「後年たまさか目にした人の琴線に静かに触れて忘れ得ぬ余韻となるような映画」秒速5センチメートル くさんの映画レビュー(感想・評価)
後年たまさか目にした人の琴線に静かに触れて忘れ得ぬ余韻となるような映画
完成披露試写会で拝見。公開初日に再見。帰り道に見た空を美しく感じるような、まっすぐ帰宅してしまうのが、日常に戻るのが惜しくなった。それ程に美しくて残酷で素敵な作品だった。
奥山監督が口にされた「誠実で切実」がまさに正鵠を射ていた。
物語としての起伏やあっといわされる瞬間はほぼない。ヒトの人生を誠実に描けば普通そうである。カタルシスを求める人の需要には見合わないかもしれない。
映像は終始、記憶の中のように少し靄がかかっていて、物語を追うよりも折々の遠野貴樹と篠原明里、それを取り巻く人達の感情を追体験する、あるいは関連した自分の感情を想起させられる。そして、目の前にいずとも”同じ物を飲んで、その感想を聞きたい”相手の存在が「思い出ではなく日常として生き続けている」ことや、幼い2人の切実さに胸が痛くなる。この作品は、例えば後年たまさか目にした人の琴線に静かに触れて忘れ得ぬ余韻となるような映画だと思う。
PCにばかり向かっている人ならではの肩甲骨が開いて上背部が丸くなり左肩の落ちた背中。目、鼻、口…顔を構成する要素が全て縮まってしまってたかのような世に飽いた顔貌。身も世もなく泣く姿…全身でその人間のおかれた状況、内心、特に諦念、焦燥、鬱屈、屈託を顕在化せしめる松村北斗の身体表現能力は相変わらず素晴らしい。が、全編伏し目がちで光を失った目が、あるきっかけで生気を宿していく「たこ焼き」シーンがとにかく凄まじかった。しおれた花が水を得て生気を取り戻していく様を撮影して高速で流しているので例えるのは正解かはわからないけれど。ほぼ動きも台詞もない中、固定したアップの表情がほんの少しずつ溶けて光を得ていく様の素晴らしさ。松村北斗の来し方を知るからこそそこが透けてみえているのか、うけた印象はファンの贔屓目なのか、そういうことを今まで考えてしまったけれど、もうそんなことどうでもよくて、ただ、ただ「人が回復する様」を見て感動していた。
だが、実はこの作品で最も印象深かったのは上田悠斗さんであった。前述の背中の丸さが松村・遠野貴樹と同じ。鼻筋も、少し甘く舌足らず気味になる声(最近松村北斗の滑舌を気にしたことはないから、この作品で冒頭のモノローグから少しその感をうけるのは敢えてなのだろうか)までも酷似している。似せていることだけが素晴しいわけではなく、幼少期の貴樹と明里の綴る、相手への思いに満ちた言葉。電車の音がひどく雄弁に聞こえたのも彼らの綴る言葉の切実さを彼が体現していたからだと思う。さらに、その切迫感あればこその、次なる青木・遠野のどこか達観したような感じ、松村・遠野の世を捨てた感じに説得力が生まれるのだと思った。
完成披露試写会で観た時には自分には印象をうまく言語化できなかった青木柚さんの貴樹は、初日の鑑賞時思うにやはり、見た目だけだとむしろ玉木宏さん等の系統で全く松村北斗には似ていないし、むしろ高校生としては色っぽ過ぎるくらいの表情で、抜け殻感の強い29歳の貴樹より大人に見えるくらい。それは森七菜さんが恋するJKそのものだったこととの対比からかもしれないけれど。ここにない何か、を見ている18歳の貴樹の存在に説得力あってこその、29歳の貴樹であるだろうから青木さんと奥山監督すごいなと改めて。
そして、実は最も書きたかったことの一つが森七菜さんのことであった。「フロントライン」「ファーストキス」「国宝」、そして本作と、2025年の話題作どの作品にも出ていて主人公に影響を与える役や影響されて変わる重要な役を演じている。それだけで凄まじいことではあるけれど、個人的には本作の澄田花苗が最も素晴らしいと思った。どう表現したらよいのかわからないのだけれど、澄田花苗の、あの時期の女子のもつ溌溂さと内向と切実さと失意と、そういった感情が全て内包されていて「自ずとわかる」のである。森さんが今年演技で賞をうけるのであれば、個人的にはこの役でであって欲しい
白山乃愛さんはもう、360°どこから見ても紛う方なき由緒正しき美少女。上田さん・貴樹の”切実さ”は初演技という彼自身の状況も若干加味されたものだったかもしれないけれど、白山さん演じる明里の”真摯さ”にはプロをみた。プロフィールから本作の撮影時にはドラマ撮影を数回経験されたところだったと推測するけれど、年齢らしい新鮮な美しさに既に大女優の風格すら漂わせている感。さすが東宝シンデレラ。美し過ぎて、ねたまれるのでなければ転校生であっても地味でクラスで仲間外れになる存在とは思えないと思っちゃうけれど(笑)
その白山さんから一足飛びに高畑さんの明里になると、迷いのない、菩薩のような雰囲気すら。原作は敢えて未見なので明里の扱いが若干異なることしか知らないけれど、悩み、惑い続ける貴樹に比べてのこの達観は女性よな、というより高畑さんのもつ要素を反映しているようにも思った。というのもこれまでドラマや映画で拝見する高畑さんからは超越した母性みたいな感じを受ける事が多かったのである。その後のバラエティ番組ご出演の際や2度の舞台挨拶での言動から、さらに菩薩感、達観した感が増していて(笑)。あの、けたけたとあっけらかんとした笑い方と、目の前にはおらずとも確実に自分の土台になっている存在を思い起こす仕草の繊細さ、思い起こしつつ現実的でもあるところ、全部が同じ人間の中から普通に混在して表出されているのがすごい。ただ、明里の夫となった人には何となく同情してしまう。そんな深い強い同年齢の異性の存在を、心中だけのこととはいえ受け入れ難いのではないだろうか。
奥山監督の手になる映像は間違いなく美しいし、松村北斗の「たこ焼き」のあの表情を撮って残して下さったのだけでも大感謝。演技経験の浅い白山さんと上田さんが様々な点で期待以上に素晴らしく(実は自分が泣けてきそうになったのは幼少期パートであった)、二人の幼き真摯さがあってこその青年期の貴樹だから、本作では松村北斗が絶賛されがちだけれど(演技の萌芽期の「ぴんとこな」「TAKE FIVE」辺りから出演作を観てきて、推しとして9年来応援してきた身としては涙が出る程嬉しいことではある)、白山さんと上田さんの才能と努力、そしてそれを引き出し得た奥山監督あってこその作品だと思うのだ。
そしてこの座組を支える方々。実は日本国民みんな大好き宮﨑あおいさんと吉岡秀隆さん。このお二人を私は苦手だったのである。たいした理由はない。今回も配役が明かされていく過程で少々それを思ったことは否定しない。しかし、自分の苦手が一作品で覆ることの嬉しきことよ。岡部たかしさんは「エルピス」や「虎に翼」「新宿野戦病院」「ばけばけ」での一癖ある役の印象が強いけれど、今回のような役の普通の市井の人の温かみもあるのですね。
強いて言えば、堀内敬子さんと戸塚君!もう少し出ていて欲しかった。短時間にピリッと薬味利かせる職人芸みたいでかっこよいとは思うけれど(笑)
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