「女と男と男、分からぬ関係」ゆきてかへらぬ 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
女と男と男、分からぬ関係
この令和の時代にまで根岸吉太郎監督&田中陽造脚本コンビの新作が見られるとは…!
田中陽造は『最後の忠臣蔵』以来15年ぶり、根岸監督は『ヴィヨンの妻 桜桃とタンポポ』以来16年ぶり。それだけでめっけもんである。
田中陽造が40年以上も前に書いたというオリジナル脚本。何度も映像化の企画はあったらしいが、実現に至らず。やり残した事を名タッグでやっと日の目を見る事が出来、安堵と本望だろう。
年齢的に見ても最後になるかもしれない本作は…
大正時代。駆け出しの女優・長谷川泰子、詩人・中原中也、文芸評論家・小林秀雄。実在した3人の実際にあった奇妙な三角関係の模様を描く。
久々とも言える文芸映画の香り。
映像美は特筆もの。登場人物たちの心情に寄り添ったようなカメラワークも流麗。
こだわりの大正美術や衣装。
泰子と中也が東京に来た時の街並みや路面電車の再現には感嘆させられた。
旧きと近代が入り交じった大正特有の雰囲気に酔う。
映像美、様式美は今年の日本映画屈指だろう。
大正時代に影も形も無かった今の時代の若い3人が、大正時代に生きる若者たちの愛や息遣いを体現。
今年映画やドラマに出演作が相次いだ広瀬すずはつまり、昭和・平成・令和に生きる女性をそれぞれ演じた訳だが、もう一昔遡って大正女性まで。一年の内に4つの時代の女性を演じるのもなかなか無い体験だろうが、さすがの巧みの演じ分け。今年演じた中で最も洗練された大人の女性役だが、同時に女優としての気品、気の強さ、一人の女としてのわがままさ、愛を欲する儚さ、哀しさ、脆さ…。ほんのり色気も滲ませ、難しい役所を演じ切っている。単体でもいいが、今年見せた様々な演技、魅力、顔…。年末、何か一つでも主演女優賞を!
アニメ映画『きみの色』はあったが、木戸大聖の映画やドラマを含めて演技を見るのは個人的に初めてかもしれない。ちと拙さはあるが、その時によって見せる子供っぽさ、大人になったばかりの男、詩人としての顔…。フレッシュに魅せてくれている。
それに対し、岡田将生は落ち着いた大人の男の魅力を魅せる。
ほとんど3人芝居。大正人間と令和時代の役者、若さと演技と魅力のケミストリー。
名匠と名脚本家の久しいタッグ、演者の好演、大正文芸やこの題材…。キネ旬ではベストテン入りする事だろう。
しかしそれは、あくまで批評家目線。興行収入の結果を例に出したくはないが、一般観客から見れば…。
見るべきものは多いが、なかなかに取っ付き難い…。
大正時代に造詣があるとか、3人の関係を知っているとか、中原中也信奉者でもない限り、興味や関心は引かれないだろう。私も中原中也は名前を聞いた事があるくらい。
話や登場人物たちの心情も分かり難い。
惹かれ合う泰子と中也。ここに秀雄が加わり、友人関係の中也と秀雄に泰子は疎外感を感じる。
秀雄は泰子に想いを。衝突多くなった中也に見切りを付け、安らぎを求めて泰子は秀雄の元へ。
未練引き摺る中也。尽くす秀雄。秀雄の元に身を寄せながらも、中也の事を引き摺る泰子。
好いて、別れて。新しい相手と共にしながらも、まだ前の男を引き摺る。
お互い不満や嫌な所を口にし、会えばまた衝突しながら、2人で時には3人で会う。
苦悩や発狂するほど相手を愛しているのだろうが、それが自身の求める安らぎや愛なのか、激情に身を任せたいのか。
恋人?愛人?浮気?三位一体? この3人にしか分からない関係性。
どうしようもなく3人各々、心と心で繋がっている。
3人各々、つっかえ棒のように支え合っているが、ちょっとした事で崩れる危うさ。
あまりにも特異な関係性。そもそも理解するのが無理な話。
中也の置時計の鐘の音に発狂する泰子。中也の異常な執着心。これって、メンヘラ男女の話?…とも思う。
タイトルは色々推測出来るが、3人各々の自分の気持ち、相手への思いと読み取ったつもり。
あなた/君は私/僕の元へ来た。そして去り、帰って来なかった。
男女の関係は単純なものばかりではない。
時には交錯し、歪み、それでいて激しい。忘れられぬ一生のもの。
でもやっぱり分からない。
そんな大人の男女の世界を覗いた気がする。