都会のひと部屋
1982年製作/96分/フランス
原題または英題:Une chambre en ville
1982年製作/96分/フランス
原題または英題:Une chambre en ville
1982年製作のフランス映画。監督・脚本は、ジャック・ドゥミ。全台詞が歌曲のミュージカル、劇場未公開作品。
1955年、仏のナント。
大規模な造船所で栄えた街だが、その造船所でスト紛争が起こっている。
デモ隊の先頭に立つ冶金工の主人公(リシャール・ベリ)は、労働者デモ隊と警察隊がしばしばぶつかり合う大通りに面した一室を間借りしている。
部屋の貸主は「女男爵」と呼ばれている(ダニエル・ダリュー扮演)。
愛する男性と結婚のために爵位を棄てたのだ。
一人娘(ドミニク・サンダ)はテレビ商(ミシェル・ピコリ)の元へ嫁いでいるが、夫婦仲は悪く、不安を紛らすために占い師の元へ通っている。
こともあろうか、占い師は彼女に「冶金工と熱烈な恋に落ちる。だが、別の男との間にトラブルが起きる」と告げる・・・
といったところからはじまる、スト扮装を背景にした男女の愛憎劇。
ナントは、ジャック・ドゥミの故郷。
労働者の街。
色彩溢れる室内セットと屋外ロケの対比が見事で、メランコリックな楽曲と結末も好み。
音楽は、ミシェル・コロンビエ。
ひとつ難癖をつけるとすると、ドミニク・サンダの下顎の歯が目立って、気になったわぁ。
多くの優れた映画作家がその当時、正当な評価を得られず理解されないまま、没後にようやく陽の目を見る事がある。ジャック・ドゥミもまたその一人だ。オープニングのタイトルバック、悲愴感に満ちた音楽と黄昏時のナントの港街の風景は、観る者の心に救いがたい寂寥感を与える。それはまるで悲劇映画のエンディングを観ている様な錯覚にすら囚われ、これから始まる物語の不幸な顛末を予感させる。「都会のひと部屋」は、ジャック・ドゥミの作品中で、最も暗く陰惨な映画であると同時に、彼の隠された作家性の本質を見事に表現した傑作である。本作が未だにまともに日本で正式に公開されないのは、ドゥミがパステルカラーに彩られ、ルグランの美しいメロディーが流れるファンタジー作家というイメージだけがあるからだろうが、彼は、決して単純な夢想家ではない。盟友のルグランからも題材が暗すぎると音楽担当を断わられ、吹替でなく肉声で歌う事を希望したカトリーヌ・ドヌーヴの出演を拒絶してでも、ドゥミがこの映画の製作に固執したのは、なぜだろうか?それはそれまでのドゥミ映画ではあからさまに描かれる事のなかった戦争や暴力に対する激しい憎悪や、権力に抵抗する闘争心、貧困や不運に対する恐怖や嘆き、死を超越した究極の愛や情念の様を、オペラに近い完璧な様式美と完成された楽曲と歌で構築したミュージカルで表現したかったのではないか?興味深いのは、同じ全編セリフが歌の代表作「シェルブールの雨傘」がポジフィルムだとしたら、この作品は人物設定やストーリー展開などその構成がネガフィルムの様である点だ。これもまたドゥミの本質なのだ。不幸な巡り合いにより運命が操られる男女の絶望的で陰惨な物語は、ドゥミが少年時代に夢中になった人形劇の様な人工的造形美の中で生身の人間臭さを排除しながらも人生模様を語る、それはまるで歌舞伎の世界にも通じる芸術性の高い作品にまで昇華させている。