「目を覆いたくなる前半のプライドと痩せ我慢の痛々しさ。なぜか愛らしい後半の暴走ダメ爺さんぶり。」敵 chappieさんの映画レビュー(感想・評価)
目を覆いたくなる前半のプライドと痩せ我慢の痛々しさ。なぜか愛らしい後半の暴走ダメ爺さんぶり。
久しぶりに見る長塚京三。
落ち窪んだ目元、深くなった目尻の皺、
伸びきった喉元のシルエットは、すっかり老人のものだ。
モノクロ映像の深い陰影が、それを際立たせる。
「私、部長の背中見てるの好きなんです」
部下の女性の言葉に小躍りしていた
サントリーオールドのCMの長塚京三は
はるか遠い日のものだ。
仕事は遠のき、人付き合いも限られていくのに、
ブライトは高く、食欲も性欲もまだまだある。
人生の残高を計算しては心細くなるのに、
後輩に説教がましく人生の閉じ方を語ったりしてしまう。
ひとり自分のために美食をつくっては、
女性に振る舞って褒められる自分を妄想している。
しかし妄想は妄想。現実は変わり映えしない。
ひときわ強めの効果音が、老いの現実を容赦なく刻みつけていく。
この映画を観るひと(つまりぼく)が、
老いへの不穏な気配を感じていれば(つまりぼく)、
映画の前半は思い当たることばかり(つまりぼく)だ。
物語は動き出す。
元教授の大好きな(ぼくも好きだ)可愛い子ちゃんとの
甘い日々はガラガラと音を立てて崩れる。
自分を教授に引き戻してくれる教え子たちとのささやかな現実も、
妄想がじわじわと染みこんできて暴走し始める。
振り回され、混乱し、慌てたり、怖がったり、謝ったり。
だがしかし、教授はなぜか遥かに生き生きとしている。
何度も推敲した遺言書は、最後は万年筆で清書だ。
自分らしい知性に溢れている。
敵との戦いに自ら飛び込んで、最期を迎えたそのあとは、
懐かしいみんなと会える。
さあ、ぼくの遺書を聞いてくれ。
よくできてるだろ?
長塚さんは、前半のカッコ良いところが、痛々しくて見ていられず、
後半のカッコ悪いところが、人間的でいいやつっぽくて、よかった。
自分はどう老いたいのか、考えずにはいられなかった。