LOVEのレビュー・感想・評価
全11件を表示
dreamsと同じ監督と思えないほど、特にゲイの生態をよく描きえて...
dreamsと同じ監督と思えないほど、特にゲイの生態をよく描きえていた。特に前立腺がんがアナルセックスに影響を与えるとは知らなかった。取材をよくしていると思う。エイズへの恐怖等。
とはいえ、この監督は、やはり詰めが甘くて、重要なこの看護師の彼が何を考えているのか結局よくわからない。
出会い系アプリが埋め込まれた日常をこんな風にうまく描いたものはあまりない。しかもそれとフェリーという対面状況をうまく組み合わせている。
冒頭もコメディ。
とはいえ、いわば性的ジェンダー的自由をやってみた映画なのか、監督に興味があるのか。
奥の深いはなし
感傷的で慈愛に満ちていたような─
一連の3部作の最後の観賞。3つの中では、台詞などには哲学的な要素が少ない気がしました。なので、恋愛模様を楽に堪能できるかなぁなんて思ったのですが、設定や絡み合う事柄が結構特異だったためか意外とムズいと・・・
離婚して子供や前妻との交流も頻繁にある男性が省庁の役人を介して女性医師と出会い交際に進展したり、男性看護師がマッチングアプリを使用して男性交際相手を探して男性医師を選び出しそれが紆余曲折して、交際というか交流というかあるいは別のもの・・・に発展していったり、とにかく色んな要素が盛り込まれていました。巻き起こる出来事が感傷的なものが多くて、フリーラブという要素を多分に含んでいながらもそれがかえって・・・んーどうなのかなぁ・・・という展開が多かったように思います。難解さは感じませんでしたが、難しいところは大いに感じました。実を結んだイベントもなんだかよく分かりませんでしたし・・・
3部作だからといって繫がりとか関連性は全く感じませんでした。どれを見ても見なくても、またどれから見ても全く問題ないように思います。とはいえ、どれから見るかによっては、それぞれの作品の印象は違ってくる気がします。自分はDREAM→SEX→LOVEの順番で、台詞や語りが多かったとはいえ構造がシンプルだったDREAMから見たせいか、あとのSEXとLOVEが難しかったり重々しく感じてしまった気がします。同時に最初が非常に良かったためあとのものを期待しすぎた感があって、ちょっと物足りなさを感じてしまったし─。順番が違っていればまたその見方は変わったのかもしれません。いずれにしても、3つ見ておけばどれかは楽しめるような3部作でした。まぁ全部見るのは大変というのであれば適当にどれか1つ選んで見てみても、それを存分に楽しめるような気もします。
善悪の彼岸
「愛」と呼ばれるものを探して
2024年。ダーグ・ヨハン・ハウゲルード監督。ノルウェーでつくられた三部作映画の第二部。泌尿器科の女性医師と男性看護師。気の合う二人だが、病院の外で偶然遭遇したことをきっかけに、お互いに恋愛事情について語り合うことに。結婚制度に疑問を持つ女性医師は性の相手を求めながらも社会的な関係からは逃げ腰。同性愛者の男性看護師はマッチングアプリでの刹那的な関係を繰り返している。お互いに微妙に影響を与え合いながら、それぞれが「この人」という人と出会っていく、という話。
話の複層的な展開がすばらしい。女性医師にはまじめな市役所職員の友人がいて、その友人がオセロ市の記念式典を任されていて政治と市民生活の関係に悩むとか、女性医師が思い染める男の元妻がアル中で社会との関係に困難を抱えているとか、男性看護師が思い染める男がニヒルな精神科医でエイズを患うとか。主人公二人はタイプは違うが人間関係を大切にして、逃げないところがポイント。苦手な相手からコーヒーを誘われて断らないとか、苦しそうな人に自然に手を差し伸べるとか。これはノルウェー人としては普通のことなのか、この二人の特別にケア的なキャラクターなのか。この態度が事態を好転させていくのだが。
オスロからフェリーで通勤圏内の島との往復が展開にリズムを与えていてすばらしい。オスロ市庁舎の屋上や、島の住宅の屋上など高低差を生かした景観も美しい。
自由で平等で豊かな国ノルウェーのノルウェーの光と影が見えてくる
図書館司書として働きつつ、小説も書き、映画監督でもあるという多才なハウゲルード監督が、ノルウェーの首都オスロを舞台に撮影した3部作の2作目。3作の中では受賞歴的には一番地味そうな1作だ。公開2日目、この作品は1日1回の上映。都内では2館のみの公開なのだが、映画館は6割くらいの観客入りだった。
美しいオスロの街並みを舞台に、現代ノルウェーの現実をリアルに、知的に、温かく切り取った傑作だと思う。意欲的な企画だ。配給のビターズエンドには拍手を送りたい。北欧の文化や社会にほんの少しでも興味があるなら、観ておいて損はないし、大人のドラマとしても、非常に面白かった。「大人」を自認する人なら、絶対楽しめるはず。オススメしたい1作です。残りの2作も早くみたくて仕方がない。
まだ1作見ただけで、監督のことも無料配布のパンフレットで見ただけだから即断はできないけれど、ケン・ローチ作品を思い出した。その国特有のリアルな今を描き出している。同時に、普遍的なテーマとして、私たち日本人も共有できるという意味で。
ケン・ローチはイギリスの「社会制度の欠陥の告発」といった視点が強いけれど、このハウゲルード監督の作品は「民主主義の一つの理想の達成と、それに伴い個人に求められる負荷」を描いている。素晴らしい社会で生きることは、同時に非常にしんどい側面もあること、たゆまぬ努力・個人の自律を求められること、対話のスキルと努力が必要なことを見事にドラマに昇華させている。
この似ている二者の違いは、イギリス(および多くの先進資本主義国)と北欧ノルウェーの社会の違いも反映している。その点だけでも、この監督の作品は注目に値すると思う。
僕もこんな社会で暮らしてみたいなと思ったし、ノルウェーでは僕のような専門職肌のタイプは生きやすいはずだとも思った。また、映画を観ていくうちに「日本ならこんなことあり得ない」というポイントがいくつも目についた。その点について、ざっとネット検索してみると、確かにノルウェーの社会の特質を示しているようなので、その点をいくつか書いておこうと思う。
全体的な印象としては、非常に意識的に合意形成を重視して、民主主義の一つの理想を実現しようとしている国で、それが物語の基調を作っているという点だった。
まずは、舞台のオスロ。首都であるのに雑然としたところはなく、その中心部の港で登場人物たちは海に入って泳いでいる。そんなにきれいなはずはないと思ったけれど、現実のオスロでも夏は港や海で泳ぐのは普通なのだそうだ。水質汚染が酷かった時代もあったけれど、海や森を汚さない社会哲学から、徹底した環境改善で美しい海を取り戻したのだそうだ。
そして、登場人物は、海を渡って通勤してきている。自宅は美しい海が見える一軒家だ。看護師など普通の専門職の人がそんな家を買うのは日本なら絶対無理だけれど、住宅市場が投機的にならないような政策もあって、背伸びすれば手に届かないこともないらしい。その背景には、高い税率と再分配によって格差の少ない社会であることや、オイルマネーを国が管理して高い社会福祉を実現していること、そして、労働時間が短いのに、平均年収が日本の2倍以上という羨ましい現状もあるようだ。
あと、この映画の登場人物たちが、全員なんらかの専門職であること。そして、所属する組織の規範に従うというより、それぞれが専門職の職業倫理によって行動しているように見えた点。
これも現実でもかなりそうらしい。映画には登場しなかったけれど、経営者だって組織の支配者ではなくて一つの専門職。だから、企業もフラットな組織で、意思決定にあたっては、対等に議論をするという土壌もあるようだ(経営の論理、資本の論理ばかり優先して、短期利益ばかり追求するから、生産性も高くならないのだ。日本の経営者はこの映画を見るべきだなどとついつい言いたくなってしまった)。
この映画ではさまざまな職業の人が集まって、そこには上下関係など一切なく、フラットに語り合うという場面が何度か出てくる。失業中の人だって、別に今は家庭の事情で一時休業中という感じで、引け目はない。
その語り合い方も、日本人の感覚とはずいぶん違う。まず徹底的な自己開示。この映画がLOVEがテーマだからということもあるだろうけれど、自分の性的志向まで含めて、あけすけに語る。これも、さらに上の高齢者世代ではそうではなかったらしいことも描かれるから、意識的に作り上げた文化であり、現代ノルウェーでの人とのつながり方なのだ。
そして、相手の意見には表立って反対しないというのが、日本的リベラルな他者尊重の態度だと思うのだけれど、この映画では、相手を否定することに配慮を見せつつも、異論を結構はっきり言う。一人一人が自分らしさを大事にしているとも言えるけれど、でもその話し合いの中では、「ここまでならOKだよね」という自分の価値観を検証し、自らを振り返っているようでもある。
主人公の行政に勤める友人も、フェミニズム的なイベントを実現しようとしていたが、「一部の人のためにやるのは行政のイベントには相応しくないんじゃない?」というようなことで何度チャレンジしても企画が通らなかった。そして、最後には「私が間違っていたかも」と認めて、企画の方向性を練り直す。
自分らしさを常に見直し、更新し続けるという態度も、一人一人が持っていないと、合意形成で進める社会では生きられない。
そして、その「自分らしさ」尊重の帰結だと思うけれど、離婚が多かったり、恋愛は自由だけれど、ずっと続く気持ちではないと現実も受け入れるというような考え方を登場人物たちは共有しているようだ。
家族は大事、パートナーも友人も大事、だけれど、自分らしさが一番大事という優先順位は揺らがない。だから、それはとっても孤独なことでもあるはずだ。その孤独な人たちが、この映画では愛を求めて彷徨っている。
同時に、だからこそ、そこで示される愛情というのは、共同体の規範とか道徳とか、社会的にそうすべきだからということではなく、純粋に愛による行為であるという美しさがある。最後の方で同性愛の介護士が、「もう僕には(性的な)魅力なんかないんだ。君も同情してくれなくていい」というシニアの精神科医に「もっと信じてもいいんだよ」という言葉をかける場面にも、人間の愛を信じるというようなメッセージが込められていると思った。
映画としてのスケールは小さいけれど、そこに込められたものはとても大きく豊かなものだ。まだ他にも考察したいけれど、残りの2作もみるつもりだから、ここで終わりにしておきます。
初めは啓蒙映画かと思った!
この映画の前に「SEX」を見ていたのがよかったのか慣れたのか、でも「LOVE」はやはり異なる映画でこれまたとても面白かった。
最初のシーンでハイディ(主人公マリアンヌの女友達)がオスロの記念碑彫刻のガイドをする。数々の彫刻をインテリであるハイディが説明するのを自分は観光客として聞いた。彼女の語り口は、ジェンダーやフェミニズムの点で解放されているオスロの歴史と現在の自慢話と啓蒙活動に聞こえた。だからちょっとうんざりした。果たしてそれは街の周年行事のハイディによる提案プレゼンだった。聞き手は観光客でなく自治体の仲間で、結果、評判悪くハイディ落ち込む。なんだかインテリが滔々と話すのが上手い(或いは好きな)北方ヨーロッパ的で、この映画はどこに行くの~?と心配になった。
でも心配無用之助だった。テーマは出会い、婚活、特定のパートナーの必要性可否、仕事、結婚と離婚、子どもや元パートナーとの関係、病気、孤独。主人公のマリアンヌ(女性)は医師、もう一人の主人公は看護師のトール(男性)でマリアンヌと同じ職場。マリアンヌは優秀な泌尿器科の医師、患者と看護師の話に耳を傾け、テキパキして笑顔で誰とも安定して話せて独身。トールは看護師として患者の不安や心配や思いをよく見ている。トール自身がゲイなので、患者がゲイの場合の彼らの不安や問題をマリアンヌに話し提案する。そんなことができるのも、映画の最初からでなく色々あってから。だから映画を是非見てください!
色々な職業の大人の男女が現れる。とにかくそれぞれが互いとよく話す。会話ってこうなんだなあと楽しく温かく羨ましく思った。誰か一人が偉そうにしたりもなく、誰か一人をおだてることもしない。誰も怒鳴らない、決めつけない、耳を傾ける。そんな会話の中に発見があり前に進むヒントがある。
自分のモヤモヤ感を正直に受け止めているので、拙速に何かを決めない、焦らない、そして試してみる勇気と好奇心もある。それがマリアンヌ。マリアンヌをそんな方向に関心を持たせたのがトール。生き方、人との付き合い方にはいろんな選択肢があるんだ。トールに優しさと愛おしさを覚え心が温かくなった。
全11件を表示