「オリジナルとは違うドラマに」秒速5センチメートル かぜさんの映画レビュー(感想・評価)
オリジナルとは違うドラマに
オリジナルが既に世界観が完結している作品で、実写化は非常に困難に思えた。映像的な再現性はパーフェクトに近く特に物語の中盤の鹿児島編ロケットのシーンや黄昏時の幻想的な空と雲の風景や心閉ざした貴樹に片想いしてしまう花苗のよりどころの無い感情が見事に表現されていたが、第一部の雪模様の天候の中を中学生の貴樹が明里に東京から栃木まで訪ねていく場面は、雪で遅延を繰り返し約束の時間がどんどんと過ぎて行きたどり着くどうかも分からない列車にたたずむ少年の心細い憔悴感、それはひいては少年から大人になるこの時期特有の不安定な気持ちを表現した重要なエピソードなのだが、こちらは残念ながらオリジナルには叶わない。
オリジナルは貴樹の心象風景の映画だと思う。実写化が時系列の3部構成をシャッフルして描くのはいいとしても、最後にお互いの存在を気付かせてしまう展開はルール違反だ。本来は貴樹の心の中の物語だったのが、明里の意志が明確化することでファンタジーでなく、男女の恋愛観の違いを描いた作品になってしまった。明里が貴樹との恋を「思い出でなく、今も続いている」と言ったのに、再会を拒む気持ちがよくわからない。実写版では貴樹の周辺には、彼を暖かく見守る人たちがいるのに彼の心は頑なだ。宇宙博物館の館長から明里が約束の桜の樹の下には行かないと言ったと聞いた貴樹が「何気ない会話だけでも良いから会いたかった」とさめざめと泣くのもちょっと引いたがよりを戻す気もない元カノに傘を返しに行くのも自分の気持ちを整理つけるための行動のようで情けない。終盤のプラネタリウムのボイジャー1号2号のように、貴樹と明里は起点は同じでも二度と同じ軌跡を辿らずに交わることの無いのだ。だからこそ桜吹雪の舞う踏切でしか貴樹は明里の面影を感じる事が出来ない。その時に貴樹が見せる笑みは哀しみに満ちた切ない笑顔だ。もともとそういう話なのだと思う。
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