蝶の渡りのレビュー・感想・評価
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この手狭な空間にジョージアの精神性が浮かび上がる
ジョージアを代表するナナ・ジョルジャゼ監督が、同国の現代史、人々の思い、生き様を巧みに凝縮させた作品。かつて独立の気風に湧いた芸術家の若者たちが、あれから27年を経た今、いかに暮らしているかを、笑いあり悲哀ありの豊かなタッチで描き出す。彼らは念願の自由を手に入れた一方、そこからの90年代は混乱や紛争が大きな喪失と爪痕を残し、その影響は今も尾を引いていると言われる。でもだからと言って物語が悲しみ一辺倒に陥らないところが彼らの逞しさであり、屈することのない精神性だ。芸術家らは時を経ても相変わらず同じ場所に集い、金はなくとも、変わらぬ友情を交わし合う。そこにふと登場する「蝶の渡り」という幻想的な絵画が、日本人には到底預かりしれない彼らの内面を見事に象徴していて興味深い限り。ほんの90分足らずでジョージアの全てを知り尽くすことはできないものの、その一面を実に味わい深く垣間見させてくれる一本である。
70~75点ぐらい。いい映画だった。
絵画の展覧会を見に来たような気分にさせられる
背景の基礎知識がないと分かりづらいと思うので、最初に確認。ジョージアの首都はトビリシで、通貨はラリ。1991年5月にソ連から独立(ソ連邦解体は同年12月)したものの、独立前から起きていたアブハジア地域での民族対立が激化し、トビリシで内戦が勃発。さらに、南オセチア地域でも同様の内戦が起き、ジョージア全土の約20%を占める両地域は現在でも事実上ロシアの支配下にある。
物語はグルジア(当時)独立直前の1991年の正月から始まる。画家や音楽家、デザイナーといった芸術家仲間の若者たちは独立の機運が高まる中で高揚し、輝き、浮かれていた。しかし、独立直後に起きたアプハジア内戦により、明るいはずだった未来は必ずしも望んでいた通りにはならない。それから27年後、売れない芸術家仲間たちは相変わらず一緒に集まって新年を迎えていたが、金はなく、時として電気すら止められる始末。たまたま絵を買いに来たアメリカ人に一目惚れされたニナが、より良い生活を求めて、結婚してアメリカに渡ったことをキッカケに他の仲間たちも自分を連れ出してくれる相手を探し始め……。
原題を直訳すると "Forced Migration of Butterflies" すなわち「強制的な蝶たちの移住」ということだそうだ。苦しい生活の中で、ジョージア人が生き抜くために祖国を捨てることを余儀なくされているということでもあるし、他国による占領によってアプハジアなどの故郷の地に戻れないことを指してもいるのであろう。
中年になった芸術家仲間たちの生活は、経済的にはかなり苦しいのだろうが、集まっている様は実に楽しそうで、言動はコミカルであり、青春時代とあまり変わらないようにも映る。その楽しそうな様子の場面の間に、幾つものドキュメンタリー映像が挿入され、レーニン像を倒したり、建物を破壊したり、抗議集会に集まったりする人々の様子がモノクロで映し出される。
陽気そうに見える日常の裏にある厳しい現実を垣間見ているようだ。「陽気な日常」に見えるのは、人生を諦観すると逆に笑えてくるからなのかも知れない。
しかしながら、すべてを諦めきった訳ではなく、未来へ向けて次世代への希望も決して捨ててはいないところに救いが見出せる。
ちなみに、実際に作中にも絵画も登場するのだが、全体的に一つ一つの場面がいちいち美しく、文字通り絵になり、あたかも作品全体を通して絵画の展覧会を見に来たような気分にさせられる。
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