「中也と泰子@広島」ゆきてかへらぬ ださいはずのさんの映画レビュー(感想・評価)
中也と泰子@広島
小説もそうだが、映画も「なにを描くか」よりも「なにを描かないか」が重要であったりする。
たとえばこの映画は、京都での中也と泰子の話から始まっている。冒頭の、セットで作られた見事な黒の色調の京の街並みと、屋根の柿の実の赤の対比が鮮烈で印象的である。ただ、泰子が広島から女優を目指してかなりの辛酸を重ねて東京に行き、しかし一か月ほどで関東大震災で心ならずも東京を離れて京都に去っていた、などの背景は語られない。
また中也も、郷里の山口で落第して居づらくなって京都の学校に親から行かせてもらった、などの背景も語られない。
さらに、中也と泰子は広島の同じ敷地内の学校に幼いころ通っていて、面識があったかどうかは不明だが、京都に知り合いも少ない中で二人が同じ場所で幼年期を過ごした気易さ、共感などは語られない。
後の泰子が、中也や小林秀雄以外の相当な文学界や演劇界の大物との交流があったことも語られない。
中也を「振った」泰子が、のちに中也ファンからのバッシングを受けたことも語られない。
おそらく監督も制作陣も、実際はさらに豊穣で複雑で多岐にわたる事実を描くというよりも、鋭敏で鮮烈で劇的でシンプルな美しい画、それを撮りたかったんだろう、そんな映画なのだと思う。
とてつもなく印象的な場面をいくつか観られたら満足できる、という観客なら楽しめるが、そうでない観客には不満が残る、そんな作品。
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