「◇合わせ鏡の中の私はあなた」遠い山なみの光 私の右手は左利きさんの映画レビュー(感想・評価)
◇合わせ鏡の中の私はあなた
ノーベル文学賞作家カズオイシグロの優しい語り口が好きです。特に、映像化された『#日の名残り #TheRemainsoftheDay 』、『#わたしを離さないで #NeverLetMeGo 』は、小説も映画も私にとって思い入れ深い作品です。
カズオ・イシグロの小説は、曖昧な記憶や思い込みを通して人間の弱さやすれ違いを静かに描くのが特徴です。登場人物の心理を投影するような風景の描写が映像向きなのかもしれません。
彼の最初の長編小説である『遠い山なみの光』も、母から娘へと語られる回想劇を装いながら、記憶の構築過程そのものを提示しています。映画でも、記憶がいかに不安定で、現実と虚構の境界がいかに曖昧であるか、静謐な映像と余白の多い構成で巧みに表現しています。
母親が娘に語る物語には、自分ともう一人の女とその娘が登場します。1980年代のイギリスと1950年代の長崎という時空を越えた合わせ鏡のような物語構造。鏡の中にいるのは、過去の自分という他者なのです。
記憶によって成り立っている自分という意識の連続体。その自我の根幹を成す記憶の中身が、無意識に潜む罪責やズレを含んでいることを知らず知らず隠蔽しようとするものです。
そんな人間心理の有り様を考えながら、物語を“追う”のではなく、語り手の心の深層をさまよう体験へと誘われているように感じました。気がつけば、語り手の意識の合わせ鏡の中に、私自身の自我も写り込んでいるような、自分自身の意識と記憶を解体再構成しているような奇妙な感覚に覆われます。この映画は意識の深淵を覗かせてくれるようです。
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