「巨匠の晩年の失墜に、北野武監督も加わるのだろうか?」Broken Rage 緋里阿 純さんの映画レビュー(感想・評価)
巨匠の晩年の失墜に、北野武監督も加わるのだろうか?
【イントロダクション】
北野武監督最新作。主演・脚本も手掛け、とある殺し屋の辿る顛末をバイオレンスパートとストーリーコントパートの2部構成で描く。
第81回ベネチア国際映画祭アウト・オブ・コンペティション部門正式出品作品。劇場公開作ではなく、2025年2月14日にAmazon Prime Videoにて世界配信。
【ストーリー】
東京。大都会の片隅に“ねずみ(ビートたけし)”と呼ばれる殺し屋を営む中年男が居た。彼は行きつけのカフェで、司令役の謎の男“M”から殺しの依頼を受け、闇金経営者・大黒(矢野聖人)や暴力団組長・茂木(長谷川雅紀〈錦鯉〉)を暗殺していた。
ある日、いつものようにカフェを訪れたねずみは、待ち伏せていた警察によって逮捕される。刑事の井上(浅野忠信)と福田(大森南朋)による苛烈な取り調べにも口を割らないねずみだったが、井上達は司法取引としてねずみの過去の罪を帳消しにする代わりに、覆面捜査官として麻薬組織への潜入を持ち掛ける。
警察の仕込みもあって、ねずみは麻薬組織のボス・金城(中村獅童)と若頭・富田(白竜)の前で腕っぷしの強さを披露して気に入られ、ボディガードとして雇われる事になる。しかし、組織に潜入して以降、一向に取引現場を押さえる機会が訪れず、井上達は押収した薬物に混ぜ物をしたパッケージを渡し、組織内で疑心暗鬼に陥らせるよう指示するが。
という内容を、前半パートではバイオレンスに、後半パートではストーリーコントとして描いていく。
【感想】
前半のバイオレンスパートは、流石バイオレンス映画のキャリアが長い北野武監督だけあって、短いながらも引き込まれ、見せる映画になっている。
しかし、実はこの前半部分にも、後半部分での種明かしに繋がる伏線が張られており、「ねずみへの司令役Mは誰か?」「中村獅童演じるボス・金城と白竜演じる若頭・富田は、年齢的に立場が逆じゃないか?」といった疑問に最後に回答が示される。
短い時間の中で端的に示される“ねずみ”のキャラクター性が興味深かった。
殺しの依頼で大金を得ているにも拘らず、都内の安アパートで質素な生活を送り、依頼が成功した後も酒を煽るでも豪勢な食事をするでもなく、自宅でお茶を啜るのみ。この辺りのキャラクターの見せ方の上手さは流石である。
一転、ストーリーコントとして同じ内容をセルフパロディした後半は、下らなさ全開でギャグもベタ中のベタ。だからこそ、何が起こるか大体想像がつくので、然程期待せず、古き良きコントを見る感覚で鑑賞すればこれはこれでアリ。
個人的には、ねずみが茂木殺害の為浴場に向かった際、人違いをして間違った相手を殺してしまうシーンと、刺客から金城を守る際に同じ組織の子分を誤射してしまうシーンは笑った。
しかし、そのコントも終盤に向かうに連れてドンドン悪ノリが増していき、椅子取りゲームが始まった辺りからは、悪ノリを通り越して完全に悪ふざけ。
また、尺調整でネットのスレッド画面を再現したパートを挿入する舐めっぷり。この手法自体は、フィクションでネットのノリを再現しようとすると薄寒くなる典型から抜け出せてはいないまでも、ある意味斬新で、ここまで舐め腐った事をされては天晴れである。
余談だが、悲しいかな、世間からの評価こそ低いながらも、こうした作風こそがかつてダウンタウン・松本人志監督が「映画」という媒体で「コント」をやりたかったという事に近い気がしてならなかった。そして、やはり「映画」という文化に対する相性の良さは北野武監督の方が上であると痛感させられる。
また、実験映画だからこそ中編映画の尺内に収める手腕も、やはり観客のニーズを理解しているのは北野武監督の方だったのだと感じる。
【総評】
今や巨匠となった北野武監督が、そのネームバリューから豪華俳優陣を集め、悪ふざけしている様子を楽しめるかで評価が分かれるのも納得の一作。とはいえ、コンパクトな尺なので、このバカバカしさにもギリギリ付き合っていられる。
名だたる巨匠達が晩年に自らの方向性を見失って暴走、失墜していったように、北野武監督も今後の活躍次第でその例に漏れなくなってしまうのだろうか。
兎にも角にも、監督の次回作が楽しみになってしまう。
