「過去と記憶を語り直す」遠い山なみの光 山の手ロックさんの映画レビュー(感想・評価)
過去と記憶を語り直す
カズオ・イシグロの原作は未読。長崎で被爆した後、イギリスへ移り住んだ母親をモチーフにしたこと、インタビューで親世代の記憶を次世代に「語り直す」ことが大切と語っていること、などを予備知識として観た。
80年代のイギリスでの母と次女との会話シーンと、母が語る戦後復興期を迎えつつある長崎でのある女性とその娘との交流を描くシーンが、謎めいて交差する。被爆体験と被爆者差別、戦後の価値観の転換、女性の自己決定権など、盛り込まれているテーマは広い。
広瀬すずと二階堂ふみのクラシカルな姿態と、石川慶監督ならではの丁寧な描写やコントラストを利かせた画づくりを味わいつつ、ミステリーとしてはモヤモヤしたまま進んでいく。そして、最後の最後になって、母が語っていた女性と娘の話は、実は自分と長女のことだったと明らかになる。その時点で、母が嘘を語っていたのだとしたら、それまで描かれてきた夫や義父とのシーンも作り話なのか、と戸惑ったのが正直なところ。
しかし、観終わって改めて考えて分かったのは、母が語った自分の話は本当にあったことで、つまり自分の過去と記憶を、自分ともう一人の別な女性に仮託して語り直していたということなのだろう。実際に、長女を出産した後に夫と離縁して、バラック暮らしをしたのかもしれない。そのように語らざるを得なかったのは、イギリスに移住した後、長女が不幸な死を迎えたためだろうが、その辺りの描写がもう少しあれば、より理解しやすかっただろう。
人は誰でも、意識的でなくても、自分の過去や記憶を忘れたり、間違えたり、都合良く組み替えたりしてしまうもの。前世代の記憶を一旦引き受け、捉え直して、次世代に引き継ぐという試みとしても、考えさせられるところは大きい。
邦題からはくっきりとした山なみのようなイメージだが、原題からすると「ぼんやりとした眺め」なので、そこにはすごく納得した。
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