「芸術と死に取り憑かれた男」レイブンズ 琥珀糖さんの映画レビュー(感想・評価)
芸術と死に取り憑かれた男
「深瀬は静かだけれど、狂人だった」知る人は口を揃えてそう言った。
私が一番知りたかったことは、イギリス人のマーク・ギル監督が、
日本人にもあまり知られていない写真家・深瀬昌久の生涯を知り、
妻・洋子とのラブストーリをどうやって知り、
こんなに綿密な脚本が書けたのか?でした。
謎はギル監督本人が語っている。
以前から日本の写真家に興味があり、森山大道、荒木経惟、深瀬昌久を
知っていた。
そして2015年に英国のガーディアン紙に深瀬の記事が載った。
さらに2016年「ブリティッシュ・ジャーナルofフォトグラフィ」が
深瀬の『RAVENS』の中の「鴉」の写真を過去25年で最も
重要な写真に選んだ。
そしてその紹介記事を読むと深瀬昌久と妻・洋子の波乱に満ちた
濃密な愛の歴史に深く興味を惹かれたそうだ。
深瀬には『殺し屋1』の浅野忠信しか思いつかないほど深瀬に
合っていると思いオファーをすると2016年のうちに快諾を得た。
他に「深瀬アーカイブ」のスタッフよりも情報を得たそうだ。
ここで浅野忠信は言う。
もう日本では浅野忠信を主役にした映画は殆ど企画されない。
その現実を考えたし「主役には主役にしか表現できないことがある」
彼は思う存分に役作りする主役に飢えていたのだ。
深瀬昌久(1934年~2012年)
篠山紀信(1940年~2024)アフロヘアー、そして妻が南沙織。
荒木経惟(1940年〜)・・・天才アラーキーを自称、
森山大道(1938年〜)海外でも評価が高く、
多くの賞を受賞している。
岩合光昭(1950年〜)動物写真家で国民的人気があり
猫の写真に定評あり。
現代日本を代表する写真家は、横山・荒木・篠山紀信、岩合、
有名で知っているのはこの4人だと思っていました。
そう言うわけでマスコミに登場しない、
記事も載らない、
写真も見たことがない深瀬昌久は、
聞いたことがありませんでした。
(彼は1992年にバーの階段を落下して脳挫傷を負い、
重度の障がい者となる。
ただただ20年、特別養護老人ホームで生き延びていた・・・
・・・本人に自覚がなくて本当に良かった・・・)
北海道の名寄市の写真館・深瀬の長男に生まれて、重圧の強い父親の
深瀬助造(古舘寛治)を説き伏せて上京して日大芸術学部を卒業。
写真の技術は父親から徒弟制度で5歳からスパルタ式で習った。
映画の中でも、子供の頃、暗室に閉じ込められた・・・とあるのは、
父親に反抗して折檻されたのでしょう。
昌久は父親への愛憎が強く(肉親に愛と共に、憎しみとまで行かなくても、
恨み辛みのない子供は、まずいませんから、)
生涯頭が上がらなかった。
深瀬昌久の写真集を年代順にあげると、
1、遊戯(1971年・・・ユニークな視点と実験的なスタイルが特徴。
2、洋子(1978年・・・妻・洋子を被写体にした代表作。
★★
1974年渡米・・・ニューヨークに呼ばれて近代美術館で展覧会・・・
・・・脚光を浴びるものの、はしゃぐ妻・洋子を苦々しい顔で
シニカルにみつめる昌久。
ニューヨークの帰路・・・二人の気持ちの齟齬は甚だしくなり、
遂に洋子はそのまま出ていく。
★幸せは居心地悪く、“ぶち壊さなければ気が済まないクソバカ“
と、洋子は言う。
洋子が去り自殺癖は激しく、助手の正田(池松壮亮)に
手伝わせて首吊りを図りものの、正田は当然止めてしまう。
もともと独り言が多かったと言う深瀬、
★☆この映画のもう一つのユニークな仕掛け。
深瀬の分身である大きなカラスが、英語を話す。
深瀬の心の声なのに、
説教をしたり理論武装をして、深瀬をとっちめたりする。
そのカラスのヨミちゃんには、CGを使わずに、
ホセ・ルイス・フェラー
という日本の滞在経験を持つ舞台俳優が低いドスの効いた声で語る。
★このファンタジー設定は賛否があるそうだが、私は好き。
英語を話すカラスとの対話を聞くと、さらなる深瀬の心の闇
日常的に起こる双極性障害の傾向が明らかになるのだ。
★★☆
洋子の去った痛手からやっと立ち直り、猫に傾倒して被写体にする。
トラ猫のサスケとモモエを写した
1979年「猫の麦わら帽子」を刊行
1979年には「鴉1979年」の写真展も開催している。
1985年には10年ぶりに故郷・名寄の深瀬写真館で
「家族」で制作再開。
1986年-写真集“鴉」を刊行
1987年父・助造が死去。
道北の名寄市は過疎化と高齢化が進み、札幌まで車で3時間。
七五三や結婚写真は都会で撮影するようになったのだろう。
助造は写真館の前途に悲観して自殺。
1988年「父の記憶」を銀座ニコンサロンで開催。
1989年、深瀬写真館が廃業、
妻・洋子役の瀧内公美。
髪型や化粧で変幻自在に変わる女優。
衣装を着ても性格まで変えられる魔性そして優しさ。
強過ぎる個性の者のぶつかり合いが凄まじい夫婦だったが、
深瀬は不器用な愛し方しかできなかった。
ラストで本人と洋子さん、そして作品が次々と紹介される。
私は「家族写真」が一番好き。
10人なら10人全員にライトが当たり、全員が幸せそうに、
満足そうに笑っている。
コスプレした「浅田家!」も好きだけれど、
「深瀬家」も素敵な家族、みんなが良い顔をしている。
フランス・日本・ベルギー・の4カ国合作。
まるで私小説のような和風な趣と英語を話す大きなカラス。
逆輸入された深瀬昌久は、マイク・ギル監督により
墓場から復活を遂げた。
死んでから有名になった芸術家・・・
きっと本望だろう。
最後に、
《仮説》
深瀬は・・鴉は自分だ‼︎
と言うが、
《鴉は、父親、だったのではあるまいか?》
モーツァルトのオペラ「ドン・ジョヴァンニ」を見たとき
思った。
父親が死んで、亡霊になって現れる。
モーツァルトは死期が近いのだが、その父親の亡霊が、
モーツァルトを地獄へ引き摺り込む。
鴉のように黒いマントを着て震え上がるほど怖くて、
モーツァルトも「死神」のように怯える。
有名なオーケストラ曲の怖いこと、
私には《鴉と父親》が重なるのだ‼︎
鴉の名は“ヨミちゃん“
黄泉の国、からの使者だった気がする。
そしてバー南海の階段で深瀬の背中を蹴ったのは、
“鴉“だったと、そう思う。
琥珀糖さん、深瀬について、すごい調べましたね!
尊敬します!
私は写真しか見てなくて、経歴や性格はあまり知らないです。
新聞に死亡記事が載った時、ああ、また昭和の写真家がいなくなった…と思った程度です。
しばらく前に、細江英公という、三島由紀夫を撮った(薔薇族です)大御所も亡くなり、アラーキーも最近は出て来なくなりました。
新しい才能は続々あらわれますが、時代もあるのか、柔らかい雰囲気が多い気がします。
深瀬昌久、北海道が産んだ写真家の知名度が上がるのに、この映画は非常に貢献したと思います。