「アニメ版からの改変が、功を奏しているとは思えない」秒速5センチメートル tomatoさんの映画レビュー(感想・評価)
アニメ版からの改変が、功を奏しているとは思えない
新海誠のアニメーションの絵は、どちらかと言うと、シャープでクリアな印象があるのだが、それを実写化したこの作品は、そうした印象とは対照的に、紗がかかったような、ぼんやりと霞んだような画面作りになっていて、アニメとは異なる柔らかで温かい雰囲気を醸し出している。
また、アニメでは、時系列順で描かれていた物語が、本作では、29歳の主人公が過去を回想する形で描かれているだけでなく、主人公が、プラネタリウムに転職したり、小惑星が衝突する予定日に桜の木の下で再会する約束をしていたりと、アニメには無かったエピソードも付け加えられている。
このように、この実写版は、オリジナルのアニメ版とは「似て非なるもの」になっているのだが、それでは、そうした改変が功を奏しているのかと言えば、残念ながら、そうとは思えない。
第一に、アニメでは、第3章に登場しただけの29歳の主人公(松村北斗)が、本作では、全編を通しての主人公になっているにも関わらず、彼が、一体何を考えているのかが、よく分からないのである。特に、彼が、職場の同僚や恋人と距離を置いている理由が不明確なため、単に、社会性が欠如した男にしか見えなかったので、小・中学生の時に好きだった少女への想いを引きずっているということを、もう少しはっきりと描くべきだったのではないだろうか?
第二に、アニメでは、第2章の主人公だった女子高生(森七菜)の片思いが、彼女が好きだった相手の回想として描かれているため、その「切なさ」が今一つ伝わってこないのである。確かに、彼女の心情も説明されてはいるのだが、彼女が感じた失恋の辛さや、それでも相手を想い続けようという決意が、アニメほどには胸に響かなかった。
第三に、アニメでは、ラストで登場しただけのヒロイン(高畑充希)が、本作ではダブル主演のような位置付けで描かれているため、てっきり、彼女も、小・中学生の時に好きだった少年のことを今でも好きなのだと思ってしまったのだが、それが完全にミスリードなのである。実際、彼女は、他の男性と結婚していて、かつての少年がプラネタリウムに勤めていることを知っても、会いに行こうとはしないのだが、ラストでそのことが明らかになると、今までの気の持たせ方は何だったのかと、拍子抜けしてしまった。これだったら、桜の木の下での再会の約束も、主人公だけがそこに行った描写も、そもそも必要なかったのではないだろうか?
さらに、劇中、主人公とヒロインは、書店や居酒屋やプラネタリウムで遭遇しそうになったり、共に先生(宮﨑あおい)やプラネタリウムの館長(吉岡秀隆)と親しい関係にあるのだが、そういう「会えそうで会えない」展開は、最後に「ようやく会える」からこそ活きるのであって、そうでないならば、こういう展開そのものが必要なかったのではないかと思ってしまった。
それから、この実写版では、アニメ版で腑に落ちなかったことに、答えを示してくれるのではないかと期待したのだが、それもなかったことには落胆せざるを得なかった。それは、主人公が、種子島に行った後も、どうしてヒロインと連絡を取り合わなかったのかということで、それが、桜の木の下で、「好きだ」と書いた手紙を手渡すことができなかったからだとしても、キスをした時点で、お互いの気持ちは十分に確認し合えたのではないかと思えるのである。
いずれにしても、この実写版だけならば、それなりに楽しめる作品だったのかもしれないが、アニメ版と比べてしまうと、色々なところが残念に思えてしまう、そんな映画だった。
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