劇場公開日 2024年12月7日

どうすればよかったか?のレビュー・感想・評価

全204件中、181~200件目を表示

4.0タイトルなし(ネタバレ)

2024年12月25日
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鑑賞方法:映画館
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りゃんひさ

3.0両親の愛情と監督の下心

2024年12月24日
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公開日から一週間後に鑑賞。
公開館数が少なくて上映回数も少ないのに話題沸騰なため、満席だらけ。
クレジットカード不所持でオンライン予約出来ない人間には、チケット購入難易度が最高峰だった。
上映時間よりもかなり早めに映画館に行ったら、映画館自体はまだ開店前だったのに列ができてて、チケットを購入するために列に並んで購入。
映画チケットを並んで購入なんて、下手したら2011年の東日本大震災で映画館がしばらく休館後、再開した時に映画館に人が殺到して、『塔の上のラプンツェル』のチケットを買うために一時間並んだ時以来かも。

事前に聞いていた話だと「20代で統合失調症を発症した娘を、両親が世間に悟られないようにするため、25年間監禁し続けた話」と聞いていたが、観た後は「そうかな?」という感じがした。
結果的には両親の行いは間違っていたことになるが、両親は世間体を気にして娘を家に閉じ込めていたわけでは無く、本気でその方が娘のためになると思っての行動のように思えた。
もし両親が自己保身ばかりで娘に愛情がなかった場合、お金は稼いでいそうなので、精神科の施設に送り飛ばして終わりな気がする。
そうでなくても娘への対応がもっと雑だったり虐待チックだったりしてもおかしくなさそうだけど、そうは感じなかった。
家に南京錠をかけて娘を軟禁していた件も、一人で外出させた時に過去に警察沙汰を起こしていたことがあるわけで、娘を守るための行動としては仕方ないような気がした。

一方、弟でもある監督に対しては、映画を観るにつれて不信感が募っていった。

※ここから「お前何様?」と思われても仕方ないぐらいの監督批判が永遠と続き、気分を害させる可能性大なので、閲覧しない方がいいかも。

監督は「お姉さんを救いたい」みたいなことを言っていたが、実際にとった行動は「社会人になったのをきっかけに実家のある北海道を離れて神奈川で一人暮らし」→「30歳を超えて映画監督を目指す」→「実家の様子を録画し始める」という流れだが、行動だけ見ると「家の面倒に巻き込まれたくなくて実家から離れたが(この行動自体は責められないと思う)、映画監督を目指すようになり、身近にドキュメンタリーのネタがあることに気付き、本腰入れて家族の問題に直視するようになった」と感じた。

ひねくれた見方かもしれないが、映画を観ていると「お姉さんを救いたい」気持ちよりも「ドキュメンタリーを作りたい」気持ちが優先されているように感じる場面が多々あった。

例えば、台所の場面。
お姉さんが洗い物をしている最中、夕飯の残り物を冷蔵庫にしまうことを思い付き、洗い物を中断し、残り物の入った皿にラップをかけようとするが悪戦苦闘。
その間、水道の水はずーーーっと出っ放し。
動画を撮っている監督はただ静観。
ドキュメンタリー監督として「被写体に関与しない」姿勢は正しいのかもしれないが、目の前の女性は「被写体」である前に「実の姉」。
仮に監督がお姉さんに「水、出っ放しだよ」と声をかけ、それでお姉さんが蛇口を閉めたとしても、観客には「お姉さんは忘れっぽい」という情報は伝わると思うのだが、なぜ監督が声をかけなかったかといえば、それは「お姉さんの異常性を際立たせる」ためですよね?

他にも、お姉さんのキレてる場面が何度か出てくるが、ほとんどの場面が「キレてるところから」の映像で始まっているのも疑問に感じた。
もしかしたら正当な理由で怒っているかもしれないのに、この作りだと「お姉さんが突然キレ出した」ように見える悪意のある編集に感じた。
もし本当に突然キレ出したのだとしたら、キレる少し前の場面から映像を始めた方が、家族の大変さがより伝わったと思うのだが…

この映画の始まりがお姉さんの喚き散らす音声から始まっているのも、後から考えると問題な気がしてきた。
映画の掴みとしては抜群だったかもしれないが、監督が本当にお姉さんに愛情を持っていたとしたら、お姉さんのみっともない音声を掴みに使ったりするものなのだろうか?

監督がお姉さんに話しかける場面も気になった。
ガン無視されているように見えたが、気のせい?
別に姉弟で仲が悪いのは珍しいことではない。
普段からそんなに仲良くなかったのに、お姉さんに声かけて無視される理由を「病気のせいでこういうリアクションになっている」ように編集で見せていたとしたら悪質だと思った。
「お姉さん、子供の頃、可愛がってくれたよねえ」なんて、記憶喪失じゃないのにそんなことわざわざ言うかなあ。

途中に出てくる、お姉さんを病院に連れていくように、監督が母親を説得する場面も酷いと思った。
あれだと説得ではなく詰問。
相手のダメなところをあぶり出して否定しているだけ。
最近の言い方でいえば「論破」。
本気でお姉さんを病院に連れて行きたいんだったら、「どうすればよかったか?」なんて言ってないで、「本」でも「人に相談」でも「YouTube」でもなんでも良いので、もっと人への説得の仕方を勉強すべきでは?と思った。
「人の心を動かす」能力って、映画監督には重要な能力だと思うのだが。

まあこれからは、子供が統合失調症になっても病院に連れて行かない親がいたら、この映画を観せればOK。

本作は統合失調症だけではなく、引きこもりや介護の問題も内包していると感じた。
そういう意味では、最近耳にするようになった「8050問題」を描いた映画として捉えることも可能といえなくもない。

最後まで観終わって、2014年公開映画『6才のボクが、大人になるまで。』のことを思い出した。
たとえ途中にいろいろなことがあったとしても、幼い女の子が白髪混じりの老人になるまでを一続きで見せられたことで、「人生って尊いんだなあ」と感傷的な気分になった。

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おきらく

4.5疲れ果てた親の姿に

2024年12月21日
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疲れ果てた親の姿、
特に母親の姿に、涙が出た。

娘を閉じ込めてしまう理由に、
世間体とか、深い思いが沢山あったんだと思う。
長男(監督)の知らないところに、
両親の思いと、葛藤があったんだと思う。
長男(監督)にすら話すことができなかった思いが
あったんだと思う。
それらを全て抱えたまま、
病気の娘と毎日毎日向き合って、
老いていく両親、
老いてしまった母親、
認知症もみえた母親、
ココロに重い重い気持ちを抱えたまま、
娘のことを心残りにしたまま亡くなった母親。

映像から想像するより
遥かに辛く苦しい毎日だったと思うが、
必死に生きてきた両親。

その姿に、涙が出た。

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ドッペル(たけ)

4.5答えは

2024年12月20日
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カメラを通して姉や両親の問題に真摯に向き合おうとする姿勢が伝わります。
しかし、両親は目の前の問題を見ないようにしている頑なさがあり、もどかしいです。
昔はそういった偏見が強かったのかも知れませんが、親の偏見が子供の人生に多大な影響を与えるというのは、こうやって映像で目の当たりにすると理不尽さが募ります。

後半の様子は、もっと早くこうしていればと、あまりにも過ぎた時間が長く、本当にやるせないです。
「どうすればよかったか?」という問いに対する答えは、もっと早く病を認めて治療すればよかった、ということだと思います。
しかし、その答えは後悔を伴うもののはずで、問われた相手がそれを感じているのかどうか……

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nakadakan

3.0体裁を気をしていた両親の罪は深い

2024年12月20日
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悲しい

難しい

単に、統合失調症の家族を持ったドキュメントかと思っていたが、そうではなかった。
高い教育を受けた両親にとって、順風満帆に成長する筈だった長女の「奇怪な行動」は存在してはいけなかったのだろう。専門の医師の診断を受け、適正な処方による薬を服用していたら、この家族の「今」は変わっていただろう。

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ちゃ坊主

3.0統合失調症の姉を父母が有効な治療を受けさせずに監禁していた話、と聞...

2024年12月19日
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悲しい

知的

統合失調症の姉を父母が有効な治療を受けさせずに監禁していた話、と聞き鑑賞。

確かに玄関に南京錠はかかっていたが、他の窓から出られる環境下にあり、監禁にはあたらない。外出しようと思えば容易に外出できる状況にあった。
有効な治療を受けさせず、姉にとってイタズラに時が流れていったのは確か。ある程度知識があって、平均以上の知能を有していても、自身に不都合な真実を直視し受け入れるって難しいことなのだな、と思う。もしくは、頭が良くても正しい判断ができるとは限らない、ということなのかも。

薬物療法でコントロールされた状態であれば、現代社会のルールの枠内で生きるという選択肢もあったかもな、と思う。一方で、枠からはみ出した人間をそのまま許容する度量は我々の社会にあまりないんだよな、とも。実際隣に絶叫する人が住んでいたら引っ越すな、私は。
また、姉は両親の庇護下ではあっても日常生活は送れており家族との生活を享受できていた。幸不幸ってどこで判断するのか、とも思った。

本作の姉よりももっと深刻な病状の人は多くいて。その人たちの多くは世の本流からは遠く離れた場所で生きている。この作品の更に奥にある現実、彼ら彼女らの現状にも、光が当たればよいなと思う。

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Nori

3.0人との出会いが幸せを決める

2024年12月18日
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この両親と出会ってしまった。
親から虐待されたわけではない、育児放棄されたわけでもない。
親の所有物にされてしまった。

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チャーリー

5.0どうすればよかったか?

2024年12月18日
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泣ける

悲しい

人生にタラレバはないというが、どうすればよかったかと後になって悔やんだことがない人はいないだろう。ましてや社会への船出を迎える時期にどういう選択をしたかはその後のその人の人生に大きな影響を及ぼす。それが本人ではなく家族の意思で明らかに異常な判断がなされたとすれば、死んだ人は浮かばれないのではないか、監督がそう問いかける映画である。
医学系の研究者である両親の影響から、4浪の末、医学部に進学した監督の姉は、大学4年の解剖実習に失敗したことで留年した。その頃から少しずつ様子がおかしくなっていき、1983年に統合失調症の最初の発作が起きた。監督は、1992年、実家を出る直前におかしくなった姉の様子を録音し、2001年から、実家に帰省するたびにビデオを回し始めた。発症してから25年後の2008年、母に認知症の症状が見られた。監督は医師に相談したところ、「姉はすぐに入院させ、父親が自宅で母の面倒を診るのがよい」というアドバイスをもらった。それを父親に相談したら、姉の入院を受け入れた。姉は入院期間中、合う薬が見つかり、3ヶ月で退院できた。退院後は、料理をしたり、弟が撮影しているカメラにピースをしたりとそれまでとは別人と言っていいぐらいに変化した。
監督はこう振り返る。「最初の急性症状が出たときに、僕は30分以内に救急車を呼ぶという正しい判断ができていたので、姉について後悔していることはない。ただ、間違っていたのは、両親の説得に25年かかったということ。どう考えても長すぎるし、姉に対して申し訳ない。これを失敗と言わずして何と呼ぶのか。だから後悔があるとしたら、もっと早く両親を説得すべきだったということ。」
統合失調症とは、脳内の神経伝達物質のバランスが崩れることで、考えや気持ちがまとまりづらくなる精神疾患だ。幻覚や妄想などの陽性症状、意欲の低下や感情表現の減少などの陰性症状、認知機能障害などの症状が現れる。早期発見と早期治療が重要で、薬物療法や精神療法、認知リハビリテーションなどの治療によって回復することができる。原因は現在でもはっきり解明されていないが、遺伝子も関与しているといわれている。本人がなにかをしたら発症するわけではなく、親の育て方や遺伝のために起こるわけでもない。
監督メッセージは無念さが滲み出る。
「姉はたくさんの才能を持って生まれましたが、発症してからは、それを十分に発揮することなく、ほとんど独りで生きていました。
我が家の25年は統合失調症の対応の失敗例です。
どうすればよかったか?
このタイトルは私への問い、両親への思い、そして観客に考えてほしい問いです。」

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ミカエル

5.0文字通り「どうすればよかったか?」を問いかける作品

2024年12月18日
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家族という閉鎖空間のなかで,精神疾患を発症したら,,,とあり得そうだけど否認したくなる現実に向き合う藤野監督。姉と同時代の空気を生きてきた者として,発症当時の疾患名がいかに差別的であり人間であることを否定するような名称だったことも25年間,医療につなげられなかった遠因としてあるように思う。
どうすればよかったか?
両親も姉の実弟である監督もよりよい方向を考えてはいたであろう。
家族の恥,世間体,,,,様々なことが障壁となり自己正当化バイアスも作用しながら時間が過ぎていったのだろう。
医療に繋がると3ヶ月の入院で疎通性が向上,もっと早くに・・・とついつい思ってしまう。
どうすればよかったか?
正解はないだろう。
しかし,家族という閉鎖空間で全てが,育児や介護も含めてだ,完結する,させなければならないという桎梏を問い直す必要がある。

監督が家族という空間を拡げるということに風穴をあけてくれた。
そう思う。

同じように家族にレンズを向け他作品を帰り道に思い出した。
それは小林貴裕監督の「Home」であり,赤崎正和監督の「ちづる」である。

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officemabuya

1.0途中で腹が立つ

2024年12月17日
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統合失調症と家族の話だが、こんなに噛み合わない家族って、弟もカメラ回す前に姉を病院へ連れていけよ
彼女の人生を25年無駄にした家族

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れこほた

4.0大入り満員! 極めて個人的であるからこそ普遍的な、統合失調症の姉と家族のドキュメンタリー。

2024年12月16日
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じゃい

4.0やはり両親が悪い

2024年12月15日
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いつも行っているミニシアターで先着順で番号札を貰うのだが、2時間前で35番、上映時は満席(70人位)だった。自分も医師の端くれだが、一体、この両親は何なのだろうという気持ちで一杯。時代は古いが、行政にお願いして親と関係なく入院させられなかったのだろうか?

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hanataro2

5.0タイトルなし(ネタバレ)

2024年12月15日
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ym

4.5恥ずかしいの定義

2024年12月15日
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単純

恥ずかしいとは何だろう
それは家族が決める事なのか
世間が決める事なのか

僕らはいつのまにか
形成された心の中の
恥ずかしいに
いつも縛られている

恥ずかしくたっていいじゃないか
人間は生きてるだけで
ものすごく恥ずかしい生き物だ

大事なのは
それを隠すことではなく
なぜそれが恥ずかしいのかについて
考えることだとこの映画を見て気付いた

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ハイボール

5.0レキサルティ服用する卒寿間近の認知症母を見守る当方には刺さりました...

2024年12月13日
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難しい

レキサルティ服用する卒寿間近の認知症母を見守る当方には刺さりました。
昨年同時期の「PERFECT DAYS」同様完売出直しでの満席鑑賞でしたが
まこさんの言動、表情すべて当方の母を見ているようでとにかく切ない。
監督の冷静な対応もそうしようと努めている当方とクリソツ。
今年鑑賞33作目にしてタイアップなし直球ドキュメンタリーを見せられては
他の32作と優劣をつけられない別格の作品としか言えません。

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nenemiiko

5.0家族というのは残酷なほどしんどい関係だと思う。

2024年12月12日
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知的

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yoshiべぇ

4.5どうすることもできなかった苦悩の25年間

2024年12月12日
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2024年劇場鑑賞103本目 傑作 78点

まず、閉じ込めていた25年間という月日は、このレビューを投稿している当方が誕生してこんにちに至るまでの年数と同じ期間である

0歳から25歳と成人前後から40代半ばの25年間では触れる経験も体感の年数も違うが、四半世紀という言葉通りの衝撃的な長さをある種牢獄よりたちが悪い箱に閉じ込められていたと思うと言葉が出てこない

時代とそれに伴う情報の正確性と信憑性の乏しさ、今作の事象に至るまでの両親の功績から蓄えられた人間性など、もし当事者だったら正しい判断が出来たとは声を大にして言えないのが悲しい

これが正解だったのかは誰もわからないし、現代になってこの時こうであるべきだっただろうなどとはいくらでも言えるので何も言えないが、ドアの向こうで悲鳴を上げる夜に肩を落とすシーンを見ると、認知症の祖母の時間によって機嫌や気性が悪くなる苦悩を少なからず経験してきたので、少しばかり同年代の他観客より絵や文字より痛みがわかるから尚更言葉がない

弟は幼少期からお世話してくれて大好きな姉の不可抗力な変化を志し半ば受け止めて、それでも二人の間は変わらずあの時の二人で、色眼鏡なく随所でそれが英断なのかと疑問を抱き不思議に思ういわば一番視聴者に近いが、そんな中立にたたないといけなかった彼自身の25年間が一番悔やまれるが、きっと彼の生きる理由だったのだから、それを引き剥がす権利は後にも先にも誰もいない

人生を持ってこの映画を届けてくれてありがとう

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サスペンス西島

5.0晩年精神科に通っていた父を持つ私としては、 他人事とは思えない作品...

2024年12月11日
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晩年精神科に通っていた父を持つ私としては、

他人事とは思えない作品でした

ご両親が亡くなって映画化かと思ったら予想外の展開だった

お母さんはお父さんのせいに、

お父さんはお母さんのせいにしてたってこと?

本当にどうしたら良かったのか

でも監督は本当に精一杯やったでしょ、

立場的に強く出られなくても仕方がない

監督さん、どうぞお幸せに

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jung

5.02024年120本の映画を観た。No.1。精神が崩壊した人、とその家族の40年

2024年12月11日
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泣ける

知的

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東條ひでき

4.5どうすればよかったか・・・見る以外に何ができるか。

2024年12月11日
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興奮

原一男の「ゆきゆきて神軍」以来の、しばらく映画館で立ち上がれなくなったDocumentaryの傑作を見た感じがする。もう一つこの映画を見た後、頭に浮かんだ映画は、黒澤明の「羅生門」。母親、そして、父親から見たこの20年は、弟の見た20年の家族とは全く違う感じに見えたはずだ、ということである。

どうすればよかったか・・・姉は4度の医学部受験を失敗した段階で、あるいは遅くとも入学後も大事な解剖の試験に失敗した段階で、彼女の感じている”親と同じ職業につかねばならない”ー多分”つきたい”のではなく”つかねばならない”という強い強い強迫観念から、”向いていない”“ほかの選択肢がある”と促し得れば、姉は傷つきながらも、なんとかこちら側に留まれた可能性はあったのではと感じてしまう。父親は、娘が明らかに精神異常をきたしているのに、毎年の様に医者の国家試験の本を渡し、母親は、外聞が悪いと娘を閉じ込めつつ、彼女は正常だと思い込む。一体、これが正常な家族か?とこちらが絶叫しそうだが、Documantaryとして”真実=True Story”を見せられているから、見ている観客の我々は。「馬鹿な」すら言えずに、押し黙るしかない。

もう一つ思い出したことがあった。島尾敏夫の「死の棘」。狂う妻のミホを題材に、小説を書く行為。文学者のどうしようもない本能でもありエゴ。果たして、この弟の監督は・・・。しかし、姉が後半の方で見せる、カメラに向かい見せるピースと奇妙ではあるがうれしそうなダンスというかステップは、明らかに、弟を信頼している所作であり、見ているこちらも救われた気持ちがする。

20年の映像、20年の記憶、20年の葛藤。どうすればよかったか、という問いに答える必要は我々にはないし、それは、多分できない。こういうことが起きた、愁嘆場とそれでもいとおしい家族の歴史と交わりがあった、と受け止める以外の方法はないと思う。父親も母親もこの映画の監督の弟も、姉の受け止め方は様々でも、誰も逃げ様とか破棄しようと思っていないのだから。そして、誰もが姉を深く深く愛していたのだから。正常な家族か?と書いたが、愚問と自ら断じよう。なぜなら、そのやり方がおかしいと今更第三者の我々が言ってどうなるものでもないのだから。あるがままに受け止めよう。映像のまま受け止めよう。そうさせることこそが、この映画の魅力なのだから。

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サム