劇場公開日 2025年9月19日

「ハードボイルドでユーモラス クールでシュールでスタイリッシュ 中国西部の田舎町が舞台のラーメン•ウエスタン??」ブラックドッグ Freddie3vさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0 ハードボイルドでユーモラス クールでシュールでスタイリッシュ 中国西部の田舎町が舞台のラーメン•ウエスタン??

2025年9月24日
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鑑賞方法:映画館

その昔、『黄色い大地』という中国映画を観て序盤のシーンにびっくりした思い出があります。赤茶けたデコボコの斜面に男が佇んでいるシーンなのですが、その風景がなんだか地球ではない別の惑星のようで、えっ、中国にはこんな場所があるのか、もうこれだけで映画が成り立つじゃんと思ったものです。観た当時は中国映画事情に無知だったのですが、何年か後にこの映画の監督がチェン•カイコー、撮影監督がチャン•イーモウと後に巨匠と呼ばれる人たちだったと知り、へー、なるほどと思いました。

この『ブラックドッグ』の冒頭のシーンは『黄色い大地』ほどの「地球離れ」感はありませんが、かなり鮮烈です。アメリカの西部劇映画を思わせる荒野の丘陵部から、おびただしい数の野犬がどどどどどどーっと地響きをたてて駆け降りてくる、すると荒野を横切る未舗装の一本道を走るオンボロのバスが野犬の群れに驚いたか、どてっと横転。横転したバスの中から、乗客たちが、まー、ここは中国北西部のど田舎、こげなこともあるわさ、みたいな感じでのんびりと三々五々 外に出て来る。そのうちに警察がやって来て、怪我人はおるかー、なんてやっていると乗客のひとりが、五つ持ってた札束のうちのひとつがない、あいつが怪しいとバスをあきらめて徒歩で目的地に進みかけていた青年を指さす。警察が身分証明書を求めると青年は懐から紙を取り出して見せる。ああ、あの有名な君か、仮釈放になったんだな、と警察は青年の身元を確認します。ここからがさすが中国、大らかというか、いい加減というか、警察やら乗客やらで、せーのって、横倒しになっていたバスを元に戻し、バスは乗客全員を再び乗せて何事もなかったかのように土煙をあげて目的地に向かって走り出します。この一連の流れで、私は今観ている映画がとてつもない名作に違いないと確信いたしました(笑)。

さて、この物語の主人公は荒野の一本道で警察に仮釈放を示す書類を見せたランです。彼の過去は断片的にしか示されませんが、かつては田舎町では有名なミュージシャンだったようで、そのときのギャラの問題か何かで、ひとりの男を誤って結果的に殺してしまったとのことで服役していました。時は北京五輪開催間近の2008年夏ですが、彼が帰って来た中国北西部の砂漠地帯に近い田舎町は、都市と地方との格差の中、すっかりさびれてしまって廃墟群のよう。町には野犬があふれています。ランは前科者で働き口がなかなかなく、野犬捕獲隊に入ります。で、この捕獲隊のターゲットの中でもいちばんの賞金首がこの物語のもうひとり、じゃなかった、1匹の主人公の黒い犬(ブラックドッグ)なんですね。追う者と追われる者として出会ったひとりと1匹だったのですが、やがて彼らの間に奇妙な友情が生まれます。まるで孤独な雇われガンマンと孤独なお尋ね者の間に友情が生まれる西部劇のよう。ランは寡黙なバイク乗りなのですが、自分のマシンにブラックドッグ用にサイドカーを取り付けて走ったりもします。このあたりの絵ヅラが本当にクールでカッコいいです。

そして、ランに結果的に殺された男の親戚の羊肉屋一家がランに因縁をつけてきたり、さびれた町に旅回りの雑技団(カタカナ言葉で言えばサーカスですな)がやって来てメンバーのひとりの妙齢の人妻女性がランに接近してきたり、ランのことで心を痛めていたランの父親がいよいよ死に向かう感じの床についたり、ランのミュージシャン時代の仲間が現れたり、日蝕を皆で集まって見たりとか等のいろいろなエピソードが語られてゆきます。

まあでも、この映画のいちばんの見どころは映像の美しさ、斬新さで、それはときにシュールだったり、ユーモラスだったりもします(物語が佳境に入ったあたりで人でも犬でもない何かがさびれた町をのっしのっしと歩く図が出てきますが、シュール過ぎて笑いがこみあげてきました)。オリンピックに沸く北京に代表される都会の経済発展から忘れ去られた地方の憂鬱を表すかのように、この映画は淡いブルーを基調に撮られているのですが、それがとても美しく、それぞれの場面の構図もばっちりキマっていて本当に映画っぽい映画、映画館で観るべき映画になっています。私がここ数年で観た映画の中ではビジュアル面の充実度、完成度に限って言えば、ナンバーワンだと感じました。

思えば、冒頭の野犬の群れどどどーっから始まって、サイドカーに犬を乗せた孤独なライダーがどこかに向かってマシンを走らせるラストまで、映画らしい映画を堪能した110分間でした。

Freddie3v
ひろちゃんのカレシさんのコメント
2025年10月4日

コメントありがとうございました。
映像の見事さだけでもいくらでも語れそうな作品ですね。同じ荒野でもオーストラリアや中東で撮るとまた違った雰囲気になるのでしょうね。
蛇を食べるって、レンジャー訓練だけかと思ってました。食通は「養殖ものは歯ごたえがいまいち」みたいな事を言うのでしょうか?

ひろちゃんのカレシ