劇場公開日 2025年1月24日

「悪の手先視点」おんどりの鳴く前に おきらくさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0悪の手先視点

2025年2月13日
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本編が始まる前、シネマカリテに来ている観客に向けての監督からのメッセージが付いていて、クスッと笑える面白い内容だったが、後から考えると劇中に出てくる村長と言っていることが同じと言えなくもないと思った。

主人公・イリエの設定が「自然に囲まれた静かな村で、野心を失い鬱屈とした日々を過ごす中年警察官」ということで、たぶんそれを観客にも体感させるためだとは思うが、序盤は正直退屈に感じた。
派手な見せ場や刺激的な展開は無く、地味な会話劇が淡々と続く感じ。
主人公のイリエが警察官のくせに中身は小悪党で人として魅力を感じないのも、話に興味が持てない原因。
映画が始まってまだそんなに時間が経っていないのに、近くの客席から寝息が聞こえてきたが、気持ちはわかる。

序盤に起こる殺人事件の真相は、映画開始30分ぐらいで早めに判明する作り。
そこから映画内に漂う空気が変わり、話が面白くなってきた。

ここから描かれていくものは、腐敗した社会の仕組み。
悪人が邪魔者を黙らせる基本は「相手の弱みを握る」。
これでたいていの人間はイチコロ。
今年公開の映画『アプレンティス ドナルド・トランプの創り方』で、トランプの師匠で悪徳弁護士のロイ・コーンも同じようなことをしていた。
田舎なのに「この村で飢える者はいない」理由にも戦慄。
でもたぶん、この村の構造は世界のどこにでもありそう。
日本だと数年前に政治の世界で裏金が蔓延していたことが発覚して社会問題になったが、関係者はたぶん数百人はいると思うので、中には反発した人間もいるとは思うが、そういう人間に対して本作のようなことが行われていたのでは?と勝手に推測してしまった。

個人的にこの映画で一番悶絶した場面は、中盤、イリエが若手警察官・ヴァリを叱責する場面。
イリエは普段はうだつが上がらない男だが、立場が弱い人間を高圧的な態度で論破するのは天才的に上手い。
ヴァリの方が人として正しいはずなのに、自己保身に走るイリエの脅迫によって、この映画の中で観客の代弁者的立場だったヴァリが何も言えなくなってしまう姿を見て、あまりの理不尽さに腹が立ってスクリーンに物を投げつけたくなった。
もしこの後イリエが正義感に目覚めたとしても、素直に応援できる自信がなかった。
それほど胸糞悪い場面だった。
こういう、自己保身のために正しさが踏み躙られることも、世界のいたるところで起きてそう。

そんなわけでイリエが人望を得られないのは至極当然で自業自得。
イリエは警察官なので住民から表面上は敬意を持って接してもらえているが、内面では存在を軽んじられているとわかる場面がちょいちょい出てきて、そこはちょっと可哀想にも感じた。

イリエは最後、突然人が変わったようになるが、その変わり方が花粉症の「コップ理論」みたいに感じた。
しかし、一番の直接的なきっかけを考えると、根幹は村長と同じとも言える。
同じ男として情けない気持ちになった。

ラストは映画ではよくある展開ではあるが、ただ今回はお互いが戦いのプロではないため、本人たちは必死なのに、コントみたいにも見えた。
シリアスな場面のはずなのに笑いが起きていた。

おきらく