海の沈黙のレビュー・感想・評価
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少しずつ、人々の連なりが姿を現す
人と人同士、人ならぬ絵画やアイテムまでも、その繋がりを明らかにしていく面白さ。この映画の楽しみはそういうところかと思いました。最終的に、最初に見せたアイテム「主役に似せたロウソク」に舞い戻る、描かれた真円のなんと美しいことか。
そもそも、下手の横好き感覚で、知識も経験も無く美術館に足を運んでいたこともあるのですが、「絵画に於ける贋作裏話」とか「真作を超える贋作」というテーマがとても興味深く、そこから一つずつ人の繋がりが見え始めるため、話を追うのが面白くて仕方が無い。
かと思いきや、ポンと刺青に話が飛ぶため、「なんのこっちゃ」と思いきや、それこそが、ことの真相へと直結。そしてようやく登場する、主演・本木さんの渋いお姿。ゴッホを100倍格好良くしたような本木さんのビジュアルがなんとも素晴らしい。溜めて、溜めて、「待ってました」と、ようやくのご登場がなんとも憎いですね。
ビジュアルのみならず、あくなき芸術を追い求める姿こそ、視聴者が求める理想郷。それと対比して「真作に加筆されてしまった画家」の石坂浩二氏が演ずる田村氏が、相反する存在として登場させられ、もはや、なんだか可哀相。
名を売って金を稼ぐ対照的な画家として登場させられてはいるけれど、ちゃんと自分の筆ではないことに気づき、強く咎められているにも関わらず、記者会見を開いて発表に踏み切ったこともあり、あまり悪い印象はありません。それで普通の人の姿だと思います。
それを超えて飽くなき芸術家の探求を重ねていったことが、体を蝕み、寿命を縮めたような気がして仕方がありません。作中、特に言及されていませんでしたが、主役の「芸術の呪い」に、主役を推したあの美術館の館長や、主役の「2番目の女」である彼女も、まるで「芸術家の呪い」に引き込まれてしまったかのように、自ら命を絶ってしまった。
別に「真の芸術家の魂」をまるでホラーの呪いのように言及したくはないのですが、この映画には「死」のアクシデントが散りばめられ、最後には今際の際で「3番目の彼女」に別れを告げに現れた。「1番目」のキョンキョンが逃げたのは「呪いから逃げるため」であって、「3番目」には「呪いをかけたくなかったから」という理由で、それぞれ刺青が掘られなかった、という私の考察は突飛でしょうか。
それはさておき、この映画の錚々たる役者陣には凄いと想うのは私だけでしょうか。本木さん、キョンキョン、石坂浩二氏、仲村トオルさん、中井貴一さん、等々、誰もが何処かで眼にしている有名人が揃い踏み。これもまた、人との繋がりを面白くした最大の要因ではなかったかと思います。
あと、主役の本木さんは3人の美しい女性達を侍らせた、と言えば悪い言い方ですが、でも、まったく嫌味を感じないですね。エロいようでエロさもなく、優しく、そして暖かいとまで言っても良いかも。ストイックな芸術家というものは、こうもモテてしまうのか。
最後、ワンちゃんがいい演技してました。彼(犬)もまた、主役の優しさを示すサインでしょうか。創作に苦しむ主役の心を癒していたのでしょう。それもまた、番頭を名乗る中井貴一さんの配慮だったかも知れません。
ともかく、良い映画でした。特に説明も理解せず飛び込んでみて良かった。
そこはかとない気持ち悪さ
つまらない、で切るには少しもったいない気がする作品でした。
作り方によってはものすごく面白いものにできた感じもあるのに、なんだろう、とにかく終始地味。起承転結が緩やかには起こるんだけど、どれもパッとしなくて、観ていて飽きてしまう。
そして何より、気持ち悪い。
同列に扱っていいのか(多分ダメ)わからないけど、ミッドサマー的な気持ち悪さを感じました。なににって、津山竜次に。お前は結局女体が好きなのか、母性を求めているだけなのか、どっちなんだい。
でも唯一、ラストだけは良かった。ああ津山さん、あなたは本当は、田村のことなんてどうでも良くて、ずっとお父さんとお母さんに、火の元を目指して帰ってきて欲しかっただけなんだねと。
まぁそういう意味では、すごく純粋なヒューマンドラマなのかもしれない。
不可解な作品
北の国からが面白くて温かくてその長い物語が大好きだったし、倉本聰さんは脚本を書くとき主人公だか登場人物だか忘れたが、三代前まで遡ってキャラクターを考えるとどこかで語っていらっしゃったのを読んだ記憶があって、緻密でしっかりした脚本を書く方だと思っていたのだけど、この映画はちょっと乗れなかった。
主人公・津山竜次が孤高の天才なのはいいとする。石坂浩二さんの田村画伯が絵の大家として豪勢な暮らしを送っているのもいいとするが、津山竜次側の設定がどうも気になって仕方がなかった。
本家本元の大作を凌ぐ贋作を描いて億単位で売っていたようだし、ヨーロッパの富裕層に入れ墨を彫ったりしていたようなので、それなりの生活は送れるんだろうけど、スイケンってどこから出てきた何者? 彼が津山の財産一切合切を管理しているのだろうか。財産管理から料理の腕前、人脈づくりまで何でもこなすスーパーマンで、しかも、津山を贋作作家に追いやった田村画伯に対する復讐も実行に移そうとしている? かつての恋人も再会させちゃうし、生きた標本も調達し、用済みになれば切っちゃうし、新しい標本候補も見つけてしまう。そうした標本たちはみんな津山に惚れてしまう。大体個人の収蔵品ならともかく、大臣まで見に来る大規模な展覧会の目玉作品という評判が立てば、本物の所有者が「うちにも同じものがある」と名乗り出てこないのだろうか。物語が始まった当たりから最後、津山が死んでしまうまで津山がせっせと描いていた絵は贋作ではなく、彼本来の作品なのだろうか。
こういう不自然なところが気になってくると、映画の世界に入り込むことはできない。長年構想していた作品というわりにちぐはぐな印象が否めなかった。
ずっしりとした本物の映画をひさびさに観た満足と喜びに浸りました
海の沈黙
若松節朗×倉本聰
テレビドラマの頂上タッグ
大傑作です!
もっと高く評価されるべきと思います
海の沈黙とは劇中に登場する絵画の題名です
2024年公開
監督 若松節朗
映画よりどちらかというとテレビドラマ界の大物ディレクターとして有名です
脚本、原作 倉本聰
泣く子も黙る超大物脚本家
駅stationなど映画の脚本も書かれていますが、この人もまたテレビドラマの巨人です
無数のテレビドラマの脚本を書かれて、しかも名作ばかり
ところが、この二人が組んだ
テレビドラマは有るようでないみたいです
映画は若松節朗監督は近年活発に撮られていますが、倉本聰はもともと映画の脚本はとても少ない方です
一番最近の作品でも1988年の「海へ 〜See you〜」以来ですから、36年振りのことになります
この二人ががっちり組んで映画をとったならどういう作品になるか?
やっぱり導入部はテレビドラマ的作品の味わいです
テレビにはテレビ、映画には映画の映像の言語があるのでしょうか?
見せ方、展開の仕方にそれぞれの流儀や作法があるのかも知れません
テレビは基本茶の間で観るものですから、色々と途中で注意を逸らされながら鑑賞されることが多く、映画は劇場に観客を隔離して映像に没頭させることができます
その違いが脚本や演出にも出てくるものなのだと思います
しかし、中盤をすぎるころから、終盤に向かうほど、映画の味わいが深く濃くなっていきます
終盤は映画そのものです
冒頭
小泉今日子のアップです
まぎれもなく本作のヒロインですから、そこからスタートするわけです
占い師のような老人から色々と問われて答えるシーンです
さすが倉本聰です
ズバリと本作の要約を全てこのシーンで言い切っています
彼女の演技力はさすがです
そして本木雅弘
ものすごい演技を観ました
終盤の赤をくれ!のシーンは圧倒的でした
ずっしりとした本物の映画をひさびさに観た満足と喜びに浸りました
加筆
※ネタバレ注意※
以下は本作の内容を自分なりに登場人物ごとに整理してみたものです
劇中に明示されていないことも勝手に妄想してあります
倉本聰さんも、若松監督も映画なので、あえて一から十まで説明するまでもないとされたのだと思います
もしテレビドラマなら、このようなこまごましたことまで明示的に説明するシーンを入れたかも知れませんが、本作は映画なのだからそこまで詳しく説明しなくても良いと判断なされたのでしょう
すくなくとも、このように色々と妄想する楽しみがありました
そこがテレビドラマ界の頂上タッグの技とも言えると思います
(本木雅弘)
津山竜次
1960年頃生まれ
80年代中頃芸大入学
80年代後半海の沈黙事件で芸大退学後、札幌で彫り師として生計を立てる、この頃スイケンに出会う
90年代中頃、スイケンに呼ばれミラノに行き、欧州で刺青の彫り師としてマフィアの親分の庇護をうけ、彫り師の仕事のない時はミラノや欧州各地の美術館で模写する生活を続ける
やがてその模写がマフィアの親分を通じて贋作として出回るようになる
2000年頃、インターポールから手配され、スイケンと共に日本に帰国
2000年代初め、帰国後、スイケンをイタリア修業に送り出してくれたレストランのオーナーのところで飾られていた田村の漁村シリーズの落日を偶然見掛ける
その作品が自分の海の沈黙をベースにした作品である事に気づき、その作者が自分を画壇から追放した田村であることに驚く、しかも今はかって愛した師の娘安奈を妻としていると知り、さらに京都に愛人を作り安奈とは別居していることも知る
あまりの怒りに、自分ならこう描く!と田村の作品に加筆して、自分の方が画家として上だ!と彼への芸術家としての復讐を行うが、その落日は、そのままオーナーの手元に残される
その後色々な機会に展覧会や美術館に貸し出されるうちに評価が田村の作品として次第に高まっていく
(石坂浩二)
田村修三
1950年頃生まれ
70年代中頃芸大入学
70年代後半パリ留学
80年代中頃帰国すると
芸大後輩の津山の天才的才能に驚き嫉妬する、しかも師の娘と交際しており、もしかすると師の娘婿になるかもと聞き、そうなれば自分が画壇で栄進しようとする妨げになるものと敵視するようになる
それで、80年代後半海の沈黙事件が起きた時、津山追放の急先鋒となる
80年代後半漁村シリーズを製作して画壇に自歩を固めるが、津山の傑作海の沈黙を参考にした落日を1988年書き上げる
80年代後半津山と交際していた師の娘安奈と結婚し、以後安奈の父の後ろ盾を得て、さらに画壇に確固とした地位を築き栄進していく
2000年頃、漁村シリーズの落日の評価が高まる
その頃、結婚後も津山を忘れられずにいる妻と別居、京都に仕事場を移す
2024年、展覧会で自身の作品落日が、実は津山が加筆したものに入れ替わっていることに気づく
一目見て、これは津山の作品だと田村は分かっており、これは彼の復讐であって、海の沈黙事件への意趣返しであると見抜く
(小泉今日子)
田村安奈
津山と田村の芸大の師の娘
1970年頃生まれ
80年代中頃高校入学
80年代後半津山と交際
津山は母の体に父が自分の名前を彫ったように安奈の体に刺青を入れようとしたため驚き彼から逃れる
80年代後半、父の弟子の田村と結婚
しかし津山のことは忘れられず、結婚は破綻し2000年頃田村と別居する
90年代中頃から欧州各地の美術館で津山を見かけたとの噂を聞き、手を尽くして消息を調べるが分からないまま年月が経つ
2000年頃になって、また津山を見かけたとの噂を時折聞くようになり
2020年頃津山の詳しい消息を知りたく占い師にみてもらう
しばらくしてその占い師から津山の居場所がわかったと連絡を受け小樽に向かう
(中井貴一)
スイケン
1960年頃生まれ
80年代中頃札幌でイタリアレストランの料理人として働く
80年代後半、時はバブル真っ盛り
イタ飯ブームの中レストランのオーナーの援助でイタリアミラノのレストランに修業に出る
そのオーナーは実のところ半分ヤクザ、その後、ヤクザからは足を洗い実業家兼政治家になり、自分の事務所に田村の落日を何も知らずに購入して飾る
スイケン自身も、料理人でありながら半分ヤクザでもあり、それで、彫り師の津山や半沢医院長と知り合う
スイケンは90年代初め、ミラノで修業中、料理の腕を認められイタリアマフィアの親分に可愛いがられるようになる
90年代中頃、マフィアの親分から日本の刺青の彫り師を紹介してくれと頼まれ、津山をミラノに呼び寄せる
津山が刺青の注文をとりやすいように牡丹を人間カタログにすることを思いつく
津山が美術館で模写をするようになると、それをマフィアの親分に見せるとどうしても欲しいと言われて売るうちに、それがイタリアレストランの料理人よりも本業となってしまい、いつしか津山先生の番頭を自認するようになる
90年代後半インターポールから手配されたことを知り、津山と共に帰国
ミラノに行かせてくれた札幌のイタリアレストランのオーナーに帰国の挨拶に津山と共に出向くとそこに、飾られている絵に津山が激しく反応したことに驚き、海の沈黙事件のことを津山から聞き出す
2000年以降は、マフィアの親分から要請が合ったときのみ、津山と牡丹をともなって欧州各地に行く生活を送る
日本にいる間は津山から聞いた安奈のことが気になり、調べてみると、田村とは離婚できないものの別居していることを知り、それとなく、津山の消息の噂を彼女の耳に入れる
落日が展覧会にオーナーから貸し出されることを知り、津山の芸術家としての復讐を遂げさせる絶好の機会と考え、田村が必ず落日をしっかりみるように策を思いつく
今は大物政治家になっているオーナーに頼んで文科相の臨席を確実にして田村を京都から誘き出す
この策は上手く成功し、津山からの復讐であることを田村にわからせることができたが、スイケンはそれだけでは足できず、さらに、津山と安奈を再会させるべきだと考え、占い師との触れ込みで安奈に面会して、彼女の心のなかに未だに津山への愛があることを確かめる
そして津山との再会をアレンジする
(村田雄浩)
半沢院長
80年代後半から札幌の夜の街で表に出れない人々を診る医者として働いていてた その頃スイケンや津山と知り合う
(清水美砂)
牡丹
1970年頃北海道岩内生まれ
80年代後半札幌に出て夜の仕事につく
90年代初め頃津山に初めて刺青を彫ってもらう
この頃スイケンとも知り合う
90年代後半、スイケンと津山に呼ばれ欧州へ刺青の人間カタログとして度々出向くようになる
やがてそのギャラで地元の岩内と小樽に店を持つ
2024年、スイケンの代理人から数百万円の手切れ金、口止め料を貰う
しかし、ドガの贋作が津山の作品であることを村岡に口外したため、口を封じられる
犯人は恐らくスイケン
その人間カタログの刺青の異様さはかねてインターポールから日本警察に照会されていたため、死後すぐにインターポールが小樽に現れる
津山が自分の肌に触れて刺青を入れる時の優しさが昔の女性への捨てられない愛情から来ていることを知っているが、自分がどう足掻いても津山の心の中の女性に勝てないこともわかっており、津山の行き場を失った愛情を受け止められることだけで満足している
自分はただの津山のキャンバスに過ぎないと言い聞かせている
(菅野恵)
あざみ
2000年生まれ
スイケンから牡丹の後継に選ばれる
とは言え、インターポールの捜査も迫り牡丹のように人間カタログにして欧州での彫り師の商売は手仕舞いのようで、スイケンは津山に新しいキャンバスを用意したくらいに考えているらしい
彼女はそんなことは何も知らず、牡丹と同じように自分に触れる津山の優しさに惹かれていく
津山は結局あざみには刺青を入れようとしない
それはもう刺青をいれる意味が無くなったからです
安奈は自分の物だと刺青をいれようとしたことの代償として牡丹を扱ってきたのですが、落日贋作事件で田村への復讐も遂げ、安奈とも30数年振りに再会でき、もはや彼女に刺青を入れる男女関係では無い年齢にお互いになったと知ったこと、そして刺青を入れるまでもなく、安奈はずっと自分のものであったと彼は確信できたからです
それであざみに刺青を入れる理由も無くなっていたのです
刺青とは、男がこの女は自分のものだと、消えないしるしをいれるものでもあるのです
(仲村トオル)
清家
1970年頃生まれ
80年代後半芸大入学
2020年頃 中央美術館館長就任
地方美術館館長の村岡とは芸大の同窓
田村は芸大の大先輩に当たる
海の沈黙事件は田村、津山の後輩ながら何が起きたかは知っている
(萩原聖人)
村岡
地方美術館の館長
津山が加筆した落日に惚れ込み、高額にも拘わらず購入したものの、作者の田村から贋作とされ責任を取って入水自殺する
もしかすると、そうではなくドガの贋作が津山のものであることを牡丹から聞いたため、スイケンから入水自殺に見せかけて口封じされたのかも知れない
清家中央美術館館長とは芸大の同窓
本当は清家とはライバル関係だが二人とも、津山や田村のような優れた才能を持たず、将来はどこかの地方美術館の館長になれれば御の字だと在学中から清家と話合ってきた仲
男性目線のメロドラマ
問題を起こして美術界から追放された
才能溢れる画家(もっくん)
その昔つきあってた恋人(きょんきょん)
集中して観てなかった私が悪いが
仲村トオルと石坂浩二ともっくんは、同世代ってこと?
いやーそれはないか、と思いつつも、
明確に石坂浩二がもっくんを後輩扱いしないことと
髪を真っ黒に染めてちょっとパーマかけていることで、
同世代の役なのか???と、混乱し始める。
そこへ中井貴一の石坂浩二に対する「君よばわり」で
やっぱり3人は同世代設定なの???
ていうか中井貴一は石坂浩二より年上?
もっくんがキャンバスの前で大胆にハケを奮ってるシーンは
シブガキ隊のダンスパフォーマンスをうっすら連想
男性目線で、自分を主人公に重ねて感情移入するなら
もっくんぐらいのビジュアルは欲しい
画としても映える
きょんきょんの切なくもドライな感じよかった
昔の恋も40年くらい経ってたら、これくらい距離あると思う
画家兼彫り師の設定って必要だったかなー
どちらも興味を引く題材だと思うけど
あんまり深掘りもしてないし
清水美沙のエピソードも、うーん、アクセントにはなってるのかな
名声はないけど本当はすごい才能で誰かを感動させることができて
昔の恋人と切ない再会がちょっとあって
死ぬ間際に自分の納得いくものを描き上げて
これって男のロマンじゃね?
言葉ではないもので伝える
絵画界を去った男性と女性が時代が流れ、それぞれ立場を変えて数十年ぶりの再会と別れ。
現代とは違い想いを言葉にしない表情や仕草は鑑賞するこちらに数十年溜まった憎しみと愛情をのせた想いを想像させられる。
この想像がある意味心地いい人間ドラマとなっている。
映画に一筆付け足したい…
怒られるだろうか。もっと竜次と安奈の過去やスイケンとの過去、田村との確執、牡丹やあざみとの関係、村岡の贋作「落日」への想い等々。芸術の上手い下手、つまりは美はお金では買えないとか分かるが、出演陣も良いし、それだけに惜しかった。しかし、本木雅弘と石坂浩二、仲村トオルが同窓って年齢的に無理があるとずっと思ってしまった。
忘れていた気持ちを思い出した!!
ミステリーでは無いなあと思いながら観ていたら、贋作の話は取っ掛かりに過ぎず、美しいもの全般について述べていて、他の邦画には無い美意識がありました。牡丹の刺青カタログの話、入れ墨のシーン、先生を温めるシーンと、直接的なエロスは無いものの、女性の体は美しいなあという忘れていた気持ちを思い出しました。倉本聰さんの世界観を丁寧に映画にしていると感じました。贋作とトリックの話ならコナンでもできるだろうけれど、この何とも言えない後味は本作だけです。
ミステリー的に話が進んでいく面白い物語
冒頭から小泉今日子さんが出てきます。
彼女のイメージとは違う有閑マダムを演じていましたが、上手いと思いました。
ミステリー的に話が進んでいく面白い物語だと感じました。
全体的に映像が美しいです。
本木雅弘の演技はとても良い。
しかし、石坂浩二さん83歳が中村トオルさん59歳と本木雅弘さん58歳の2人と同学年の美術学生だったという設定は、無理があり過ぎではないでしょうか。
小泉今日子さんは、以前にドラマの撮影をしていたのを見たことがあります。小さくてスゴく可愛かった。
この映画では、重みのある良い演技でした。
芸術家の業の深さ
美を追求することに憑かれた主人公。人様の描いた絵の上に自分の絵を塗り重ねたのは経済的な理由だけではないでしょう。謎の多いお話でしたが、元恋人に何十年ぶりで会ったとき瞬間的にその手をとった場面、蝋燭の涙が流れたとき、自分の人生と重なり心がぎゅっとして泣いてしまった。
おふくろ
もうすぐ終わりそうで
良かった観れて😊
最初サスペンス的な
ハラハラ感が良かった
どんどん作品に惹き込まれる感じがとても良かった
2人が亡くなるが
誰かに殺されたと思って観ていたが
そうではないようで、、、
誰が犯人なんだと思ってたので笑
あれれ
美とは何かを考える映画
もっくん良いですね
迫力がありすぎる
ポエム的あるいは演歌的
先生のお嬢さんを巡る三角関係。ずる賢く立ち回り、社会的な成功を手に入れる男。画壇から放逐され、放浪しながら贋作と刺青で生計をたてる孤高の天才画家。どうも今の時代の感じがしない。大正とか昭和前期とか…。
女の肌と刺青。北の港町。父を飲み込んだ海とそれを照らす炎。真作を超える贋作。30年ぶりの再会。などなど、情念、情感を掻き立てる要素は満載なんだけど、ストーリーというよりは演歌の歌詞みたいな感じ。
これに浸ろう!と思ってみる人にはいいだろうけど…。
石坂浩二と本木雅弘がほぼ同じ年頃というのは、いささか無理がある。ライバルを蹴落とすのにどんな悪辣な手を使ったかは知らないが、そもそも、お嬢さんの背中に観自在菩薩を彫ろうという点で、陰謀とかなくても放逐されていたのでは…。
ここの海の表現はお前より上、とか言われても、僕なら、で、それが?という感じしかしない…。
金田一(石坂浩二)さん、小池(中井貴一)さん、事件です、贋作です。
モックンの演技、特にラスト近くの気迫の演技が、印象的。キョンキョンも熟女になってきて、歳相応の演技が良かった。だか、配役の設定が??だと思う。石坂浩二の実年齢83歳。モックン58歳、仲村トオル59歳。同期という設定は無理があるでしょう。下手したら、モックンは、石坂浩二の息子役でもOKだと思う。石坂浩二には申し訳ないが、せめてモックンたちと歳の近い阿部寛とか、椎名桔平に演じて欲しかった。中井貴一は、相変わらず上手だが、「嘘八百」の古物商の小池さんのイメージがあるので、贋作云々という映画での出演はどうかな…(←もっと何年か後だったら良いかも)
あと、清水美砂の自死の理由と刺青に拘る理由が理解できなかった。😩
清水美沙の尻
なんだろう、とにかくストーリーが面白くないて退屈きわまりない。
中井貴一や小泉今日子の良さもあんまり出てなかったな。
仲村トオルもあんな端役で使うとかもったいない。
清水美沙の尻は良かった。
美の価値は
美の価値は誰かの評価によって決まるのではない。美そのものに価値があるのである。
絵画を題材にした美を追求する映画である。
生い立ちの不幸から美術の世界にのめり込み、不穏な出来事を経てやがて贋作制作に携わる竜次。
竜次の学生時代の恋人で、今は竜次のライバルだった田村の妻となっている杏奈。
数十年ぶりの再会。手が触れた一瞬に時を遡る。
けして幸福とは言えないここまでの2人の人生。お互いの人生について知る由もない。
ただ再会の場に喜びの笑顔はなかった。
死の床で聞いたかつての恋人からのありがとう。竜次は床を抜け出し絶筆となる絵を完成させる。
それは海で遭難した両親をなんとか救いたい竜次の血の色をした真っ赤な心の炎だ。
ここからは私の連想したこと。
厄介事のほんどは人間関係の厄介さ。
それまでのその人の人生など知ることもなく、ただ今のその人だけを見て、勝手に良い人そうでない人などと判断しがち。来し方など想像もせずに、人間関係が悪いなどと一方的な愚痴を言いがち。想像力と冷静な判断力、気をつけたい。
一枚の絵、それのみの美の是非をあなたにも問う映画
「著名画家」というブランド有無で世間の絵の評価判断が左右するのは事実であり、この映画が伝えたい「一枚の絵、それのみの美の是非」にまったくの同感でありますが、一方で「倉本 聰」の脚本(ブランド)でこの映画を観に行ったのも事実であります(笑)。
映画に出てくる絵画は、パッと出も含めて総じて素晴らしく、この物語にふさわしいものばかり。スクリーン映写を通しての絵であるものの、何度も心動かされます。実際は誰が描いたのかCopilotで調べたのですが、「それは興味深い話ですね」と、訳わからない回答がきたのでわかりません。(パンフレットには書かれているのでしょうね)音楽や映像も美しく、それらを背景に田村安奈(小泉今日子)と津山竜次(本木雅弘)の人生晩年を迎えた役同士の再会シーンは、時の流れや変化により変わるもの、変わらない事を静かに感じさせてくれました。好演です。一方で津山と田村修三(石坂浩二)が学生時代の同期という設定は、本木さんが老けメイクしても年齢差は埋められず、観る側を混乱させるミスキャストと言えます。これを良しとしてまかり通ってしまうことがまた、「巨匠ブランド」の負の部分と言えるでしょう。
この物語のポイントとなる田村の描いた絵に描き加え、より良くしたという行為ですが、画力が制作者以下であっても、本人と違った視点が加わることによってブラッシュアップされることがあります。なので、終盤まで津山が天才的な画力を持つことを示すオリジナルの絵が一度も出てこなかったために、ラストシーンの一枚に期待したのですが、死線を乗り越え、熱く描き続けるシーンを見せつけられた上で出来上がった津山の絵は、果たして田村の絵を越えたのか。
「映画のラストを飾る絵だから」といった前置き無しに、ただ一枚の絵を見た時にあなたはどう感じるか。この物語の最後、観る側にもこの物語のテーマを突きつけてきた気がします。
倉本聰さんなりの美へのこだわり
日本最大級の美術展で絶賛された名画の「落日」が、贋作とすり替わっていた。それを作者の田村自身が見抜いて告発した為に起こる悲劇。一方、全身刺青の女性の自殺体が発見され、二つの事件に共通した人物が浮かび上がる…
私はどちらかというと写実的な絵が好きですが、本作に出てくる絵は巨匠の物も含めていいなあと思いました。本木雅弘さんは美しいですね。清水美沙さんも綺麗でした。
ストーリーは有り得ない感じで退屈でした。
気になったところ
①美の定義
「美は絶対で、それ以上でも以下でもない」みたいなセリフには共感できないです。誰が見てもきれいなものってありますが、絶対ではないです。何を美と捉えるかは、人によって、場合によって違います。「誰が何と言おうと、良いものは良い」という事なら分かりますが、それって主観です。
②刺青を取り上げたこと
刺青を芸術の一つとして描くならまだ分かりますが、そういう扱いにはなって無かったです。
昔、山田太一さんの「早春スケッチブック」のオープニングに、内容とは全く関係ない刺青の背中の画像が出てきた事を思い出しました。それは確か山田さんの指定です。倉本さんの「優しい時間」でも、息子が刺青を入れてしまいます。本作にも、「アザミの背中に刺青を入れなくて良かった」というセリフがありました。それらは刺青=社会からはみ出した者というイメージに繋がりますが、孤高の天才画家にそのイメージは必要でしょうか。
③女性の扱い
牡丹もアザミも、従順で男にとって都合のいい女です。若い頃の安奈も、一度は刺青を了承したけど怖くなって逃げ出したように見えました。10代の恋人に刺青を入れようとするなんて、どうかしています。
竜次の母は、漁の仕事をしているのに本当に透き通るような肌だったんでしょうか。余程良い化粧品を使わなければ美肌は維持できないと思いますが。多分、日に焼けて逞しく、大きな声で笑う陽気な母では駄目なんでしょうね。女性は色白でたおやかで従順でなければならないという固定観念じゃないですか。
④スイケンのキャラクター
凄腕の料理人なのに、竜次の為に自分を犠牲にして尽くす男。田村を「田村くん」、安奈を「お嬢さん」と呼ぶのも気になりました。
⑤本物の「落日」と贋作をどうやってすり替えたのか、本物はどこにあるのかが謎のままです。
タイトルの「海の沈黙」、竜次がこれをどういう気持ちで書いたのかは伝わってきませんでした。
平凡な展開の良作
津山と番頭を務めるスイケンとの出会いなど、もう少し詳細を描いてほしいと感じる部分もあるが、あえてそれを描かないことも制作陣の計算なのかもしれない。
作中ではやや噛ませ犬のような描き方をされる田村画伯だが、自身の作品展に贋作が紛れ込んでいた際にそれが自身の作品よりも優れていることを理解しながらも告発すること等を鑑みると、画家としての信念を持った人物だと言える。
ストーリー展開は良くも悪くも普通の展開ではあるが、絵画をテーマとしているためか映像は洗練されている。また、登場人物のほとんどが矜持を持つ人物として描かれているため、鑑賞後に余韻が残る作品だった。
年齢設定に疑問
点と線がつながるというのが、好きな映画作品のタイプです。本作品はそのような謎解きはありませんでした。
この作品では、登場人物の説明が(あえて?)十分でないので、何故?っていうもやもやが残りました。
特に、津山の面倒を見ることになったスイケン(中井貴一)のストーリーは、知りたい部分。
残念だったのは、石坂浩二演じる現代の巨匠・田村と津山と仲村トオル演じる美術研究所所長が同年代(同期)だったとの設定。石坂(83)、中村(59)、元木(58)。 石坂が、安奈(小泉)の父の設定ならしっくりきたが、倉本先生のご希望だったのかな。
狂気じみて理解が難しい
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画家・石坂の絵画を集めた展覧会が開かれる。
主催者は各美術館や個人の所蔵物を借り集めて来たが、
石坂本人がそのうち1作品を、これは贋作だと言い出す。
主催者側の意向を無視してそれを世間に公表した石坂。
その作品を所蔵してた美術館の館長は責任を取って自殺。
やがて石坂の過去を知る者からの怪電話が来て・・・。
とサスペンス風な香りがしたが、そうでもなかった。
若い頃、石坂と本木は同じ師についてた。
本木は天才過ぎるが故に、奇抜な行動が多過ぎた。
例えば師匠の絵を塗りつぶした上に自分の絵を描いた。
その絵「海の沈黙」は各賞を受賞するも、闇に葬られた。
また師匠の娘と交際し、刺青という芸術を彫ろうとした。
才能を妬んだ石坂らの暗躍もあり、本木は破門となった。
本木は「海の沈黙」を塗りつぶした上に上記の贋作を描いた。
才能の差は明らかで、贋作の方が優れた作品だった。
石坂の嫁で本木の元カノの今日子が本木のもとを訪れる。
本木は病気で余命宣告されてて、ビミョーな雰囲気に。
で最後は狂ったように最後の作品を仕上げ、急に死亡。
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中盤くらいまではサスペンス風で面白かった。
途中からは才能ある画家の贋作を巡っての是非というか、
社会派ドラマみたいな展開になっていった。
そこまでは良かったが、最後の方はよう分からんかったな。
天才で独自路線過ぎるが故に理解も共感もできんというか、
本木が結局どうしたいんかがよう分からんかった。
どんどん狂気じみて来る本木の演技は見所やけどな。
ただ自分とは全く関係ない世界の出来事過ぎて、
心情もよう分からんし、分かりたいとも思わんかったな。
あと中井貴一の役名って何で「スイケン」なの??
「清家」かとも思ったが、後で調べると「スイケン」。
酔拳を思い出してもて、気になってしゃーなかったな。
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