「舞台が大阪であることは単なる設定ではなく、この作品の“血統”そのもの。」花まんま シモーニャさんの映画レビュー(感想・評価)
舞台が大阪であることは単なる設定ではなく、この作品の“血統”そのもの。
前田哲監督の『花まんま』を機内のモニターで鑑賞した。
原作の源流には、金子みすゞの詩「花のたましい」がある。小説家・朱川湊人はこの詩にあった“転生”と“花びらで作ったままごとの御飯”というモチーフに着想を得て、自身が幼少期を過ごした昭和40年代の大阪の下町を舞台に、幼い兄と妹が体験する不思議な出来事を描いた短編「花まんま」を執筆した。2005年には、この短編を表題作とする短編集が刊行され、直木賞を受賞している。
大阪出身の原作者が大阪の下町を描いていることもあり、登場人物や風景には確かな手触りがある。舞台が大阪であることには、単なる設定以上の“血統としての必然性”があると感じた。朱川の短編を土台に、前田監督とスタッフ、キャストが新たな映画として生まれ変わらせたことで、金子みすゞの詩から始まる三世代の表現者たちのリレーが、映画という総合芸術へと昇華しているように思う。
観始めてまず驚かされたのは、鈴木亮平の関西弁の自然さだ。鑑賞後に彼が関西出身だと知り、「なるほど」と深く納得した。
さらに、メガホンを取った前田哲監督が関西出身であり、妹を演じる有村架純も兵庫県出身。ほかにも鈴鹿央士(岡山)、ファーストサマーウイカ(大阪)、キムラ緑子(兵庫)、六角精児(兵庫)、オール阪神・巨人(大阪)と、関西ゆかりのキャストが揃う。いわゆる“ネイティブスピーカー”が醸し出す会話の間や空気感にまったく違和感がなく、この作品にリアリティと厚みを与えている。
物語の中で鈴木亮平が演じる兄は、幼くして両親を亡くし、厳しい生活の中でも工場員として懸命に働き、妹を守ろうとする。その「守る」「守りたい」という本能が、関西弁の親しみや、土地に根ざした身体性とともに、いとおしいほど伝わってくる。これは、セリフの巧さを超え、生まれ育った場所を背負った役者だからこそ出せるリアリティだと強く感じた。
脚本では、原作には明確に描かれていなかった両親の亡くなった経緯が加えられており、その設定が物語の進行とともにじわじわと効いてくる。妹の婚約者がカラスと会話できることや、六角精児演じる教授が以前からの知り合いであることなど、現実には起こり得ない要素も盛り込まれているが、それらは“生まれ変わり”という非現実的な核を和らげ、物語に軽やかさと遊び心を与える役割を担っているように思えた。鈴鹿央士と六角精児は、ある意味でこの作品におけるトリックスター的な存在であり、オール阪神・巨人は大阪という舞台に確かなリアリティを与えつつ、虚構と現実の交差点を作り出している。
物語が進むにつれ、涙腺が徐々に緩み、ラストでは機内の客室という場所を忘れるほど、涙をこらえるのに苦労した。
映画を観るときには、物語やセリフだけでなく、その奥にある──詩人、作家、映画人たち、そして関わった多くの人々の想いが折り重なっていることも含めて、じっくり味わってほしいと強く感じた。
