どうすればよかったか?のレビュー・感想・評価
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あまりにも様々な感情が交錯するため、タイトルの問いに対して絶句せざるを得ない一作
タイトルの、容易に答えが導けない問いを考え続けないではいられない一作です。
アイヌの人々や文化の映像作品を撮り続けている藤野知明監督だけに、その編集手腕は実に巧みで、20年以上にわたる家族の記録を一つの流れを持った作品として完成させています。
観終えた時には「あの時ああしておけば良かったんじゃあ」とか、「結局この人が事態を悪化させたんじゃあ」とか、いくつか答えめいたものが思い浮かんでしまいます。もっともこれは、おそらく監督本人も意図していない、優れた編集により浮かび上がってきた「解決策めいたもの」です。そうした憶測が成り立ちようもなかったことは、20数年という歳月が物語っています。
中盤、藤野監督の姉の病状に大きな変化が生じるのですが、その場面で観客の多くが感じるであろう、「私はこの姉を、どんな人として見ていたのか」という静かな衝撃、そして結末に至って監督の父親が述べたこと、さらに家族の記録を作品化するという監督の申し出に対する反応、これら一つひとつにいくつもの感情が重なってしまうため、結局のところ「どうすればよかったか?」という問いに対しては、少なくとも現時点では、絶句で返すほかない、と認識せざるを得ないでしょう。
パンフレットの解説、各論者の論考は本作の理解を一層掘り下げてくれるとても素晴らしい内容なので、できれば一読をおすすめします!
パーソナルドキュメンタリー
記録というものの意義深さ、カメラという武器、カメラをまとった暴力・・・
完全に私的なドキュメンタリーではありましたが、色々と思うことがありました。
自分が気になっていたこと、欲すること、それをカメラにぶつけることができた・・・ふとした強いきっかけから撮影しだした印象でしたが、長い年月ねばり強く記録し続けた結果がこうしてひとつの作品になったということなのでしょう。
ぶっちゃけ、ほとんどがハンディカムのビデオ映像で、しかもほぼ1台だけでの撮影、だから映像の質云々で見てしまうと、非常にもの足りません。なので記録されている内容によほどの衝撃を受けなければ、なかなか作品に対する評価も・・・といった感じです。
とはいえ、じっくりと時間が過ぎ去っていくことをしみじみ感じさせてくれる作品だとは思います。身近で私的な記録とはいえ、なかなかここまでしつこく記録し続けることは大変なことだと思いますから。
どうすればよかったか?
公開してくれた事を感謝します
私には統合失調症の母親がいます。
冒頭の危害を加えられたらどうしよう。だったら殺すしか無いか、でもそれをしたら人生がだめになるなというナレーションは私が今思っていたことそのまんまでした。
私の母は私が生まれる前から投薬をされており、何のきっかけか突然薬が合わなくなり、今はこの映画のお姉さんのような症状になりました。
病院には今も通っています。ですが突然叫び出したり何処かに電話をかけたり、お金を借りるといって家を出て行ったりします。
幻聴と常に言い争い、殺す殺すと一晩中怒り狂っています。
私が子供の頃、母がまともだった頃は薬が合っていて、今は合っていないんだという事がこの映画を観てわかりました。
何処を見ているのかわからない鬼気迫る表情は楽しい思い出の中の母の顔とは違います。
映画の中てお姉さんがピースサインをしたシーンで号泣しました。私にも母との楽しかった思い出があった事を思い出しました。
映画のレビューは統合失調症の家族を持たない人のものが多いように思います。
私は統合失調症の家族がいる人間です。どうすればいいなんてわかりません。わかるはずもありません。
ですが、セカンドオピニオンをすすめようと思いました。昔の母を取り戻すためには合う薬が必要です。この映画は救いです。本当にありがとうございます。
家族だから聞けないこと、言えないこと
実家物語
まさかの大盛況で、パンフは売り切れ。え、そんなに人気あるんだ…ドキュメンタリーを見慣れている私はいいとして、若い人やカップルとかが正月から観る映画なのか??
…と思った感覚は、観終わっても同じです。エンタメ性はないと思います。でも、ドキュメンタリー好きには必見。
年齢や時代、場所設定がさりげなくわかるようになっていて、「あ、監督、私と大学同じ…」「大学実家から通ってた?てことは、ここ札幌?」「私とお姉さんは10歳以上離れてるけど、監督は私と歳近い?」「あ、千歳空港、数日前行ったばかり…」「雪積もってるってことは、正月の帰省か。ここも私と同じ…」「実家、うちより広くて裕福そうだけど、高齢の親と話が通じにくいのは同じ…」「歳とってから生まれた子か…うちと同じ…」
と、お姉さん以外はとにかく設定が自分と近くて感情移入しまくり。
統合失調症という病がテーマであるけど、歳の離れた親(また札幌というなんだか都会でもあり田舎でもある微妙な空間の)との関係を描いたホームムービーでもあると思った。とにかく舞台がほぼこの実家なので、家の構造や家具などが観ているうちにほぼ自分ちのような気になっていく。数日前帰った実家で何十年もそこから出ずに暮らしていた両親のこと、そして「実家」という時が止まったような空間を感じる映画だった。
強さとは、困難を真正面から受け止められること
2025年一発目の映画鑑賞は、「どうすればよかったか?」でした。昨年12月7日に劇場公開されて以降、その衝撃の内容からメディアでもたびたび取り上げられた作品でしたが、それ故に中々都合が良い時間帯にチケットが取れず、遂に年を越しての鑑賞となってしまいました。
ようやく鑑賞できた感想は、何とも身につまされる内容で、本当に「どうすればよかったか?」と自問するばかりでした。20代で統合失調症を発症した姉と、そのことを認められない両親を20年間もの長きに渡って見つめ続けた弟の藤野知明が自ら撮影し、監督となったドキュメンタリーだけに、第三者である我々観客が軽々に論評すべきものではないのかも知れません。でも本作を世に出した藤野監督の思いは、本作を観て観客に何かを感じて欲しい、考えて欲しいということだろうと思料されることから、私なりの感想を述べたいと思います。
そもそもですが、第三者である観客の多くが感じただろうことは、両親は何ゆえに統合失調症を発症した時点で、姉にきちんとした治療を与えなかったのかという苛立ちです。父親は医者であり、母親も医療研究者だったので、一般よりも高度で手厚い治療を受けられた可能性は高かったのではないかと思われます。それにも関わらず姉の病気をないものとして隠蔽してしまい、最終的には家の中で半ば軟禁状態にしてしまう両親の心の内はどんなものだったのでしょう。
初めは自分の子が統合失調症であることを認めたくない悲しき親心だったのかも知れませんが、自らの心の平安と世間体を保つために自らに吐いた嘘が、いつの間にか本当のことであるかのように思いこんでいるように見えた両親の姿には、観ていて心が痛くなりました。
そして感心したのは、しばしば統合失調症の症状が表れる姉に普段通りの態度で接しつつ、両親に対しても冷静に接し続けた藤野監督の心の強さでした。そして自らの家族の記録を20年の長きに渡ってビデオカメラに収め、最終的に父親の了承も得て今回公開したことは、並大抵の人が出来ることではないと感じられました。仮に自分が藤野監督と同じ立場に置かれたら、彼のように冷静でいられるだろうかと想像すれば、間違いなく出来なかっただろうし、どちらかと言えば自らの嘘に依存してしまった両親寄りの態度を取っていたのではないかと思います。
最終的に言えるのは、人の人生には、いついかなる困難が降りかかるか分かりません。その時にその困難を真正面から受け止められるか否かが、その後の人生を決めるのだと痛感しました。自分のような弱い人間が、藤野監督のような態度を取れるかは極めて心もとないところですが、そうした時の糧にさせて貰いたいと感じた作品でした。
そんな訳で、本作の評価は★4.4とします。
一家族の記録としては価値はあるかも
正解はない
逆に言うと家族の数ほど正解がある。
映画を観ていて驚いたのは、家の中が驚くほど綺麗で本人の身なりも整っていたこと。そして未治療でも意外と本人の病状が安定していたこと。精神科医療に携わった人なら同意いただけると思いますが、普通はとっくに破綻していて「そうはならんやろ」、というレベルです。親の愛情、みたいなものが透けて見える気がしました。その愛情が「ズレてる」と言うのは簡単だけど、本人が考えて、考えて、考え抜いた上での行動なので、取り扱いは非常に難しく、「こんなこといつまで続けるつもりなの?」とか、つい投げかけたくなるけど、正論で人間を説得できるなんてのは幻想でしかないんですよね。陰謀論に染まった人を簡単に説得できないのと一緒ですね。
多分、多くの人がこの映画を観て、すぐに医者に連れて行かなかった親が悪い、あるいは傍観してもっと積極的に関わらなかった弟が悪いとかいう感想を抱くかも知れないけど(実際、パンフレットで監督は「両親を説得し姉を受診させるまでに25年もかかってしまったのはあまりにも長すぎました」と回顧)、それは悪者探しをしているだけで、必ずしもどうやってそれを達成するか?の答えにはなっていない訳です(「どうするばよかったか?」の問いには方法論も含まれている)。でも人は、誰が悪かったと言う形でストーリーの理解をしたくなるんですよね、そっちの方が分かりやすいから。でも医療的な視点で言えば、そもそも誰が悪いとかのジャッジはしないんです。そんな事をしても、何の解決にもならない上に事態を悪化させる恐れがあるので。
また同資料には、結局お姉さんは病識の獲得には至らなかったと言うようなことが示唆されていました(=「姉が病気を認めていない以上、実際に発表するのは姉の死後と決めていました」)。結果だけ見れば、強制医療の一択だった、と言えなくもないですが、この25年の課程を経ずにこの穏やかな結末を迎えられたか?は、甚だ疑問だったと思います。フィンランド発祥のオープンダイアローグの例を出すまでもなく、世界的に見て意外と精神疾患に対して強制医療をスタンダードに据えている国は少ないという事実。実際イタリアの精神科医師団が日本に視察に来て、苦言を呈して帰られるとか普通にありましたからね(汗
さてここからが本題です。それにしても弟である監督が凄かった。帚木蓬生氏が広めたネガティブケイパビリティ(=問題を問題として保持する力)の権化のような存在。はっきり言ってこれ、誰にもでもできることじゃないですよ。控えに目に言っても「超人」だと思いました。負担ではあっても、親が子供の面倒を見るのはギリギリ維持されるんですが、兄弟となるとその率がグッと下がります。社会通念では、親が子供の面倒を見るのは当たり前でも、兄弟が面倒を見るのは必ずしも当たり前ではありませんからね。「もー知―らない」と投げ出しても、結構許されるんです。(例えば重大事件の加害者の親に対してマスコミは執拗にコメントを求めるけど、兄弟のコメントはあまり見たことがないでしょう?)普通はそうなるんです。そういった意味から、兄弟から統合失調症を眺めた記録は本当に貴重であり、かつ資料的な価値は高いと思いました。非常に質の高いドキュメントで痺れました。
感想がタイトル通りでした
ちゃんとした治療を
どうすればよかったか……
統合失調症がどんなものなのか、良く分かりませんが、どんな病気でも、変だなと思ったら病院受診すべきだし、それが本人が判断出来ない、動けないのであれば家族がすべきだと思う。
年代的に世間体とか、偏見とか、色んな問題があったかもしれないけど、おかしいと思ったら親がなんと言おうと、兄弟、親戚が動いて無理やりでも早く病院連れて行くべきだったと思う。
だって、普通に考えれば親は先に居なくなるし、残されて面倒見るのは兄弟だし……
親を責めるような映画に思えたけど、撮ってる弟にも責任がある……と私は思う。
何が目的で映画にしたのだろうか?私には分からない。
分かったことは、もっと早く病院行って、薬のんで、普通に生活させてあげれば良かったのになぁ……
どう受け取ればよかったか
「どうすればよかったか?」という問いを姉への対応のことを指すと受け取れば、答えは明らか。症状が出た時点できちんと精神科に通わせること、あるいは入院することしかなかった。
しかし、この父と母が捉えられていたものにどう対処するか?という意味で取るならば、確かに「どうすればよかったか」としか言いようがない。
偏見や差別意識をや内面化してしまった人をどうするか?それもあるだろうが、実際はもっと複雑だったはずだ。なぜ姉を治療しようとしないのか、この父母に20年前に聞いたとしても答えは出なかったのではなかろうか。
家庭は社会の矛盾が端的に露呈する場でもある。監督にそんな意図はないかもしれないが、これは単に他人の家庭を撮ったドキュメンタリーではないと多くの人がどこかで感じているからこれだけの反響もあるのではないか。
お姉さんのピースサインがわずかな救い。
映画を観終わって…
まず最初に
「弟よ、君が両親を押し切ってでも
病院に連れて行けなかったのか!!?」
でした(涙)
が、しばらくして
弟も両親も
そして、本人も皆んな
苦しんだんだよな
もう少し早く薬を飲んでれば
お母さんとも
女同士の会話もできてたろうになぁ〜
オシャレやメイクなど…
コレはエリート出の両親の
プライドが邪魔したとか
もう今となっては過去です
ただ…
少しの間でも
薬を飲んで
穏やかな生活に
戻れただけでも
良かったのではないか
そしてお姉さん本人が
笑顔を見せてくれてたのが
何よりもの救い
(逆に「ならもっと早く…」って
思う人も多いだろうけど)
悔しいけど
誰のせいでもないよ
鑑賞してて
とてもツラかった映画でした
自分の家族を出し
この作品を作って
公開まで辿り着いた
監督 (弟)さんを
称賛します👏🏻
籠の中の加護。
よくまとめたな
これは難しいですね。
当時を思えば、分裂病=犯罪者レベルの扱いでしたから。
最初は病院へ連れて行かないご両親に対して自分たちのエゴから連れて行かないだけだろうと思ったり、弟にもグダグダ言ってないで病院へ連れて行けよと思わなくもなかったのですが、冒頭にある通り当時の扱いを思えば、ご両親は分かっていても認めたくなく、認めないことにより病気ではない=娘は健常者と思いたかったのではないかと。一時の気の迷いだから、この先には今まで通り、優秀な娘に輝かしい未来があると思いたかったのだろう。もしも、病気と分かればお姉さんだけでなく、弟の将来にも傷がつく。分裂病の姉がいるところに嫁が来るはずがない。子供たちの未来が…とも思ったのではなかろうか。
ご両親お二人とも裕福な家庭なんだろうな。エゴと言えばそうかもだけど、私には確かに親の愛を感じました。
発症は、恐らく最初の大学受験に落ちたあたりから病気が進行していったのではなかろうか?
病院へ連れて行って適切な治療を受けていれば、医師という未来はなくても、また別の未来があったのにと思うと重く感じました。適切な薬を見つけてからのお姉さん、一気に年が進んだように感じました。
その後、彼女は何を思い考えていたのだろう?
思うことが沢山ありますが予測でしかない。
どうすればよかったのか?分からない…
ドウシヨウモナイ私
どうすればよかったか
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