劇場公開日 2024年12月27日

「作家特有の心理を余すところなく描いた特上コメディ」私にふさわしいホテル 鶏さんの映画レビュー(感想・評価)

4.5作家特有の心理を余すところなく描いた特上コメディ

2024年12月30日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

今年最後の劇場鑑賞は、のん主演の「私にふさわしいホテル」。のん主演の映画としては、個人的に「さかなのこ」以来でしたが、いや~面白かった!予告編に出ていた”文豪コール”は、かなりサブイ感じだったので一抹の不安はあったものの、実際観たらそんな不安は杞憂に終わり、終始笑いが散りばめられていて大変満足出来ました。また、”男尊女卑の文学界で若手女流作家が大御所男性作家に下剋上”的な宣伝文句もあったので、いわゆるフェミニズム色の強いお話かと思いきや、完全にコメディに振り切った作品で、あらゆる点で予想が裏切られる作品でした。

「さかなのこ」の時ののんは、”さかなクン”という唯一無二の実在のキャラクターに性別を超えてピッタリとハマっていましたが、本作でも超絶に個性的な若手作家の役が、彼女でなければ成り立たなかったのではないかと思うほどのハマり役でした。特に彼女ならではと思えたのは、お世辞にも良いとは言えないペンの持ち方や箸の持ち方をはじめ、ちょっと舌足らずな喋り方などが目に付きましたが、これがのんの素の状態なのか、はたまた今回演じた変幻自在の”中島加代子”という登場人物の描写の一環なのか、その境目が全く分らない程に自然に演じられていたところが絶妙でした。ただ、銀座のクラブで「夜霧よ今夜もありがとう」を唄う彼女を観たら、全ては計算しつくされた演技なんだと思わざるを得ない素晴らしい歌声で、これには脱帽でした。

また、敵役の東十条宗典を演じた滝藤賢一も素晴らしかった。とにかくナチュラルなのんに比べると、かなり作り込んだ演技でしたが、時に中島加代子と丁々発止にやり合い、時に騙され、時に共闘するという役柄で、こちらも滝藤賢一の懐の深さが光っていました。

いずれにしても、役者の演技が光った本作でしたが、やはり柚木麻子先生の原作がとても魅力的だったのだと思われます。コメディとして描かれてはいましたが、売れない作家の悲哀とか、自分の作品を自分の分身の如く可愛がる作家の心理とか、ライバル作家の弱点を調べつくす執着心など、筒井康隆先生の「大いなる助走」でも描かれていたことであり、きっと作家全般が持っている特性なんだろうなと感じたところでした。

最後に触れておかないといけないのは、舞台となった「山の上ホテル」。神田駿河台の丘の上に鎮座する同ホテルは、本作中でも紹介されていたように、多くの文豪が愛したホテルでしたが、建物の老朽化のため今年2月に休館していました。その後11月になって、隣接する明治大学が同ホテルの土地建物を取得するという発表があり、再開を目指すと報じられました。見た目も美しいこのホテルで撮影が出来たことも本作の成功の鍵だったと思われますが、1日も早く営業が再開されることを願って止みません。

そんな訳で、本作の評価は★4.4とします。

鶏