「自分が抱きしめられたような感覚」リアル・ペイン 心の旅 つとみさんの映画レビュー(感想・評価)
自分が抱きしめられたような感覚
想像以上に良い映画で、何故だか涙が溢れてしまった。悲しいわけじゃない。嬉しいわけじゃない。
ただ、得体のしれない何かに大きく心を揺さぶられて、把握しきれない心の波が涙腺を突き破ったような涙だった。
泣いてしまうことを予想しなかったわけじゃないが、理由のハッキリしたものだと思っていた。コミカルだけどホロリと来る、みたいな。それはそれで確かに間違ってはいないけれど。
序盤から丁寧にデイヴとベンジーという従兄弟同士の2人のキャラクターや、彼らの気持ちの有り様を描いていて、関係性や状況に観ている側がすんなり入り込めるのが素晴らしい。
ずっと2人を観続けているうちに、私たち自身が3人目の旅人として彼らに同行しているような感覚。
それは最後の最後まで続いていく。
「リアル・ペイン」とは困ったヤツ、という意味があるらしい。この映画の中で「困ったヤツ」なのはどう考えてもベンジーだ。
自由で、正直で優先順位のつけ方がおかしい。なのに何故か人に好かれ、本人も社交的。悩みなんて無さそうに見えるのに、実際はつい半年前に睡眠薬を過剰摂取するという自殺未遂を起こしている。
表面的には見えてこない、本人だけにしかわからない辛さ。
対比になっているのが祖母のルーツを訪ねるホロコーストツアーだ。歴史に刻まれた大勢の人々の苦しみや嘆き、恐怖、痛みの大きさは計り知れない。
計り知れないが、ある意味当然としてそこに痛みや苦しみがあったことを主張する。
それと比べてデイヴやベンジー、私たち自身の今感じている苦しみや痛みは一体何なのか。苦しさは量や程度に換算されるべきものでは無いけれど、対比された時にどうしても矮小化されてしまう。
デイヴ自身、奇跡の果てに生きているベンジーが命を投げ出してしまう行為について、到底理解できないと述べてはいるものの、その個人的な苦しみに寄り添えない自分に不甲斐なさを感じているようにも見えた。
いつだって相手を理解して寄り添いたい気持ちはあるのに、どうしていいのか、どうすればいいのかわからない。大好きで、一方でイヤな奴でもあり、して欲しいことには応えないくせに、肝心な時に側にいてくれる。
まさに「困ったヤツ」。
デイヴは最後までベンジーに寄り添おうとするけど、結局最後までベンジーの望むものはわからずじまいだった。そういう意味では、ベンジーにとってのデイヴだって「困ったヤツ」なんだろう。
細かいことを気にして、強迫性障害の薬を飲み、人と接することが苦手で独りでポツンと食事しようとしているデイヴ。
なのに、して欲しいことが食い違っていても、それでもデイヴが寄り添おうとしてくれたこと自体を、ベンジーは受け入れてくれたのだと思う。
チグハグな行為の最後に、がっしり抱き合うデイヴとベンジーの姿に、きっと自分も誰かに受け入れられ、ハグしてもらったような気がして、その安堵感が得体のしれない涙に繋がったんじゃないか?と少し俯瞰して考えている今は思う。
40代のオッサン2人のロードムービー、という冷静に考えると需要の在り処もわからない作品なのに、意外と観客は多かった。
大人が観る映画なので当然かもしれないが、今まさにデイヴやベンジーと同じくらいの歳からその上の歳の観客にとって、この映画が訴えかけてくるテーマは胸に突き刺さるだろうと思う。
ベンジーを「困ったヤツ」だと思ったとしても、自分だって誰かにとっての「困ったヤツ」だから。そしてきっと自分も「困ったヤツ」を抱えていて、そいつを理解しきれぬまま、それでも寄り添って生きていきたいと思っていることを実感させられる。
少し笑えて、所々不安になりながら、何故か最後は少し前向きな気持ちになれる、そんな映画なのだ。
