「あ〜くまの力〜 身に〜つ〜けた〜…のか? 若さの負の側面は上手く描き出されているが、ホラーとしては今ひとつ。」ノクターン たなかなかなかさんの映画レビュー(感想・評価)
あ〜くまの力〜 身に〜つ〜けた〜…のか? 若さの負の側面は上手く描き出されているが、ホラーとしては今ひとつ。
悪魔と契約する方法が記されたノートを拾った若きピアニスト、ジュリエットの身に起こる変化と恐怖が描かれたサイコ・ホラー。
優れた才能と技術を持つ双子の姉に嫉妬するピアニスト志望の少女、ジュリエット・ロウを演じるのは『アンダー・ザ・シルバーレイク』『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』のシドニー・スウィーニー。
Amazon Primeオリジナル作品。製作はホラーの名門「ブラムハウス」であり、本作はブラムハウスとAmazon Primeのコラボ企画であるホラーアンソロジーシリーズ「Welcome to the Blumhouse」(2020-2021)全8作の中の1つでもある。
クラシック音楽の世界という、生き馬の目を抜く厳しい競争社会に身を投じる事を選んだ少女の野心と覚悟。そこに、常に自分の先を行く優秀な姉への嫉妬が混ざり合い、爆発しそうなほどのルサンチマンが物語を支配する。
悪魔と契約する代わりに才能を得たという音楽家、ジュゼッペ・タルティーニの存在が本作のベースにある訳だが、彼に限らず偉大なミュージシャンにはその逸話がついて回るものである。1番有名なのは、伝説的ブルースシンガーのロバート・ジョンソンか。逢魔ヶ時の四辻で悪魔と契約を結んだ彼は人間離れしたギターの腕前を得るが、その代わりに27歳という若さで命を落とすことになったという。その後、「27」という数字はブルース/ロック界に不吉な影を落とし、カート・コバーン、ジョニ・ミッチェル、ジム・モリソン、エイミー・ワインハウスといった不世出の天才たちもまた、ジョンソンと同じ27歳でこの世を去った。彼らが本当に悪魔と契約をしたのかは定かではないが、クラシックにしろブルースにしろ、音楽を極めんとする事の過酷さがこの逸話に表れている。
未来を予言するノートを拾い、そこから力を得る代わりに悪魔に取り憑かれてしまったジュリエット。本作はオカルトホラーの部類に入る訳だが、悪魔の姿は抽象的にしか映し出されず、本当に悪魔に憑かれたのか、それともただ単に彼女の気が違ってしまっただけなのか、それは最後まで判然としない。
悪魔の姿が太陽を模していたのは、イカロス神話に着想を得たからなのだろう。太陽に近づきすぎた結果、蝋で固めた羽が溶け、そのまま墜落してしまったイカロス。彼の伝説は夢や目標の実現には大きな危険が伴う事を教えてくれる。結局のところ、悪魔と野心は全く同じものなのかも知れない。
「偉大なピアニストになる」という野望に執着するジュリエットにとって、折り合いをつけて生きる周りの大人たちは皆全て堕落した存在に映る。しかし、彼らのアドバイスは現実的で的を射ており、それに従っていれば彼女も自らをそこまで追い詰める事はなかった。
「大人は判ってくれない」というのは、どんな若者でも一度は陥るペシミスティックな思い込みである。そこから生まれる反抗心は若者の特権であり、またそれが爆発的なエネルギーにも繋がりうるのだが、それは危険性や愚かさを内包している事を、この映画が意地悪くも浮き彫りにしてくれている。
偉大になる事と異性とセックスする事がこの世の全て、と思い込む若者の愚かさは上手く描けていると思うのだが、映画の出来としては今一つ。ホラー映画としての外連味や思い切りに欠けており、見どころらしいところはほとんどない。90分というタイトなランタイムであるにも拘らずかなり長く感じてしまった。同じクラシック業界の闇を描いた作品として『TAR/ター』(2022)という160分近い大作があるが、体感時間は正直『TAR』の方が短いくらいだったかかも。
ブラムハウスは以前、『セッション』(2014)というジャズ映画の傑作を製作している。本作はこの作品にとても近い、というかほとんど同じ事を描いている訳だが、まぁ明らかに『セッション』の方が出来が良い。2匹目のドジョウとはいかなかったようだ。
ジュリエットがノートの秘密を男友達に打ち明けるシーンには『エルム街の悪夢』(1984)っぽさがあったので、「おっ!ついにここから悪魔と対決か!?」とか思ったのだが、そんなことはなかった。ジャンル映画なんだから、お上品にやるよりもフレディ・クルーガーくらいすごい化け物を登場させるべきだろっ!!
題材は良いし、主人公である双子の存在感もなかなか。主演の2人は本物の双子かと思っていたのだが、実際は違うらしい。良く似た役者をキャスティングしたもんだ。
面白くなりそうな雰囲気だけはあったので、正直この出来にはガッカリ。やっぱりホラー映画にはもっと血みどろなお化けとか悪魔をガンガン出して欲しい。
…そういえば、この映画の悪魔くんって全然ジュリエットを偉大にしてないじゃん!これじゃ彼女も死に損だよ〜😭