「時代は変る追憶のハイウェイ61-65」名もなき者 A COMPLETE UNKNOWN とぽとぽさんの映画レビュー(感想・評価)
時代は変る追憶のハイウェイ61-65
どんな気分だい?変化は止まらない、新しいものを取り入れ変化することを恐れない脱伝統主義。商業上の法則と芸術的な慣習に根底から挑み変革すること。周囲の期待という重荷といかに折り合いをつけながらそれらを成し遂げるか(芸術・表現の普遍的テーマ命題)?その過程で、自身が何処から来たかという部分に立ち返る。「自分を見つけるのではなく変わるんだ」と言っていたディランが、自分の原点を再発見するまで。月がなくても星があるように、ディランがあらゆる音楽に手を出し幅広い音を鳴らしてもそれらは一種の反射でもあり、光り輝く彼自身の根本にあるウディ・ガスリーなど先人への尊敬の念=その時抱いた音楽を始めた当初の気持ちを思い出す…(※それも行き過ぎるとやはり重荷だが)。だからこそ最後のライブシーンがマンゴールド監督らしくアツいだけじゃなくて、やるせなさもセットで。変革と開拓者、先輩の存在。
周囲の人が自分に求める以外の何かになりたかった激動の5年間!風が吹くように、石が転がるように、いつだってその流れは止められない。時として"嫌なやつ"にも映る彼の周囲が求めるものを拒む進化が速すぎて、シルヴィもジョーン・バエズもみな周囲を置き去りにして、誰一人としてついていけなかった。当時の彼にとって1年前のことは既にもういちいち振り返らない("DONT LOOK BACK")昔のことで、60年代というロック史にとってあまりに重要な時代をハイウェイくらい駆け抜けた伝説のミュージシャン・バンド達は皆、昨今では信じられないくらい早いペースで次々と新譜を出しては驚くべき進化を遂げて決して歩みを止めなかったのだから。コラボレーションなどするわけでなくてもきっと互いの動向は知っていて認め合っていたに違いない、その時代特有の相互作用・化学反応が起こした創作にとってこの上ない奇跡で幸福の時代。転がり続けてブチ壊す!!
考え直したりしなくていい、これでいい。フォークシンガーとして時代の寵児となったボブ・ディランがエレキギターに持ち替え"ユダ(裏切り者)"と罵られながら伝説のライブで頂点を極めるまでを描いた本作は、些か表面をなぞる印象(伝記映画として王道な語り口)もあって、モデルとなる伝説的アーティストのミステリアスなベールのその先の核心にまで触れるような踏み込んだ作品ではないけど、作中全ての曲を自ら演奏して歌い上げるティモシー・シャラメの素晴らしいパフォーマンスによって伝説的アーティストである"ボブ・ディラン"と同じ時間を過ごせるような気持ちのいい追憶の作品に仕上がっている。フィールグッドないい気分。
シルヴィの存在が、本作における一種視点人物となっていて、共感できるものになっている。ディランとジョーン・バエズが喧嘩しながらも、ステージ上では同じマイクを分け合って同じ曲をデュエットするのを見ること。自分とは分かり合えない・真似できない、ミュージシャン同士の共通言語で通じ合うこと。あれは確かに目の前で見せつけられるとキツい…(少し『グレイテスト・ショーマン』の図式を思い出したり)。"Don't Think Twice, It's Alright"、"All Day and All of the Night(キンクス)"、"It Ain't Me, Babe"、"Maggie's Farm"(エレキ版かっこよすぎ!)、"It's All Over Now, Baby Blue"など曲がその時々の本編の内容に合っている。これでおしまいなんだ、ベイビー・ブルー。さよなら、出会えてよかった。
LOOK OUT KID (実話も映画も)一世一代のパフォーマンス!シャラメの歌声・歌唱面だけでなく難しい指運びピッキング含む圧巻の演奏面、そして普段の話し声色・喋り方やふとした一挙手一投足まで再現度の高いディランで、ここ数ヶ月で高まるだけ高まっていた期待に応えてくれた。傑作ドキュメンタリー『ドント・ルック・バック』のDVDを久しぶりに引っ張り出して見直していたところだったから、より一層そう思った。これは脚本によるところだけど、インタビュアーなど相手を困らせたり、時に煙に巻くような物言いも。65年になった際の登場シーン格好良すぎ…。たかが4年、されど4年の濃い月日、時代によって髪型を変えるのも無論!温故知新や原点回帰ってわけじゃないけど、変わることに必死で変わってみて見えるものも。
メソッド俳優エドワード・ノートンの物腰柔らかな優しい雰囲気のために逆に奥に見えない怖さみたいなものや、本作の作り的にどうしてもピート・シーガーが主人公と相対する変わらない旧世代的な立場になるのは避けられない。他にも優れたキャストが実在のミュージシャン達を演じてくれるのが興奮!ジョーン・バエズ演じるモニカ・バルバロがHouse of the Rising Sunを、ボイド・ホルブルック演じるジョニー・キャッシュがFolsom Prison Bluesを歌う(ボイド・ホルブルックの歌唱シーン、本編内ではBGM的扱いで重要度低く少し雑に扱われている感否めないが…いい声なのに!)!! 他のサブキャラ脇役も似ている。
RIVISITED ジェームズ・マンゴールド監督のフィルモグラフィーとは、自分の中で土・砂埃や労働者など"茶色"い古き良きアメリカ的なものと相性がいいイメージで、とりわけ近年はそうしたアメリカ人の温かみのあるハートやコア(核)、スピリットを感じさせ魂を掘り起こす題材を扱っている印象があって、本作もまさしくそうした系譜で語るに相応しい(ex.『コップランド』『3時10分、決断の時』『ローガン』『フォードvsフェラーリ』)。何より彼は『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』で(本作にも出ている)ジョニー・キャッシュの伝記映画を経験済みなのだから!だからジョニー・キャッシュの歌唱シーン、本作ではササッと流したのかな?
あと、近年の音楽伝記映画ブームの系譜として語るうえで欠かせないのが、伝記映画のしがらみ。つまり、彼らモデルとなる伝説のアーティスト達は、皆が顔や名前を知っている大きなアイコン・カリスマである一方で、肝心の性格や人柄を知らない(時にそれは作り手・製作陣も同じかもしれない)というギャップ、その乖離をいかに埋めるかという宿命。つまり、-- どういう価値・行動基準を持って、どう言ったらどういう反応をするのか、どこでどういう決断をするのか等 -- キャラクターが見えないという障壁にぶち当たる。その点は本作も同じながら、ディランのインタビューの受け答え同様、彼の心情・気持ち、自らの出自など多くを語らないカリスマ性・神秘性の影に隠してうまく煙に巻いていたと思う。人の過去なんて造り物だから。
P.S. だから、例えば『ロケットマン』や『エルヴィス』のように途中で観るのがツラくなることもない。ということで、作品賞は分からないけど、主演男優賞は他の賞レース結果で本命そうな『ブルータリスト』エイドリアン・ブロディを押しのけて受賞する可能性も大アリだと思う。
ジェームズ・マンゴールド監督登壇ジャパンプレミア!『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』(The Freewheelin' Bob Dylan)ジャケットみたいな服装で参戦。これを機に言い訳しないでギター改めて挑戦しようかな、なんて自分のリヴィジテッド。
勝手に関連作品『ドント・ルック・バック』『アイム・ノット・ゼア』『インサイド・ルーウィン・デイヴィス』
※ネタバレ無し感想(レビュー)※
"ティミー"ティモシー・シャラメのパフォーマンス(演技だけでなく歌唱・演奏も!!)が素晴らしく、又、ジェームズ・マンゴールド監督のアメリカ人の魂を掘り起こすような作家性・手腕は本作でも遺憾無く発揮されていました。おかげで60年代というあらゆるミュージシャン達がハイペースに新譜を出しては、決して歩みを止めることなく進化していった奇跡の時代を、神秘的でカリスマ性にあふれるボブ・ディランと追体験して過ごせるような時間があたたかく、たまらなく愛しかったです。鑑賞後にまた観直したいなと思いました。まさしく追憶のハイウェイ61!他にもエドワード・ノートンがピート・シーガーを、モニカ・バルバロがジョーン・バエズを、ボイド・ホルブルックがジョニー・キャッシュを、そしてスクート・マクネイリーがウディ・ガスリーを演じていて、彼らの歌声も必聴です!フォークシンガーとして時代の寵児となったボブ・ディランが、エレキギターに持ち替えて見る景色は、周囲の期待に応える商業性か芸術性か?ぜひとも大きなスクリーンと音響で観て聴いて、そのたどり着いた先に待っている答えを感じ取ってほしいです。