劇場公開日 2025年10月10日

「いつも「リア充爆発しろ」と思って生きている人間には地獄の内容」秒速5センチメートル おきらくさんの映画レビュー(感想・評価)

2.5 いつも「リア充爆発しろ」と思って生きている人間には地獄の内容

2025年10月13日
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原作アニメは未見。

「子供の頃に好きだった相手のことが忘れられず、大人になって会いに行く」という話で、去年公開の『パスト ライブス 再会』を連想。
「男の方は過去を引きずって恋愛がうまくいかない」ところや「男女で相手への思い入れに差がある」ところも似ている。

『パスト ライブス 再会』は、現実的で大人のビターな展開に胸をグサグサやられながらも、最終的には人間の深淵を描いており、個人的に大傑作の恋愛映画だと思っている。

一方、本作は、岩井俊二映画風の幻想的な映像で純愛を描いているように見えるが、その内容はあまりに都合の良い妄想のように感じられ、違和感を覚えることが多かった。

前半で描かれるのは、主人公・貴樹のモテモテ人生。
小学生(+中学生)、高校生、社会人と3つの時代が描かれるが、貴樹自身は恋愛に積極的ではないにもかかわらず、常に彼に恋をしている女性がいる状況。

社会人になった時の貴樹は、コミュ障で職場で孤立しており、その時点では貴樹に共感。
しかし、実は職場の美人とこっそり付き合っていることがわかり、共感から一転、裏切られた気分になった。

高校生の時、貴樹は煙草を女性教師に見つかっても簡単に見逃してもらっている。
その少し前の場面では、女性教師が校内を歩く貴樹を遠くから眺めるシーンがあるため、「この女性教師、貴樹に恋愛感情があったから、煙草に目を瞑ったのでは?」と思わざるを得なかった。

ちなみに、この女性教師が、自分が内容を覚えていない映画を他人に勧めているのには、一映画ファンとして酷いと思った。
また、社会人になった異性の元生徒と街でばったり出会い、そのまま飲みに行くのも珍しいと感じたが、さらにその飲みの場に、元生徒とは無関係な職場の人間を連れて行こうとするデリカシーのなさも理解不能だった。

そんなわけで、前半はひたすらイケメンのモテモテエピソードを見せられるという拷問。
常日頃から「リア充爆発しろ」と思って生きている人間には地獄のような時間だった。
地球に隕石が衝突するバージョンを希望。

中盤、中学生の貴樹が栃木の明里に会いに行く場面。
幻想的で感動的な場面になっており、劇場からすすり泣く声も聞こえてきた。
しかし、深夜に中学1年生の女子が親の許可を取らずに外出している状況を、親の気持ちを考えると、肯定的に描いていることにモヤモヤした。

本作では、明里が小学校の時に引っ越した後も貴樹と明里は手紙でのやり取りはしており、大人になってそのやり取りがなくなっているということは、どこかのタイミングで途絶えたということになる。
この映画の場合は、明里が貴樹へ手紙を送らなくなったと推測できる。
そのような事態になったら、「相手が自分と距離を取りたがっているから、もう彼女のことは諦めよう」と考えるのが普通だと思うのだが、それを考えず明里に会いに行こうとする貴樹に対して過度な執着心(ストーカー気質)を感じた。

本作の主演は松村北斗で、個人的には『夜明けのすべて』の印象が強い。
どちらの作品も天文学が関わっており、終盤にプラネタリウムが出てくるのも共通している。
偶然ではなく、本作の制作者が『夜明けのすべて』を観て松村北斗の起用を決めたのではないかと勝手に推測。

終盤、今までクールな振る舞いだった貴樹が、職場のプラネタリウムの館長に突然、恋愛トークを始め、号泣しながら想いを吐露。
ここで貴樹が語ることは、自分にはストーカーの言い訳にしか聞こえず、少し気持ち悪さを感じた。
観客はそれまでの貴樹を見てきたから彼の感情の爆発についていけるが、館長は優しく対応はしていたが、内心は精神を病んでいる人にしか見えなかったのではないだろうか。

おきらく
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