「恐怖の幕の内弁当盛り」ロングレッグス Tiny-Escobarさんの映画レビュー(感想・評価)
恐怖の幕の内弁当盛り
全体的に暴走気味ですが、いい映画でした。
陰鬱だった90年代の映画から、色々と入ってます。
サスペンスなら「羊たちの沈黙」や「セブン」、ホラーなら「IT」辺りでしょうか。
やはり、ハーカー捜査官を演じたマイカモンローは素晴らしいです。サイキック版クラリススターリングといった雰囲気で、「神は銃弾」の眉毛なしアウトローとは別人でした。
今回は、めちゃくちゃ無口な陰キャです。
冒頭の、やたら襟のでかい赤シャツをスーツに組み合わせるセンスも独特。
ニコケイは言うまでもなく、全ての殻をぶち破って好き勝手していました。T.Rexが好きで、作業場にポスターも貼ってあります。シリアルキラー界最恐の男が、地元のコンビニでは最弱の変態扱い。このコントラストが面白いです。
オズパーキンスのホラーは2015年の「フェブラリィ 悪霊館」もそうでしたが、ただ悪魔の「悪意」だけでなく、その根本に、人間がふとした隙に悪魔に呑まれてしまう弱さ、あるいは守るために対峙する強さみたいなものがちゃんと描かれているので、本作も後に色々と残りました。
例えば、ニコケイが地元のコンビニで塩対応を食らった後に(当たり前ですが)車で叫びまくる場面は、だから家族がターゲットになるのかと納得がいくものでした。
その叫びは、怖くてなんか面白いのに、どこか泣けてきます。
元々泣き笑いが上手いニコケイの塩梅は見事でした。ヒトカラでの熱唱も、安定の上手さです。
映画自体の展開も、若干のオカルト感を混ぜながら始まる「羊たちの沈黙」っぽい第一幕から、急にオカルトへ舵を切る第二幕、真相が上手くまとまりつつ絶望的な余韻を残す第三幕と、よくできていました。
ただ、最初の赤ジャンパーの少女がハーカー捜査官だなというのはすぐに読めてしまうので、『その出来事自体の記憶がない』という設定が薄れてしまっている=ポラロイドに白塗りニコケイが登場したときにこちらがさほどびっくりしない感じになってしまい(観客である私は、冒頭をはっきり覚えているので)、勿体ないなと思いました。
この辺は、文章で叙述トリックが組める小説向きの描写な気がします。
ただ、悪魔の影響下にある全員がどこかぼんやりしているという設定は面白く「それの影響下にある間は、重要なことを忘れる」というのは、小説版のITで主人公たちが幼少期のことを忘れている辺りと、通じるものがあります。
しかし、ロングレッグズの第三幕は、はるかに容赦がないものでした。
人形が作られていたのは、まさかの実家の地下室。ニコケイはずっと「真下にいる」と言っていましたが、言葉通りずっと真下にいたわけです。
※元々「The man downstairs」という言い回しには「悪魔」という意味があるようです。
そして何とも最悪なことに、協力者はハーカー自身の母親。それが取引となって、今のハーカー捜査官は生きていることを『許されている』。
逆三角形の最後を飾るのは、上司のカーター一家。
いやー、なんとも残酷です。中々の後味でした。
映画としては、そこで終わるわけですが。
悪魔目線で見ると、1966年から始まった「逆三角形チャレンジ」は、どうなったのでしょうか。
ハーカー家は7番目でした。母親が人形を突き返し、母子家庭だからなのかもしれませんが、ニコケイが直々に殺しに来ます。ここで娘を守るための取引があり、ニコケイが人形を作ってハーカーの母親が届けるというツーオペになるわけですが、どんなルートを辿ったとしても、悪魔には確固たる目的意識があります。
だとしたら悪魔は、逆三角形チャレンジの間、誰に何を与えたのでしょう。
・ルビーが部屋に飾っているのは、ハーカー捜査官の人形が最後にそうなったように、頭が取れているトロフィー。
・その少し手前、出てきたルビーに対してカーター捜査官が言う「There she is.」
・手紙を解読するよりも前に、逆三角形から「父親」を連想するハーカー捜査官。
※ニコケイが実は父親なのかとも想像しましたが、さすがにそれは違ったようです。
・最初のサイキック家当てクイズでも、キャリーアンの人形を解体したときに出てきた金属の共鳴音と同じ音を聞いて、ハーカー捜査官は「あの家だ」と言い当てます。
色々と考察要素はありますが、『ハーカーが超能力的な勘の鋭さを持っている』のと、『唯一生還したキャリーアンが糸口として生かされていた』のは、悪魔がそれぞれに設定した役割で間違いなさそうです。
※キャリーアン役はフェブラリィで主演だったキーナンシプカで、切れ長のでかい目を向けながら、淡々と怖い台詞を繰り出す辺りは、相変わらずでした。
つまり、カーター家に全員が揃うあのラストは、悪魔が望んだ結末だったということになります。
しかし、ハーカー捜査官が自身の母親からルビーを守ったことで、悪魔の望んだ結末からは逸れたように見えました。
さらに、ハーカー捜査官が人形に向かって引き金を引いたとき、弾は出ませんでした。6連のシリンダーなら、それまでに3発撃っているので、もう3発残っているはずです。
90年代のサービスリボルバーで6発中3発が不発というのは、ありえない確率です。
この辺の描写が次々と繰り出されて、観た直後は上手くまとまらなかったので、家に帰ってから元の事件についておさらいをしました。
30年間で、10件の殺人。父が一家を殺し、最後に自殺。
ハーカー捜査官が事件の全容を見渡すために資料を並べるとき、バックに通報時の電話が流れます。「娘が変だ」と言う父親。
それは、「It’s my daughter」から始まり、「It's not my daughter」と続きます。
その次は、「When she’s sleeping, it’s the best time to do it.」
娘がおかしいんだ→いや、あれは娘じゃない。
眠っている間に、何とかしないと。
父親が殺したかったのは、娘なのでしょうか? 娘じゃないと言っているのだから、それはプレゼントの人形では? そして、邪悪な人形を破壊したつもりが、よくよく見ると、死んでいるのは娘の方だった。
それだと妻まで殺す説明がつきませんが、仮にそうだとすると。
3発連続で不発というあり得ないことが起きたとき、その弾は、本当に不発だったのでしょうか。仮に不発じゃなかったとしたら、銃口の先にいた相手は3発食らっていることになります。
それは、本当に人形の方?
もしかして、外に出て振り返ったら、ずっと手を引いていたのはルビー本人ではなく、実は人形だったとか?
だとしたら、ハーカー捜査官が自ら、ロングレッグズの「最後の仕事」を継いでしまったことになります。
観たときは、直後のニコケイの投げキッスで色々と忘れてしまったのですが、ずっと頭に残り続ける映画でした。