「居場所のない時代を生きる現代中国の〝西部劇〟」ブラックドッグ nontaさんの映画レビュー(感想・評価)
居場所のない時代を生きる現代中国の〝西部劇〟
鮮烈な印象を残す映画だった。
西部劇のような荒々しさと、急速に変貌する現代中国の影の部分が重なり合う。さらに〝時代に取り残された人々〟の生き様を描写して、独特の映像世界を作り上げている。
これほどの力量の監督なのに、これまで名前を知らず、作品も見たことがなかった。
劇場のポスターには前作「エイト・ハンドレッド」が2020年の興行成績世界No.1だと書いてある。前作はコロナ禍でアメリカ映画の上映が軒並み延期された年で、また興収の半分は中国だったという事情もあったようが、何より日中戦争の英雄譚ということで、日本公開が難しかったのだろうか(日本では翌21年に公開されたらしい)。また、その他の過去作も昭和のベストセラー「悪魔の飽食」で紹介された731部隊を想起させる作品など、抗日戦線を題材にした作品もあり、日本に紹介しにくい監督であったのかもしれない。
本作の舞台は2008年。北京オリンピックが世界的に注目を集めた年でもあり、また四川大地震の年でもある。場所は、かつて油田開発で賑わったゴビ砂漠の辺縁の街。油田は掘り尽くしてしまい、多数あるアパートは廃墟となり、かつての住人の労働者たちが置いていった犬が半野生化している。
ドラマチックな設定だが、調べてみると、こういう状況は実際にあったようだ。北京オリンピックもあって、都市開発が一気に進む一方で、こうして取り残されたような地方都市もあった。戸籍制度もあるから、そこに取り残されたように暮らし続けざるを得ない人々もいたのだろう。
この夏見た映画では日本の「夏の砂の上」、アメリカは古い映画だと「ギルバート・グレイブ」「ノマド・ランド」、イギリスの「バード」、中国映画だとジャ・ジャンクー監督「長江哀歌」などで描かれた経済成長の歪みに翻弄される人々の世界的で普遍的な課題を描いた映画でもある。
物語の冒頭は西部劇ようだが中国のゴビ砂漠。どこまでも続く平原を走るバスが突然現れた野生化した犬の群れに驚き転倒する。そしてそのバスで主人公が着いた故郷は廃墟がひしめく滅びゆく街になっていた。
この街の様子に合わせて、映像も退色した古いカラープリントのような色合いである。その中で砂漠性の気候を反映し、空だけはいつも雲ひとつなく鮮やかな濃い青色だ。いつまでも青い自然の鮮やかさと、退色した人間社会のコントラストが見事だ。
この映画にはたくさんの行き場のない人々が出てくる。それはこの映画の重要な要素・捨て犬が象徴するように、発展する社会から取り残され、その発展からは無用とされた人でもある。
まず主人公。かつて賑わった街で人気の歌手だったが10年間服役してさびれ果てた町に帰ってきた。35歳、独身。地元に帰っても一緒に暮らす家族はいない。これからどう生きていくか、何の計画も見通しもない。
母はもともとおらず、父は閉園された動物園に住み着いて、行き場を失った動物たちの面倒を見ている。
ヒロインになるかと思わせる、田舎の街を巡るサーカス団の女は同じサーカスの男と3年付き合っていて35になったが結婚を申し込まれない(男性の側が、かなりのお金や住居を用意する慣習もあるようだから、それが関係しているのかもしれない)。
街を離れた人たちが置いていった犬たちは半分廃墟化した街で群れを成して暮らしている。
その中で、群れと離れて暮らす一頭の黒い犬と主人公は絆を築く。主人公はほとんど喋らない。わかりやすい無口なヒーローでもあるけれど、人生の目標・進むべき道を見失い、混乱し、語るべき言葉を失っていることが、様々な場面で示される。
この主人公の内面は、多くの人が共感するのではないだろうか。日本では、近年単身世帯が最大世帯となったけれど、僕自身、大学で都会に一人移り住み、そこで就職し、家庭を持たず一人暮らしだ。地元に帰っても、居場所とは思えないし、会社を辞めた現在では、都市も別に自分の居場所ではない。
むしろ、地元に帰った主人公の方が恵まれている面もある。かつての知り合いが何かとよくしてくれる。でも、反対に彼を追い続け、暴力の振るう知り合いもいて、地縁社会で生きるのも大変なんである。
その中で、主人公が黒い犬と絆を結ぶのは、孤独の癒やし方としては最高も方法かもしれない。主人と認めた人物と、感情的交流をするように進化したほぼ唯一の動物だからだ。しかも、家族ですら永続的かどうかも危うい現代で、最も安心できる裏切らない相手は犬かもしれない。
このシャープで闘争的な身体を持った犬は、一匹狼に憧れているようだ。その強さを身につけるしかないと本能的に悟っている。これは主人公の写し鏡でもある。これから、どう生きていくのかわからないけれど、とにかく強くなって、日々を一歩一歩前に進む。どちらが正しい方向かはわからないけれど、とにかく少しずつ前に、タフに進むしかないのだ。
映画の説明とポスターから、ジョン・ウィックのようなスーパーヒーローを思い浮かべた。しかしずっと等身大な弱さを漂わせ、同時に強くあろうと何とか自分を律して、自分を保っているような人物造形に惹きつけられた。
ジャンル映画的なエンターテイメントとして鑑賞することもできるけれど、背景に現代を生きる人の苦しさを描いていて、味わい深い作品でもあり、また、遠回しに検閲に引っかからないように、資本主義化しつつある現代中国の歪みを描く映画でもあると思う。
この監督の別の作品も観てみたくなった。
映画チケットがいつでも1,500円!
詳細は遷移先をご確認ください。
