「マジックのように始まり、消去法で終わる惜しさ」ブラック・ショーマン 基本的に映画館でしか鑑賞しませんさんの映画レビュー(感想・評価)
マジックのように始まり、消去法で終わる惜しさ
前半は本当にワクワクした。ラスベガス帰りのマジシャンという異色の探偵像に、福山雅治が圧倒的な存在感を持って登場し、観察眼や話術で人を翻弄する様は見事だった。紅葉の美しい町並みや、トランプを使った演出も映像的に映え、まさに「これからどんな手品のような謎解きが展開するのか」と期待を大いに煽られる。序盤のテンポの良さ、キャラクターの掛け合いはまさにエンタメ映画の醍醐味だった。
しかし、物語が進むにつれてその高揚感は急速にしぼんでいく。容疑者が同級生たちとして次々と現れるが、彼らの秘密や闇は真犯人の動機と結びつかず、結局は「怪しいけど違いました」という消去法の確認作業に過ぎない。観客としては「この町全体に意味があるのでは」と思わせられるが、最後まで活かし切れず、ただのノイズに見えてしまった。
そして核心である犯人の動機が弱い。あまりに小さく、切実さに欠け、人を殺す必然性を感じられない。観客が「もし自分なら」と投影する余地がなく、「いや、そうはならんやろ」という感覚に支配される。さらに追い詰め方も強引で、証拠や論理より心理的誘導であっさり自供させる展開は、派手ではあるが説得力に欠け、後味に納得感が残らない。
福山雅治と有村架純の演技、映像の美しさは確かに見応えがあり、エンタメとして一定の完成度はある。ただ、前半で煽られたワクワク感に比べ、後半の失速はあまりに落差が大きい。東野圭吾作品×福山雅治という看板から期待した知的カタルシスには届かず、最後は「もったいない」という感情だけが残った。
コメントする
映画チケットがいつでも1,500円!
詳細は遷移先をご確認ください。