劇場公開日 2024年11月8日

「「AIで人の心を再現できるか」という平野啓一郎の問いを、石井裕也監督&主演・池松壮亮が的確かつタイムリーに映像化」本心 高森 郁哉さんの映画レビュー(感想・評価)

4.5「AIで人の心を再現できるか」という平野啓一郎の問いを、石井裕也監督&主演・池松壮亮が的確かつタイムリーに映像化

2024年11月30日
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鑑賞方法:試写会

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平野啓一郎の熱心な読者ではないのだが、映画化された近著「ある男」「本心」、そして今年10月に刊行された短編集「富士山」に収録された「息吹」に共通して感じるのは、古くから行われてきた人間の実存をめぐる探究に、21世紀の知見と現実を交えて自身の小説で取り組んでいるのではないかということ。これの前に書いた「動物界」のレビューで実存というワードを使ったことから思いついた程度だが、もう少し具体的に書くなら、比較的最近の科学・技術の成果や、個人のアイデンティティーと生存に関わる社会通念・倫理観・法律(と違法・脱法行為)をストーリーに取り入れたのが、先に挙げた平野の小説群ではないかと。

「ある男」は闇ブローカーを通じて戸籍を他人と交換し、別の人間として後半生を生きた男をめぐる話。「息吹」では主人公の中年男性が、偶然の出来事がきっかけで受けた検査で悪性ポリープを早期発見できた人生と、がん発見が遅すぎて死に向かう人生の両方をリアルな実感とともに行き来する話(「シュレーディンガーの猫」の状態や「量子もつれ」の現象を想起させる)。

そしてこの「本心」では、バーチャル・フィギュア(VF)と「リアル・アバター」という2つの架空のハイテクサービスが登場する。ベースになっているのは、ユーザーが仮想空間でアバターを操る仮想現実(VR)、ヘッドマウントディスプレイ(ゴーグル)を装着したユーザーに現実世界とバーチャルな3Dオブジェクトを重ねて見せる複合現実(MR)、そしてChatGPTなど生成AIの登場によりここ数年で世間でも一気に認知されるようになった人工知能(AI)。“自由死”と呼ばれる尊厳死が合法化された近未来、自由死を望んだ亡き母・秋子(田中裕子)の本心を知ろうとして、朔也(池松壮亮)は母のVFを作ってもらい、ゴーグルを装着して居住空間でVFの母と会話する。朔也が新たに得た仕事のリアル・アバターとは、カメラを搭載したゴーグルを装着して遠隔の依頼主の指示通りに買物や旅行などを行うもの。

池松は本作の主人公のように、まじめで誠実で、繊細でどちらかといえば内向的、理不尽な仕打ちやいわれなき中傷を受けても耐えようとするキャラクターがよく似合う(「宮本から君へ」や「ぼくのお日さま」など)。リアル・アバターの仕事中、悪意ある依頼主に振り回されて心身が疲弊していくさまは、ケン・ローチ監督が宅配ドライバーの過酷な労働現場を描いた「家族を想うとき」を思い出した。

田中裕子も実に素晴らしく、彼女以外のキャスティングは考えられないと確信したほど。北の離島で失踪した夫を30年待ち続ける妻を演じた「千夜、一夜」のレビューで、「田中裕子が近年体現してきたキャラクターたちは、彼女の存在感も相まって、女性は、母親はこうあってほしいというような、理想の女性像、母親像を観客が投影しやすくなっているのかもしれない」と書いたが、本作もまさにそう。

初出が新聞連載だった「本心」の掲載時期は2019年9月から2020年7月で、平野は連載中の心境に新型コロナのパンデミックが影響を及ぼしたと語っている。フィジカル(身体的、物理的)な距離と“心の距離”、映像越しのリモートなコミュニケーションなどは、コロナの時期を経験した後で、よりリアルに迫ってくる要素。石井裕也監督の映画としては、「茜色に焼かれる」「愛にイナズマ」と合わせて“コロナ三部作”と総称したい重要な作品群だ。

高森 郁哉