劇場公開日 2024年9月14日

「人間という生き物の終わりを静かにみつめる」あなたのおみとり La Stradaさんの映画レビュー(感想・評価)

人間という生き物の終わりを静かにみつめる

2024年10月22日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 自宅での最期を望んだ末期ガンのお父さんを看取るお母さんを息子である村上監督が記録したドキュメンタリーです。と言うと重苦しい映画を想像しがちですが、この映画の素晴らしいところは、登場人物の誰も、そしてそれを観ている我々も全く涙を流さないところです。ご自身のお父さんの死を記録するという感情に溺れることなく、死に向かって変化していくお父さんをクールに記録します。そこには、監督がこれまで撮ってこられた蟹やシジミ・猫に向けられたのと同じ様な、対象と少し距離を取った好奇心が窺えます。だからこそ我々も感動を強制される事なく落ち着いてお母さんの日常を見つめる事ができるのでした。

 また、老いた妻が長年連れ添った夫の最後を看取るというと「美しい夫婦愛」の物語になりそうですが、そうはしないのもまた本作の特徴です。お母さんは、これまでのお父さんへの恨み辛みをボソボソ語り、献身的と見える看病も最後の仕事を務めているだけとも映ります。それもまた、他人が伺い知れない老夫婦の現実なのでしょう。

 でもね、最後の最後。臨終間近のお父さんの枕元で次々と童謡を歌って聞かせるお母さんの姿には愛情が満ち溢れているのです。また、意識の混濁したお父さんが夢の中で小学校教師時代の授業を突然始めたうわ言に、あたかも生徒の様にお母さんが答える会話のお話は、これまで聞いた事もない美しい夫婦愛のエピソードでした。

 「自分の父親の最期も映像に収めるなんて映画監督は業の深い仕事だな」という思いが鑑賞前には少しあったのですが、上映後のトークで監督が「父の死を撮りながらも楽しかった。高揚感・充実感があった」とお話になったのを聞いてそんな疑問がスッと消えました。人間という生き物の終わりを捉えた見事な作品だと思います。

La Strada