ドリーミン・ワイルド 名もなき家族のうたのレビュー・感想・評価
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メロディと記憶が優しく交錯し、言えなかった思いを奏でる
夜のしじまに優しい音が鳴り響く。そこには可能性に満ちていた頃の若かりし自分がいて、次の瞬間、全ては夢だと知る・・・。このイメージとともに幕を開ける本作は、かつて10代でリリースして鳴かず飛ばずだった兄弟デュオのアルバムが30年後、思いがけず再評価される物語だ。すっかり中年となった兄弟はこの出来事をどう受け止めるのか。優しくも静謐なタッチで綴られる現在と過去の交錯が感動的。特に才能あふれ、現在も音楽を生業とする弟(ケイシー・アフレック)の秘めたる感情が明かされるたび、誰も否定することなくそれを受け止め、繊細な余韻が作品全体にゆっくり沁み渡っていく。この家族はなんと正直で思いやりある人たちなのか。しかし優しさゆえに引き起こされる葛藤がそこにはあり、30年間、向き合ってこなかった感情に向き合うことで、物語にさらなる深みが生まれる。兄役ウォルトン・ゴギンズ、父役のボー・ブリッジスの輝きも忘れ難い。
夢の挫折、セカンドチャンス、家族愛の興味深い実話を丁寧に描く俳優陣の繊細な演技
ケイシー・アフレックはアカデミー賞主演男優賞を受賞した「マンチェスター・バイ・ザ・シー」の役柄に近い、過去の出来事を引きずるナイーヴな男ドニーを繊細に体現。だが彼だけでなく、兄ジョー役のウォルトン・ゴギンズと父親役のボー・ブリッジスもまた、音楽の才能に恵まれたドニーを支え、時に傷つきながらも変わらぬ愛で絆を守り続けた家族を味わい深く表現している。
音楽業界に限らず、才能あるアーティストやアスリート、起業家などが夢を実現させたのち挫折する筋なら実話でもフィクションでもよくあるが、ドニー&ジョー・エマーソンの場合は1979年に自主制作するもまったく売れなかったアルバムが約30年後に注目されるという、展開のユニークさでも観客の興味をそそる。原題の「Dreamin' Wild」は彼らのアルバムタイトルに由来するが、Dreamin(g)は動詞dreamの現在分詞で、形容詞wildは「荒い、激しい、無謀な」などの意味。動詞+補語の文型と解釈して直訳調の題にするなら、「果てぬ夢見て」という感じだろうか。
ドニーの妻を演じたズーイー・デシャネルは、俳優業と並行してShe & Himという音楽デュオでも活動し歌のほかにギターやウクレレを演奏するが、劇中ではドラムやパーカッションを叩いて多才ぶりを発揮(パーティー会場やスタジオリハでの音は実際の演奏の音源をそのまま使っているように思える)。コーラスで少し歌うシーンもあるが、もっと彼女の歌声を聴けたらなおよかった。
楽しんだかい?夢は見なくちゃ
《星空》寝なきゃ夢は見られない。これ以上、家族に迷惑はかけられないから…迷惑なんかじゃない!エマーソン兄弟とその父 = 三者三様それぞれの思いが交錯する、人物描写の丁寧さに奥行きがあって一元的でない深い家族ドラマ。本編通してツボを押さえた選曲の妙と歌詞も沁み入る…。自身への赦し・受容と家族との融和・和解。魔法のような夜空が夢いっぱい広がっては、心に沁み入り満たされる。そして、夢が美しいならみんなに見せてあげないと。
『マンチェスター・バイ・ザ・シー』こういう役が本当によく似合うケイシー・アフレック ✕『ラブ&マーシー』ビル・ポーラッド脚本監督作品で、同じく音楽映画な今回も同様の語り口・似た構成による、時に息の詰まるような苦しい作家主義を見て取れる。同じく前作から繋がりという点では、作中でもブライアン・ウィルソンと形容されていた。
深いポイント。作品冒頭まもなく見つけられては一見トントン拍子に順調だし家族も仲良く家族円満な様子で、「ロックバンドのドラマーだぜ!!」という兄の無邪気なはしゃぎよう喜び方に、一方で悶々とした様子の当の本人ドニー。実家から離れて、あまり戻っていないことも感じられる。そして、見進めていく内に、「(最初のあそこのシーンは)そういうことだったのか」と見え方・景色が変わってくるような…という見せ方・構成ストーリーテリングが上手い。
ドニー(ドン)が書く歌詞の過去形という重さ、10代ティーンエイジャーと思えぬ悟り。『ハニーボーイ』ノア・ジュプがまたしても主人公の子供時代・若かりし頃を演じる実話。才能がありながら繊細でどこか暗く、現代パートでは絶対に失敗できない完璧主義な弟(ケイシー・アフレック/ノア・ジュプ)と、不器用に自分を犠牲にしてきては、そんな弟を支えてきた兄(ウォルトン・ゴギンズ/ジャック・ディラン・グレイザー)。現代パートと過去パートを演じる役者が皆よかったし似ていた。
いつでもお前の味方だ。全員素晴らしいのだけど、個人的には普段クセの強い役柄のイメージの強いウォルトン・ゴギンズの静かな名演がよくて涙を誘った。賞レースに絡んでもおかしくないんじゃないだろうか、というアンサンブルキャスト。兄を演じる2人のあの何とも言えない顔よ。弟が音楽をプレイできる日々が本当に楽しかったんだよな、人生輝いていたんだよな、というのが言葉にせずともよく伝わってくるのだ。音楽自体への熱量や家族の関係性含めて、また少し違うかもしれないけど、例えば『シング・ストリート』兄が頭を過ぎりもした。
ジャック・ディラン・グレイザーの「楽しんでこいよ!」と弟を送り出した後の顔も良かったし、彼自体『IT/それが見えたら終わり』や『シャザム』でずっと"相棒"を演じてきたわけだし、兄弟を演じた本作でもある意味ではそういう立ち位置なのがよかった。…という意味で、ジャック・ディラン・グレイザーは、これからの世代のジョン・C・ライリーだ!
とにかく家族を息子を信じる父ボー・ブリッジスも最高だったし、自身も本当にシー&ヒムでミュージシャン活動をしている妻ゾーイ・デシャネルもよく合っていた。ライブ前の手ブレ撮影によるドキュメンタリー感。再評価の機運に対して表現者とは変化して成長するもので「今の自分を見せたい」というアーティストとしてのエゴに、再結成して往年の曲を演奏するだけという大御所バンドみたいな創作面でスリリングさに欠ける金儲けの手段か(それらも彼ら自身が作った曲だから誰に文句言えたものではないのだが)。
夢を叶えるためには本業の仕事くらい頑張らないと。そして誰もがかつてどこかで一度は諦めた夢がもしも叶いそうならば、どんなことをしてでも掴み取らないと。終盤の父に今まで抱えてきた苦悩や思いの丈を打ち明けるシーンは、その内容自体はそれまで作品通して十二分に伝わってきたものであったけど、演技・演出そしてそれまで積み重ねてきたものの力強さがあって、『グッド・ウィル・ハンティング』くらい本当に価値のあるシーンになっていたし、その次の兄とのシーンも実に感動的だった。家族っていいなとその絆を感じさせ、深く深く揺さぶられるものがあった。
anon 名もなき者
1700エーカーから65エーカー
♪Tender In the Night / ジャクソン・ブラウン
P.S. 帰り道は、エマーソン兄弟のDreamin' Wildを聴きながら。
勝手に関連作品『マンチェスター・バイ・ザ・シー』『ハニーボーイ』『シュガーマン』
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