「こんな夏に誰がした 生活保護制度を通して見えてくるこの社会の歪み」悪い夏 レントさんの映画レビュー(感想・評価)
こんな夏に誰がした 生活保護制度を通して見えてくるこの社会の歪み
原作は染井為人の大衆小説で中身はスラスラ読めるので時間つぶしにはちょうどいい作品、それなりに社会風刺も効いている。
温暖化による猛暑は毎年のように記録を更新する勢い。今年も各地で観測史上最高気温が記録されるんだろう。もはや地球温暖化どころか地球沸騰化と言われる。そんな中で景気後退により庶民生活は相変わらず厳しく、電気代節約のためエアコンを控えた熱中症のご老人たちを乗せた救急車が町中サイレンを響かせる夏に今年もなりそうだ。こんな夏にいったい誰がした。
市役所の生活福祉課保護担当課に勤める主人公佐々木守はうぶで真面目な青年。そんな彼に生活保護制度に群がるハイエナたちの魔の手が迫る。
守の同僚高野から不正受給を見逃す代わりに脅されていた愛美と知り合い、うぶな守は初めて恋に落ちる。しかしその恋はハイエナたちによる罠だった。高野の代わりに守は美人局の金本らに脅され不正受給の片棒を担がされるはめに。そして初恋の愛美に裏切られたショックで彼は負のスパイラルに落ち込んでいく。
物語はまさに生活保護制度を中心に繰り広げられる。何とか不正受給をしようとするもの、制度を悪用して生活保護ビジネスにしようとする経済ヤクザ、生活に困窮してなんとか生活保護を受けたいというもの、受給者の弱みに付け込み私欲を尽くそうとする職員。それらの思惑が交錯し、二転三転する群像劇。そんなサスペンスが繰り広げられる中で主軸となる生活保護を取り巻く社会の問題点が浮き彫りになる。
守を脅す金本が言う。不正受給はどんどんやるべきだ。まじめに働いても生活保護費以下の収入でしか暮らせないこの国がおかしいのだと。原作ではこれに加えて生活保護を受給している人間に批判の矛先を向けるのではなく、こんな社会にした国に批判を向けるべきだと。
制度の悪用をしている金本に言う資格はないが、彼に利用されたホームレスたちには確かに言う資格のある意見だ。
日本での生活保護捕捉率はたったの2割だという。これは先進各国、たとえばイギリスやフランスなどが9割なのを見ても極端に低い数字とわかる。
日本で捕捉率が低い理由の一つとして、日本人には他人様に迷惑をかけてはいけない、世間に迷惑をかけてはいけないという考えが根強いため、たとえ受給要件を満たしていても申請しない人が多いのだという。それに加えて近年の自己責任論、そして生活保護バッシングがさらに拍車をかけている。ただでさえ先進各国より低い捕捉率が今なお低いままなのはそういった要因による。
他人様に迷惑をかけてはいけないという道徳律は一見立派な考えにも聞こえる。しかしそれは裏を返せば他人に迷惑をかけるような人間は害悪であるという考えになる。生活保護バッシングはその考えが根底にある。
インドでは人間とは他人に迷惑をかけて育つものだという考えが一般的だ。他人に迷惑をかけて生きてきたんだから、あなたも他人を許しなさい、他人が助けを求めてきたら救いの手を差し伸べなさい。これはまさに日本と真逆の考えだ。日本では過去に生活保護を受けるのを良しとせず自宅で餓死した男性のニュースが取り上げられた。その傍らにはおにぎりが食べたいというメモ書きが残されていたという。他人に迷惑をかけてはいけないという考えは他人に助けを求めてはいけないという考えにつながる。それが原因で起きた悲劇だった。
新自由主義的経済政策による富裕層への減税、消費増税、非正規雇用の拡大でかつて一億総中流と言われた日本もいまや中流層は減少し貧困層が増え、富裕層と貧困層の二極化が進んだ。格差は是正されるどころか固定化されその差は大きくなるばかり。貧困層が増えれば今回のようなコロナ禍の影響がもろに出て生活困窮者が増大し生活保護申請もさすがに増えて財政を圧迫しているという。そもそも法人税引き下げのために消費増税で庶民の生活を圧迫したり、正規雇用を減らすことにより生活困窮の土台を作り上げたにもかかわらず一度下げた法人税を上げるのには難色を示す、かわりに社会保障費にそのぶん跳ね返るという悪循環。
そういう社会状況を作り出した国に対して批判の矛先を向けるべきだという金本の意見だけは確かにもっともだ。しかし現実には国民同士の生活保護バッシングである。向けるべき批判の矛先を間違えているのだ。これもよく言う分割統治である。
愛美に裏切られた守は自暴自棄になり窓口に来た母子家庭で困窮していた古川佳澄に厳しい言葉を投げつけて追い返してしまう。後日彼のもとに警察の人間が訪れて彼女が子供と心中を図ったことを知らされ愕然とする。
ここがまさに本作のテーマである制度のゆがみを如実に描いている。制度を悪用する人間たちの申請を受理し、本当に制度による保護を必要としている人間にはその恩恵にあずからせないという。
衝撃的な事実を知らされて自己嫌悪でいっぱいになった守も愛美と心中を図ろうとする。そこで山田や金本、元同僚の高野や彼を追い続けた不倫相手の宮田有子までが入り乱れての大混乱となる。この辺はかなりドタバタ劇の様相を呈している。
ただここで注目すべきは愛美の行動であった。今まで自分の娘はおろか自身のことさえもどこか他人事のように関心のなかった彼女がこの危険な状況から娘美空を守ろうとする。恵まれない生い立ちで自分を愛せなかった彼女が娘を本能的に守ろうという思いが生まれた瞬間だった。守のゴリラの母親の話の伏線がここで生きてくる。救いようのない人間たちの中で唯一彼女だけが救われた瞬間であった。
本作は生活保護制度を悪用しようとした人間たちの姿を通して制度のゆがみ、社会のゆがみを描いた作品。
原作と比べてかなりマイルドな仕上がりで、子供への暴力シーンはさすがに無理だと思うが、守の闇落ちっぷりが生ぬるかったり、古川親子の末路についても変更されている。レイティングのこともあるから仕方がないのかもしれないが。オチも皮肉が効いたものとは違いハッピーエンドに描かれているため社会風刺としての原作の意図はかなり失われている。
本作を見て胸糞が悪いと感じられた方もいるらしいが原作通りにしていれば更に胸糞の悪さを感じるのかも知れない。だが現実に起きてることはこれとは比べようもないくらいなのだが。
作品ラストで生活保護を受けれなかった古川親子もその後受給できたのか幸せそうな姿を宮田有子とのすれ違いざまに見せるがあそこは守がそれらしき親子とすれ違い実は人違いだったとする方が原作がより引き立つのにと思った。
キャスティングは素晴らしい。金本役の窪田をのぞいてほぼイメージ通りだった。愛美役の河合優美もそのまんまだし、荒んだ主婦古川佳澄を演じた木南はやりすぎというくらい真に迫っていた。助演女優賞は彼女で決まり。
金本役の窪田だけが個人的にはミスマッチと思ってたが、鑑賞してみてキャラクター設定がそもそも変えられてるので納得。でもまじめな一市民である守と真逆な闇の世界の悪の象徴である金本の設定は本作のかなめともいえる存在なので変えてほしくなかった。どう見てもあれではただのチャラいチンピラだからねえ。
古川佳澄は背景を削られすぎた上に、少ない出番で「月の求人応募が3件」なので、自業自得感が強まったような…
それに対する守の言葉が、どこまで現実でどこから妄想かボカす演出はよかった。
終盤の山田が好きだったので、そこはちょっと残念。
北村匠海も悪くないし演技力は申し分なかったけど、最初から目が強かったので、林遣都の方がハマったかも。
共感ありがとうございます。
映画より現実の方がエグい・・と思わせる作品を何本観てきた事か。こういうのばっかり観てると全然気分良くないので、コスパ?悪いのかもしれませんね。