劇場公開日 2025年2月21日

「汚れつちまつた悲しみに、」ゆきてかへらぬ 琥珀糖さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0汚れつちまつた悲しみに、

2025年2月22日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

汚れつちまつた悲しみに
今日も小雪の降りかかる
汚れつちまつた悲しみに
今日も風さえ吹きすぎる

汚れつちまつた悲しみは
たとへば狐の皮袋
汚れつちまつた悲しみは
小雪のかかつてちぢこまる

汚れつちまつた悲しみは
なにのぞむもなくねがふなく
汚れつちまつた悲しみは
倦怠のうちに死を夢む

汚れつちまった悲しみに
いたいたしくも怖気づき
汚れつちまった悲しみに
なすところもなく日は暮れる……

この詩を読んで感動しない人間は居るだろうか?

この映画は長谷川泰子(広瀬すず)の映画なのです。
中原中也を描くなら、この詩は絶対に省けない
乳母車を押す中也、
哺乳瓶から乳を飲む中也、
マントを翻してローラースケートに興じる中原中也、
ラストの「ユーモア」という謎の題名のテーマ歌を省いても、
汚れつちまつた悲しみに、は、読まなくてはならない。

この詩を、冒頭か?ラストで、
テロップで流して声を被せたら、
たったの1分間で済むのに、そうすれば、
この映画は本物の芸術作品になり得たかもしれない。

久しぶりに観た【文芸作品】を。
それでも【文学】をそこはかとは感じる良い経験でした。
まず人間が描けている。
詩人・中原中也
女優・長谷川泰子
文芸評論家・小林秀雄
この3人が演じた木戸大聖、広瀬すず、岡田将生の
手堅い演技力、的確な人物像の把握、役への情熱、やる気
そのため実在しているかのような存在感が感じられる。

特に木戸大聖の演じる中也。
映画では否定していたが、17歳の旧制中学から、
女郎を買ったとの証言がある。
小林秀雄に泰子を奪われても、ちょくちょく顔を出して、
泰子が神経を病むほどの大音量で鳴る柱時計を贈る。
《中原中也と哺乳瓶そして乳母車》
これには伏線がある。
泰子が望まぬ妊娠・出産をした時、泰子を支えて、
子供の茂樹の名付け親になった中也。
案外、バンカラで豪放磊落な面倒見のいい男だったようだ。
この辺は木戸大聖も手堅く片鱗をみせている。
そして何より、中也と泰子は広島の鉄砲町で目と鼻の先に
住んでいた。
面識はなかったが、同郷でご近所なら、話が弾んだ筈だ。
中也は3歳年下にも関わらず、乳飲み子を抱えた泰子の面倒を
良く見ている。
【乳母車も哺乳瓶】も茂樹との交流に寄るものだろう。
ある意味で知的で冷たい小林秀雄より、情の濃い男。
中原中也の、
30年の生涯は濃縮されて濃い特濃のものだったのである。

岡田将生は小林秀雄にうってつけで、美貌と嫌味なほど知的で繊細。
料理の出来ない泰子を気遣い、ゆうげの食べ物を毎食買っ作る。
しかしどうだろう?
泰子は、中原の部屋に泊まった朝、味噌汁をそれもあり合わせで
生姜の味噌汁を手作りしている。
中也と暮らしていれば泰子の神経症は出ない。
それでも中也と秀雄は泰子を挟んで交流を続ける。

監督の根岸吉太郎は2009年の太宰治を描いた
「ヴィヨンの妻〜桜桃とタンポポ」以来16年ぶりの長編映画。
もともとは有名監督なので、「遠雷」と「ヴィヨンの妻」は観ている。
「遠雷」は有り余る若さが画面から迸っていた。
それに較べると今回の熱量の不足は否めない。
中原中也役の演者が見つからず、40年以上前の田中陽三の脚本が
やっと日の目をみたそうだが、

美しい良い役者(広瀬すずと岡田将生)を見ていると、
一瞬も目を離せず、一瞬も飽きる事が無かったが、
感動したかと聞かれれば、湧き上がる興奮は沸点を越えず
化学反応は起こらなかった。
なりふり構わず情に訴えるには、
広瀬すずの美しい背中を見つつ、
広瀬すずの見事な日本髪の美しさをしても、
足りない。
岡田将生は小林が掴めず不完全燃焼という。
圧倒的な芸術の香りや破壊力と熱量が微量な気がする。
根岸吉太郎監督は案外ニヒルな人なのかもしれない。

琥珀糖
ノーキッキングさんのコメント
2025年2月22日

表題替えた時にオフをおしちまったかなしみに、ああ、おまえはなにをやっているのだ……
東京、晴れました!

ノーキッキング
ノーキッキングさんのコメント
2025年2月22日

表題替えました。東京、突然、雪です! (私のうえに降る雪は)にすればよかった。

ノーキッキング