に「桐島です」と名乗ったのも、もしかすると公安を欺ききった自分、公安に勝った自分を世間に誇りたかった気持ちが大きかったんじゃないかと思いました。
毎熊さんの風貌と雰囲気で大分煙に巻かれるが、実は若気の至りを、根本から修正することなく温存している、結構ヤバ目の人物として描かれているような気がする。
最後にAyaが出てきて、実はまだ生き残りがいるのを思い知った。「桐島くん、お疲れ様でした」と銃口を向けるAyaが、事件はまだ終わっていないと知らしめて、不穏を醸し出して終わる。
関根恵子さん、今でも匂い立つような美人です。
あや子は実は桐島のように日本に潜伏してたりして。
ただひとり桐島に気づいた多分空巣の、隣の甲本雅裕が良い味で面白かった。
そして、「桐島」が世の中で話題になった、今でしか作れなかったであろう映画と思いました。
善良無垢な逃亡犯の話しは、毒にも薬にもならぬ。
目立たぬように、はしゃがぬように
東アジア反日武装戦線のメンバーとして指名手配を受けながら50年近く逃走を続け、昨年病院で亡くなる直前に本名を名乗り出た桐島聡氏を巡る物語です。同じテーマを扱い、今年3月に公開された足立正生監督の「逃走」と対を為す作品と言ってよいでしょうか。
劇中何度も歌われる河島英五さんの歌でお馴染みの「時代おくれ」の歌詞「目立たぬように、はしゃがぬように」こそ彼の望みだったんじゃなかったのかな。それは単に警察から逃れる為にでなく、本当にそんな風に生きたかったんだと思えました。一方で、これも本作で描かれる様に、安部晋三のスピーチに怒り、いつまでも変わらない外国人ヘイトに苛立ちを募らせていたのではなかったでしょうか。それもこれも誰にも分らぬ事であり、想像するしかないのですが。
「逃走」をも「闘争」と読み解く足立正生監督作(これはこれで足立監督らしくて良いのですが)より僕には人間の姿がはっきり見えました。「人の一生って何なんだろうね」と帰り道に考えてしまったと言う事は本作に力があったと言う事です。
名もなき人に名を与える
自首してればどうなってたのか
社会派映画というより青春映画の良作
こういう言葉がある。若い時に社会運動に関わらない人は「心」が足りず、年をとって社会運動している人は「頭」が足りないと。
映画の主人公、桐島は「心」も「頭」も出来上がっていない段階で左翼運動に関わってしまったのではないか。年齢的にリーダーたちより下ということもあるだろうし、過激な事件を起こす割には寡黙で、態度が受動的すぎる。
若さゆえのエネルギーや「無限の可能性」というものを持て余したとき、周りと同じような遊びや就活にいそしむ気にもなれず、社会運動や宗教、または音楽や演劇に身を投じる。そうやって、手に負えない「若さ」が過ぎ去るのを待つという生き方があると思う。
正義感はあるけれど言葉にするのが苦手、誠実だけど自律性を欠いた桐島の人柄が毎熊克哉さんによく重なっていた。
東アジア反日武装戦線が起こした事件は、本当の人生の前のプロローグに過ぎない。工務店の労働者として世間の目を離れて生活し始めたときが、桐島の青春の始まりだったのではないか。祭りは終わり、脛に傷を抱え、でも地に足が付いた生活が始まったのだ。
同じように社会の周辺に追いやられた工務店の仲間や、一緒にボーリングをするライブバーの常連たち。繰り返される毎日を丁寧に過ごし、少しずつ世界が広がっていく様子はまるで映画『PERFECT DAYS』のようだ。
恋をしても相手を幸せにできない場面は、やっぱり切ない。
桐島は最後まで、過激派を続けるわけでも、運動を卒業して多数派に合流するわけでもない生き方を続けたのだろう。学歴の低い工務店の若者が外国人を蔑視することにもだえながら、彼本人に怒りをぶつけることはない様子に、それが表れている。
実際に負傷者を出した犯人なのだから、この態度を生ぬるいと思う人もいると思う。しかし、桐島は運動を一概に是とすることも非とすることもできず、葛藤し続けることを自分に課したようにも思える。
この映画が描いているのは逃走なのか、闘争なのか、償いなのか。明確な答えを与えるよりも、社会の周辺にこういう人が生きているという手ごたえを与えてくれる映画だったと思う。
事実に基づく物語
❶相性:上。
★冒頭に「事実に基づく物語」。
❷時代(登場する文書やテロップや会話等の日付から):
1974年~2024年。
❸舞台:東京&神奈川。
❹主な登場人物
★主な人物名がテロップで示されるので分かり易い。
①桐島聡(きりしま・さとし)/内田洋〔実在〕(毎熊克哉):主人公。1954年生れ。東アジア反日武装戦線「さそり」のメンバー。1974~75年にかけて起きた連続企業爆破事件で指名手配されながら、名前を内田に変え、別人として逃げ続け、49年にわたる逃亡生活の末に2024年に70歳で病死する。
②宇賀神寿一(うがじん・ひさいち)〔実在〕(奥野瑛太):桐島の大学の先輩で「さそり」のメンバー。1952年生れ。桐島と共に逃走するが1982年に逮捕され、懲役18年となる。2003年出所。2024年、霧島の死を知り、追悼文を書く。「桐島のやさしさが多くの人に親しまれていたのだろう。あるがままに生きた桐島に公安警察は負けたのだ、ということを多くの人が知ってしまった。桐島は警察に勝ったのだ」。
③大道寺将司〔実在〕(宇乃徹):東アジア反日武装戦線「狼」のリーダー。爆破事件で1975年に逮捕。2017年獄中で病死。
④斎藤和〔実在〕(長村航希):東アジア反日武装戦線「大地の牙」のリーダー。爆破事件で1975年に逮捕。自殺。
⑤黒川芳正〔実在〕(伊藤佳載):東アジア反日武装戦線「さそり」のリーダー。爆破事件で1975年に逮捕。無期懲役。
⑥小林(山中聡):逃亡中の桐島を雇い入れる工務店の社長。
⑦美恵子(影山祐子):小林工務店の事務員。
⑧金田(テイ龍進):小林工務店の先輩社員。
⑨新井(嶺豪一):小林工務店の後輩社員、在日。
⑩たけし(和田庵):小林工務店の後輩社員、中卒
⑪隣の男(甲本雅裕):桐山が住むアパートの隣人。いかがわしい仕事がバレて逮捕される。
⑫番台のおばあちゃん(白川和子):桐山が通う銭湯の番台。
⑬キーナ(北香那 きた・かな):桐山が通うライブハウスの歌手。持ち歌は河島英五の「時代おくれ」。桐山にギターを教えて相思相愛となる。
⑭ケンタ(原田喧太):桐山が通うライブハウスの店主。
⑮AYA(高橋惠子):ラストに登場する、中東でゲリラ活動をしている日本人女性。「桐島君、お疲れ様」とつぶやく。
⑯その他
ⓐヨーコ(海空):桐島の大学時代の恋人。バーブラ・ストライサンドとロバート・レッドフォードの『追憶(1973)』を一緒に観て、霧島が学生運動を熱弁したのに対し、ヨーコは「桐島君、時代遅れだよ」といなす。
ⓑ刑事(下元史朗):隣人を逮捕する刑事。
ⓒラマザン(秋庭賢二):建設現場のクルド人労働者。
ⓓ大倉(安藤瞳):湘南総合病院の看護師。
❺考察1:全般
①2024年1月、末期がんで緊急入院した桐島聡は、本名以外、何も明らかにせずに亡くなったので、犯行動機や逃亡理由は不明のままになっている。
②冒頭に「事実に基づく物語」とあるが、正確には逃亡中の49年間の出来事は、作り手の推定である。しかし、クレジットの最後に多数の文献リストが示されていることから、「事実に近いフィクション」になっていると思われる。
★本作では、2017年9月に桐島と宇賀神が個別に宇賀神社訪れ、橋ですれ違うが、お互い気付かないまま終わるシーンがある。これはフィクションと思われる。1975年、指名手配された桐島と宇賀神は、宇賀神社で9月に会おうと約束したが、爆弾事件の為、この約束は守られず、その後2人は生涯会うことはなかった。宇賀神は2003年に出所したが、霧島はその事実を2017年に大道寺の著作を読んで初めて知った。
❻考察2:足立正生による解釈
①3月に公開された『逃走(2025)』(監督・脚本:足立正生、主演:古舘寛治、杉田雷麟)【以下A作と言う】は、入院中の霧島が、もうろうとした意識の中で、これまでの自分の行動を回顧する形式で構成されている。それは、重信房子と共に日本赤軍を創設した経歴を持つ足立正生監督が、霧島の立場を推定した内容になっている。
②足立正生による解釈は次の2点に要約される。
ⓐ桐島が49年間も逃亡し続けたのは、「逃亡することが彼の闘いである」と考えていたことによる。
ⓑそして、最後に身元を明かしたのは、それが、「自決したり、投獄されたり、生き残ったりした仲間たち」に向けてのメッセージであり、勝利宣言だったのだ。霧島は、自分の信念に忠実に従い、自分に勝利したのだ。
❼考察3:高橋伴明と梶原阿貴による解釈
①本作【以下B作と言う】では、霧島の行動が時系列に従って描かれる。中でも20代~30代が重点になっている。
ⓐ1960年代までの高度経済成長が終わり、1970年代には社会不安が増大した。オイルショックによる狂乱物価、不況、健康・公害問題、反戦運動、赤軍派によるハイジャック事件等々。
ⓑ大学生だった桐島は、労働者を搾取する巨大企業を憎み、武力闘争で打ち砕こうする「東アジア反日武装戦線」の活動に共鳴し、「さそり」の一員として行動する。
ⓒしかし、一連の連続企業爆破事件で犠牲者を出したことで、深い葛藤を抱える。
ⓓ組織は警察当局によって壊滅状態になり、指名手配された桐島は偽名を使って単身逃亡する。
ⓔやがて工務店での住み込みの職を得る。
ⓕようやく手にした穏やかな生活の中で、行きつけのライブハウスで知り合った歌手キーナの歌、河島英五の「時代おくれ」に心を動かされ相思相愛となる。しかし、キーナから愛を告白されると、霧島は、自分ではキーナを幸せに出来ないと、自ら身を引いて涙するのだった。
ⓖ時は流れて、2024年、体調不良で倒れた霧島は、病院に運ばれる。余命いくばくもない桐島がそこで名乗ったのがタイトルの「桐島です」。
ⓗそれから3日後、霧島は何も語らずに死去した。享年70歳。
②監督と共同脚本を担った高橋伴明と梶原阿貴による解釈では、桐島は、不正を憎み、弱者を守る、正義感が強く、思いやりのある人だった。
ⓐアパートの階段が壊れていれば、自発的に修理する。
ⓑ外国人労働者を差別視する後輩を、注意出来ない自分にやり場のない怒りをぶつける。
ⓒ安部首相が集団的自衛権の行使を語るTVを見て、画面にコップを投げつける。
ⓓ相思相愛となったキーナとは、自分では幸せに出来ないと、自ら身を引く。
ⓔメタボ検診を相談された社員に、「政府と企業の金儲けのためのもの」と忠告する。
③工務店で定職を得てからは、穏やかで規則正しい生活をし、友だちも恋人も出来た。なかったのは、住民票、保険証、免許証だけである。
④写真入りの指名手配ポスターが出回っている中で、人目をはばかり、ひっそり暮らすのではなく、都会の社会に溶け込んで、何十年も普通の生活が出来たのは、霧島の優しく穏やかな人間性によるものと思われる。そんな桐島でも、いつでも逃げられるように部屋の窓際には靴と身の回り品を置いていた。
⑤桐島の逃亡理由
ⓐ桐島が「49年間も逃亡し続けた理由」は、「コミュニティに溶け込んで共存出来た」ことが最大の理由だと思う。
彼を雇ってくれた工務店の社長と社員たち、行きつけのライブハウスの店主やバンドマンたち、銭湯の番台のお婆ちゃん、こういった人たちと良好な人間関係を築くことが出来ていたのだ。
★河島英五の「時代おくれ」の歌詞は、霧島の生き様と重なっている。
「昔の友には やさしくて 変わらぬ友と 信じ込み あれこれ仕事も あるくせに 自分のことは後にする ねたまぬように あせらぬように 飾った世界に流されず 好きな誰かを思いつづける 時代おくれの男になりたい 目立たぬように はしゃがぬように 似合わぬことは無理をせず 人の心を見つめつづける 時代おくれの男になりたい」
ⓑもう一つの、「最後に身元を明かした理由」は、盟友の宇賀神が追悼文で述べているように、「桐島が警察に勝ったという自負があった」ためだと思う。病気さえなければ、霧島の逃亡生活は、誰にも邪魔されなかっただろう。桐島に後悔はなかったと思う。
ⓒ最後にAYAが行った「桐島君、お疲れ様」は、霧島への勲章だと思う。
⑥A作とB作とでは、A作の方が事実に近いと思う。
❽まとめ
本作は、自分の信念を貫いた霧島の青春物語である。
日本を平等な社会に変えようと武力闘争に走った霧島の夢はかなわなかったが、志を受け止めた人は少なくないと思う。
霧島の行動は決して容認出来ないが、その志には共感する面がある。
低予算ながら、長い歳月の描き方が秀逸
気になっていた高橋伴明監督の作品。
1970年代の連続企業爆破事件の指名手配犯、桐島聡が、約半世紀におよぶ逃亡生活の後、最期は本名で迎えたいと素性を明かし、その直後に他界。その知られざる生活を描く。
1970年代、反日武装戦線の活動に共鳴した大学生の桐島聡は、連続企業爆破事件の被疑者として全国指名手配となるまでの部分が前段で描かれるが、スクリーンの空気感は高橋伴明ワールド。
その後、偽名を使いながら逃亡生活を続け、内田洋として、藤沢にある工務店で長きにわたり真面目に勤め、質素な暮らしを送る中、音楽を愛する姿などとともに、「ウーヤン」と呼ばれ、周囲から信頼され好かれる存在となっていく。
その間の葛藤、その軌跡をフラッシュバックを交えながら、ストーリーとして展開していくが、その中で専ら善人として扱われているにも関わらず、結局自首するに至らなかった彼の人生には違和感を禁じ得なかった。
一方、他界するまで主役を演じた毎熊克哉が好演。インスタントコーヒーを飲むシーン、歯を磨くシーンといった日々のルーティンを描きながら、アパートの部屋に家財や本が増えて行くさまに、長い歳月をうまく感じさせる演出。
そのルーティンは、映画「パーフェクト・デイズ」と被るものもあり、低予算ながら映画としての造りは秀逸。
子どもの頃、丸の内に勤務していた父から、三菱重工爆破事件の惨状を聞かされており、長年貼られていた指名手配写真が頭に焼き付いていたこともあって、スクリーンに没入できた。
東アジア反日武装戦線の桐島です
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