劇場公開日 2025年2月28日

「シャラメの弾き語りが素晴らしい、最高の音楽映画」名もなき者 A COMPLETE UNKNOWN 高森 郁哉さんの映画レビュー(感想・評価)

5.0シャラメの弾き語りが素晴らしい、最高の音楽映画

2025年2月28日
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鑑賞方法:試写会

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本作については当サイトの新作評論とジェームズ・マンゴールド監督インタビュー記事の2本を寄稿したので、ここでは記事で書ききれなかったトリビアなどを紹介したい。

ティモシー・シャラメがボブ・ディランを演じる本作の企画が始動してから、コロナ禍と業界ストライキの影響で製作が5年停滞し、その期間にシャラメは歌とギターとハーモニカを猛特訓した。シャラメ自身が歌った音源が本編で使われ、それがディラン曲の魅力を見事に表現しており素晴らしいのは各所で紹介されている通り。

ただ、資料などを見てもギター演奏の音源が使われたかどうかは確認できなかったので、マンゴールド監督に直接尋ねてみた。すると、アコースティックギターの演奏も確かにシャラメが弾いた音源を使っているとのこと。ヴォーカルのわずかなピッチのずれやギターの細かなミスタッチなどは録音後にデジタル編集で修正しているものの、間違いなくシャラメ自身の演奏で、プロのミュージシャンによる音源を差し替えたりはしていない。さらに、序盤のウディ・ガスリーの病室で弾き語るシーンでは、修正を一切せずシャラメが弾き語った音源をそのまま採用したことも教えてくれた。

プロのミュージシャンが出演した映画や、元々俳優業と音楽活動の二足のわらじで活躍しているスターの出演作は別として、専業の俳優が自身の歌と演奏を披露した音楽映画としては歴代最高レベルの出来だと個人的に思う。近年ではラミ・マレック主演作「ボヘミアン・ラプソディ」が大ヒットし評価も高かったが、歌はフレディ・マーキュリーの音源に差し替えられており、つまりはフレディの超絶ヴォーカルとクイーンのバンドサウンドの魅力に負う部分が大きい。もちろん、「名もなき者 A COMPLETE UNKNOWN」の場合は扱う音楽ジャンルがフォークだったことも重要だろう。マンゴールド監督はフォークが歌い手のありのままの声を大切にする音楽であり、俳優の演技に別の歌手の音源をあてた映像では真実味から遠くなる、嘘っぽくなるという趣旨のことも話していた。だからこそ、シャラメの弾き語りが単なるディランの物真似でなく、シャラメの人間味を感じさせる表現になることが鍵だったし、彼の特別な献身がそれを可能にしたのだろう。

評論で書いたように、本作は音楽映画としてだけでなく、周囲の人々も描く人間劇、60年代前半の米社会の激動期を伝える実録としても楽しめる。音楽好きのみならず、幅広い映画ファンにおすすめしたい傑作だ。

高森 郁哉