「ジェネリックテラの陽のもとに」九龍ジェネリックロマンス レントさんの映画レビュー(感想・評価)
ジェネリックテラの陽のもとに
本レビューには「惑星ソラリス」と「ミッションエイトミニッツ」のネタバレを含みます。
ある日突然気づいた、自分には遠い過去の記憶がないことに。あるのはこの九龍での日々の暮らしの記憶のみ、それ以前の過去の記憶が完全に抜け落ちていた。
気づいたきっかけは職場の先輩工藤との会話からだ。九龍の街に懐かしさを感じる、それは恋にも似ているという彼の言葉にはどこか聞き覚えがあった。それだけではない、彼の他の言葉もどこか聞き覚えがあるものが多かった。
そして私は彼に懐かしさを感じると返すと彼はおもむろに顔を近づけて私の瞳の奥を覗きこんできた。まるで私の心の中をのぞこうとするかのように。
私は彼に恋してるようだ。しかしなぜ記憶がないのか、自分はそもそも何者なのか、なぜ彼に恋してるのか、この恋は本物なのだろうか。
今まで考えもしなかった疑問が頭の中から次々とわいてきた。今までただ同じような生活を繰り返すだけの日々、何の疑問も抱かずに生きてきたというのになぜ突然このような疑問が湧き出してきたのか。
ジェネリックテラがある人間の精神に作用してその人間の記憶を具現化したことによりあるはずのない幻の街九龍が生まれた。そこで暮らす人間たちもその人間の記憶により具現化された存在であり、その記憶の範囲内でしか存在しえない。いわば心の中にあるビデオテープを再生するかのようにその人間の記憶の範囲内で九龍の街の日常が再現されていた。その中に暮らす人間は当然自我を持たない人形のようなものだった。
記憶を失ったのではない。記憶なんて初めからなかったのだ。自分は他人の記憶から生み出された存在。いわばビデオカメラに収められた映像に過ぎない。それを撮影した人間が繰り返し映像を見るように同じ日々をただ繰り返してきただけなのだ。
記憶の持ち主は工藤だった。彼はかつて取り壊された九龍の街で暮らしていた。愛する恋人と共に。しかし恋人は帰らぬ人となり、街も取り壊された。
そんな彼に偶然ジェネリックテラが贈り物をしてくれたのだ。開発者の予想外の副作用が生じてこの幻の街が復元され、彼はその思い出の中に閉じこもった。
それはまさに人生の一番幸せだったころの思い出に浸り続けること。何度も思い出のビデオを日々見返すような生活。それで満足だった。永遠に自分の幸せな頃の思い出に浸り続けることが。しかし令子のジェネリックが自我を持ってしまったがために事態は急変する。
工藤は令子が自分と恋愛関係になったことが彼女の死の原因だと思い込んでいた。だからこのままでいい、けして時間の進まないままでいい、自分を好きになる前の令子と同じ時間を永遠に過ごせればそれで幸せだった。
令子のジェネリックが自我を持ち再び自分を愛せばまた同じ悲劇が起きる、工藤は涙する。それに呼応するかのように九龍の街は土砂降りに見舞われる。
自分はただのコピーに過ぎないのか。オリジナルの令子から生み出されただけの人形でしかないのか。この工藤への想いは植え付けられただけのものなのか。この思いは自分だけの思いではないのか。
苦悩する令子。しかし彼女はもはや人間と変わらぬ存在であった。それは彼女が抱く苦悩が証明していた。
彼女は工藤と恋に落ち彼と共に九龍の街を飛び出す。けして消えることはない。自分は確固たる人間なのだ。工藤が幻の街九龍が崩壊する様に気を取られて振り返った時には令子の姿はどこにもなかった。
日常に戻った工藤は日本で暮らしている。その工藤の目の前に現れた令子。作品はここで終わる。
「惑星ソラリス」がおそらく元ネタの本作。ソラリスの地表を覆うプラズマ状の海の様な知的生命体が近づく人間に作用してその記憶からあらゆるものを具現化する。主人公の自殺した妻を具現化させるのも本作と同じ、その妻が自我を持つところも。街全体が具現化されてるというのもソラリスの結末から想像できる。
本作の結末自体は「ミッションエイトミニッツ」みたいになるだろうなと予想してその通りになってニンマリできた。
あちらの作品は死んだはずの主人公たちが多元宇宙で生き続けるという理屈がある程度通ったものだけど、こちらのジェネリックの令子が存在し続けることができたという方が理屈抜きで夢がある終わり方で結構好き。
SF好きなら楽しめる作品だと思う。ジェネリックの令子に自我が目覚めるなんてのは今までSF作品ではさんざんやりつくされて来たこと、それこそクローン人間とかAIとかが自我を持ち苦悩するパターンで。
元ネタの惑星ソラリスは哲学的で難解な作品だけど本作は気楽に見れるSFラブコメに仕上がってた。
映像のチープさやセンスがいまいちなのも主演の二人が十分カバーしていた。何よりもチャイナ服は無敵。出来ればスタイル抜群の梅沢と共に生足が拝めるスリットが入ったチャイナドレス姿をお二人とも披露してほしかった。この監督の詰めの甘いのはそこなんだよなあ。
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