「喪失と愛別離苦を描いた儚く切ない物語」秒速5センチメートル HARUAさんの映画レビュー(感想・評価)
喪失と愛別離苦を描いた儚く切ない物語
心は通い合えてるがお互いに近づき合えない貴樹と明里の「物理的な距離」と近くにいるのに思いを伝えられない花苗の貴樹に対する「心理的な距離」といった2つの対比描写があまりにも儚く切なかった。一方は心が通じ合ってるのに会えず、もう一方は近くにいるのに心が届かない。観ているだけでなんだかもどかしく胸が痛くなりました。人間誰しもが経験したことのある喪失と愛別離苦がとても共感できます。
特に感動したのが約束の場所に行った貴樹と行かなかった明里がそれぞれその理由を言っているシーンです。
貴樹 「もう一度会ってただ話がしたい」
明里 「過去のことを忘れているぐらい今は幸せであってほしい」
悲痛な表情で涙ぐむ貴樹がとても可哀想で私や他の観客さん達もすすり泣いてしまいました。貴樹と明里が考えるそれぞれの理由はどちらも共感できます。貴樹にとって明里という存在は孤独で内にこもっていた自分の心にそっと手を差し伸べてくれた大切な人です。明里がいたからこそ生き甲斐を感じ自分の世界を広げてくれた。そんな大切で離れがたい人だからこそ大人になった貴樹はもう一度会って話がしたい。勿論、明里にとっても貴樹は転校続きで友達がいなく独りだった自分を思いやりいつも一緒に遊び毎日を充実させてくれたかけがえのない人でもあります。転校が多く居場所が無かった2人だからこそお互い共感しあい親近感が芽生えたのだろうと思います。しかし、大人になった明里は過去を忘れ去るぐらい今の貴樹は幸せであってほしいからこそ会わない。
貴樹と明里のこの思いの違いには過去に対するスタンスの違いが如実に表れていると思います。
まず貴樹は、過去を凝視しそこから得た疑問や気持ちの答えを見つけるために自分一人で抱え込み生きているような気がします。「大人になればこの世界のことがわかるかもしれない」と子供の頃言っていたように貴樹は何事にも疑問を感じています。明里と別れてしまった経験からも何か答えを見つけようと必死に生きています。しかし、過去を凝視しすぎて貴樹は今を見つめていない生き方をしています。抱え込みながら大人になり結局答えが見つからないがあまり貴樹は次第に塞ぎ込んでいきます。
一方、明里は過去を追憶しつつも今を見つめ生きているような気がします。過去への思いを反芻しながらそこから感じたあの時の楽しい思い出や哀しみから何かを得ようとしています。しかし貴樹とは異なり明里は過去を見つめすぎず今を大切に生きています。今を大切に生きているからこそ貴樹にも今は幸せであってほしい。そして、明里は他の男性と幸せにすごしていく。
貴樹も気持ちを入れ替え今を見つめて生きていく。
これは貴樹にとっては不本意な答えになってしまったかもしれません。明里と別れてしまったあの日から何かを見つけようと必死に生きてきた彼にとって納得のいく答えになったかは分からないです。
でも私はそれでこそ人生だと思います。たとえ大人になり知見や経験を重ねたとしても全部が得心のいく答えや割り切れる思いだとは到底思えません。ラストシーンで貴樹は明里と思しき女性がいなくなっていたことに対しどこか清々しい表情をしています。これは、たとえ明里であったとしても幸せであってほしいという思いであると同時に諦観しているのではないかと思います。どこか心残りがありつつもそれでも相手の幸福を願い、自分は前を見つめ改めて生きていく。
たとえ、大人になったとしてもこの世界のことや答えはわかるわけでもない。仮にわかったとしても、それが自分にとって納得のいくものとは限らない。そんなふうに私はこの映画を通して感じました。
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