「「到達地」より「旅路」を愉しむ映画」ブルータリスト LittleTitanさんの映画レビュー(感想・評価)
「到達地」より「旅路」を愉しむ映画
「大事なのは到達地で、旅路ではない」という台詞とは反対に、「到達地」より「旅路」を愉しめる映画だった。自分は、建築家でも移民でもユダヤ人でもないので、ラースロー(Adrien Brody)の気持ちを分かった気になりたくない。それでも3時間長、居場所なき建築家の流浪から目を離せなかった。終盤に妻が投下する爆弾や姪が語る種明かしが「到達地」であったとしても、ラースローが苦闘する「旅路」こそ愉しめる快作だった。
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1. 居場所なきユダヤ人
序盤で印象的だったのは、娼館で投げつけられる言葉。ラースローの娼婦への美的評価への買い言葉ではあるが、お前の顔こそ醜いとう返答は強烈だった。ユダヤ人は、鼻の大きさや形を何かと揶揄されガチ。ホロコーストを何とか生き延びたラースローに、USAでも投げつけられる分かりやすい差別。新大陸での生活にも暗雲が漂う滑り出し。
とは言え、本作の終盤でも語られる通り、ユダヤ人はシオニズム運動の結果、イスラエルという「到達地」を得る。何世紀にも亘る迫害を考えれば、「祖国」の新設は悲願だったろう。ただその為に追い出されたアラブの民(パレスチナ人)はどうなるのだろう。幾度の戦争で領土を拡大し、パレスチナ人を虐げてきたイスラエルは、ヒトラーと何処が違うのだろう? 「結果が大事で過程はどうてもいい」だって? イスラエルの安穏という結果の為に、ガザを殲滅しまくるユダヤ人がどんどん嫌いになっているのが、現在の偽らざる感情。
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2. 椅子を照らし出す図書室に感銘
本作にグッと引き込まれたのが、ラースローがビューレン家に造った図書室。本棚を壁に埋め込み、雑多な家具は排除し、余白を贅沢に堪能する空間。天井から差し込む光に浮かび上がるチェアが何とも言えず美しかった。アカデミー音楽賞を獲った劇伴も素晴らしい。場面によって局長は千変万化するが、アートを表現する場面の音楽が、得も言われぬ心地よさ。
NHKドラマ『ノースライト』(2020)を想起した。横山秀夫・原作で、建築家が主役のミステリ。ブルーノ・タウトのチェアが重要な鍵となる。映像作品はやはり総合芸術。造形美の表現に、椅子と光とモダンな音楽の相性はいいらしい。
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3. レイプはあったのか?
終盤で妻エルジェーベト(Felicity Jones)が富豪ハリソン(Guy Pearce)に投げつける「強姦魔」。被害者はラースローらしい。映像的な匂わせは、大理石を求め訪ねたカッラーラ(イタリア)の夜。ヘロインに溺れたラースローを富豪はホテルのベッドで襲ったのか? エルジェーベトの伝聞以外根拠はないものの、直後にハリソンは疾走。1960年代前後、男色をアウティングされただけで自死してもおかしくない。ハリソンの生死は不明だが、ラースロー夫妻の告発が妄言でない印象だけが遺る。
敵地に単身乗り込んできたエルジェーベトの怒りは、再雇用後のラースローの様子のおかしさが、強姦に起因すると確信していたからだろう。ハリソンの息子に倒され引きずられても、毅然としたエルジェーベトに夫への愛の強さを感じた。
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4. 高い天井への拘り
1980年の場面で、ラースローが何故高い天井と、地下の通路に拘ったのか種明かしされる。部屋の狭さはナチの強制収容所を模したもの。天井の高さは自由の象徴。部屋を繋ぐ通路は夫婦の永遠の繋がり。
終盤の仕掛けに「へー」ボタンこそ押したが、伏線回収の心地よさはなかった。それ以上に、ラースローの人生の歩み一つ一つを堪能できた。
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László told his niece, "No matter what the others try and sell you, it is the destination, not the journey." However, I enjoyed the journey of László, but not his destination.