「男と犬は、時の流れに抗う」ブラックドッグ ジュン一さんの映画レビュー(感想・評価)
男と犬は、時の流れに抗う
その錆びれた街は、ゴビ砂漠の端に在り、
北京五輪を前にして人口の流出が止まらず、
廃墟が目立つ。
再開発のため、まさに重機が入ろうとしているが、
捨てられた犬が野生化し、
群れを成し人に危害を加える。
行政は浄化のため、
野犬の捕獲を始めようとする。
その犬の体毛は漆黒、体躯は精悍。
嘗ては誰かの飼い犬のハズも、
今は群れずに一匹で彷徨い人間に牙を剥く。
不吉感を漂わせる体色故だろうか、
狂犬と恐れられ、人に危害を加える恐れありと
懸賞金を掛けられる。
が、知恵もまわり、俊敏な動きで
易々と捕まることはない。
その男は、誤って人を殺したとして、
十年間を服役していた。
仮釈放となり街に戻って来るも家族は離散、
身の寄る辺は無い。
ひと昔前はミュージシャンとして名を馳せたものの、
今では日々の暮らしにも困窮する。
帰って来た男を旧知の人々は暖かく迎える一方で、
殺された者の家族は
仇敵と付け狙う。
寡黙な男は、周囲ともほとんど口をきかない。
ただ、心根の優しさは、幾つものエピソードが示す通り。
いわくある街で犬と男が出会い、
やがて心を通わせるようになる。
その過程が、時間を費やして描かれる。
とりわけ、最初の出会いと、
その後のマウントを取り合うシークエンスは笑わせる。
当初の孤独と孤独のぶつかり合いから
次第に互いに助け、助けられる掛け替えのない存在になるが、
やがて悲劇が襲う。
しばしば画面を横切る乾燥地帯のタンブルウィードは、
荒廃していく街と人心の象徴でもあるよう。
果てしなく広がる大地は可能性を示す一方で
単色で味気ない世界。
事件を契機に、男は故郷でのしがらみを振り切る決意をする。
もっともその行く末の成否は、誰にも判らない。
態度も時として尊大に見え、口数も過少のため、
その男『ラン(エディ・ポン)』の心象を掴むのは
なかなかに難しい。
それを補うのが、
渋い発色の画面と舞台になる荒涼とした土地なのだろう。
荒く寂しい中に独特の美が垣間見える。
名前を呼ばれることもない黒犬の「演技」は見事で
思わず唸ってしまうほど。
日食で薄暗くなった街を闊歩する動物達のシーンは作中のクライマックスも、
ややファンタジーに過ぎるきらいはあり。
とは言え地域社会の崩壊を感じさせる一本を、
イマイマの中国で撮ったことには驚きを禁じ得ない。
ある意味での体制批判が潜んでいるのだから。
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