宝島のレビュー・感想・評価
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長さ活かせてない……あと今何歳?
お芝居と美術は素晴らしい!
だけど、長いくせにセットアップがしっかりされていないので、人間関係とか気になる事が多く引っかかって集中出来ない。
冒頭の事件は洒落た編集じゃなくて良いからしっかりと人間関係や時代背景を見せて欲しかった。オンちゃんがいる前と後でどう変わったかとか?
一応、冒頭で人物の紹介ナレと年代テロップ入るが、
ナレ聞き取りづらくてストレス。
年代テロップ入るが、前の年代を覚えて無いので、
さっきのから何年経過した??とストレス
また、大幅に年月が過ぎるのに、
実際に起きた事件を見せたいだけで、
その間の心情変化があまり描かれてないので残念。。。
ドキュメンタリー映画って思ってしまう……
1度だけ6年後とナレで説明するが、
刑事になったグスクが現場で偉そうで
あれっ新米じゃないの?いま何歳設定?
てか、冒頭のは全員未成年設定じゃなかったの?
一体いま皆んな何歳?
瑛太は何歳設定だったんだ?
すずとの年齢差って???
と、ずっとそれが付き纏って物語に集中出来ず、
もの凄く長く感じてしまった。
芝居は良いんだけど、
これは若気の至りで発言してるのか?
おっさんが青臭い事言ってんのか?
事件から何年経ってそうなのか?
(事件からは年代自分で覚えてればわかりますが)
それによって見え方が全然違うと思うのに、
いまこの人何歳?とか
何年経過してこの気持ち?とか
いらん事が気になって芝居の良さが半減!
監督は頭が良い人なのだろうが、
見てる人に合わせて少し説明して欲しい。
説明するのがダサいとか思ってるのかな?
レジェバタ同様、年月が飛ぶ作品向いてないと思う
あとラストと締め方が……微妙
美術と芝居と時代背景は
とても良く描かれているので、その分の★2
原作読んでる人は見え方全く違うんだろうな
韓国映画を意識
私の予想に反して沖縄県民の内地に対する本音や怒りをストレートに表現した作品だったことに大変驚きました。
韓国では「タクシー運転手 ~約束は海を越えて~」が韓国政治の恥部を描いたにも関わらず大衆映画として大ヒットしましたが、日本でもやっと宮森小学校ジェット機墜落事故やコザ暴動のことをインディペンデントではなく、東映で製作したんですね。明らかに昨今の韓国映画を意識して製作されていると思いましたが、今一歩韓国映画には及ばずといったところでしょうか。
もし沖縄戦がなければもっと教育に力を入れることができたでしょう。もし基地がなければ、独自の新たな産業が産まれたでしょう。そうすれば、内地との所得格差もここまで広がらなかったのではないでしょうか。米兵の犯罪に巻き込まれることもないですし、基地に核を持ち込まれることもないでしょう。
沖縄県民が当たり前に感じる様々な思いや悔しさがスクリーンを通じて想像できたので、沖縄史を知らない人にこの史実を伝える使命を持った作品だと思います。癒しの島という言葉の下には数えきれないほどの沖縄県民の犠牲があるということも。
オン、レイ、ウタの秘密と経済界と米軍の関係をもっとスリリングに後半盛り上げることができたら、韓国映画の名作にもう一歩近づけたのかな?本作は内容的に今は興行収入は難しいとは思いますが、日本映画界は観客が育てていかなければならないと思っていますので、今後も期待していますし気骨な作品であれば必ず観に行きます。それにしても、塚本監督の出番が多くて嬉しくなりました〜。
嘘だろ〜やらせか
コザ暴動の煮えたぎる沖縄人の怒りを感じろ。宝島で感じよう。
この映画は沖縄関連で言えば「ちゅらさん」を制作した監督大友啓史氏が満を持して作ったというふれ込みで真藤順丈の直木賞受賞作を原作もとに作られた。役者にメッセージを話させ過ぎている。戦争と米軍基地から生じる、今も続く沖縄の虐げられた状況は丁寧に描いているが、映画は映像でメッセージを伝えなければならないと私は考えている。この点ではAサインバーの女給のチバナがコザ暴動のシーンで最初は暴動をやめろと叫んだが、その後にもっとやれと叫ぶシーンは圧巻である。暴動で米兵が外出禁止令が出たら、米兵が来なくてAサインバーは儲からなくなる。やめて欲しいが米軍の事故や犯罪被害に遭っても、少額の賠償金ですまされ犯罪米兵は無罪となる虐げられた沖縄人の心の底を肌で感じているチバナはもっとやれと叫んだ。煮えたぎる沖縄人の怒りを感じましょう。宝島は見るべき映画だと思う。
沖縄を、日本を、歴史を、いまを想う
宝島を観てきました。
るろうに剣心から、大友啓史監督が好きで。
3時間を超える映画でしたが、惹き込まれてあっという間に感じました。
沖縄県民の1/4が亡くなった戦争、1972年まで続いた占領、基地が残る返還後。ひとことでは現せない、踏み躙られてきた沖縄の歴史。
この原作を見出し、このような映画を作ろうと思う監督も製作サイドも相当の覚悟があると思いました。沖縄の苦しさを体感してきました😭
横浜でも、1977年に米軍のヘリコプターが不時着し3人の母子が亡くなった事件がありました。
戦後80年を迎えていますが、私たちは戦後の世界に生きている。いや、今でもあちこちで戦争している地球。
あんぱんの最終回も一緒に見た娘にも、きっと伝わってくれたかな。
近年稀に見る駄作
直木賞の原作、キャストを揃えて、予算も投入、それでこの内容、
脚本?、監督?誰のせいでこうなった?
原作未読だが、こんな支離滅裂な内容ではないのではないかと思う。
私は沖縄市に住んでいたこともあるので、平均的な日本人よりは沖縄のことを知っているつもりだし、その苦しみは正当に伝えられるべきだとは思う。
が、映画はあくまでエンタメ。
主張を伝えることは構わないが、ストーリーの骨子があっての話。
それができないなら、ドキュメンタリーを撮るのが正解。
窪田正孝の鬼気迫る演技、コザ暴動の迫力などところどころに絵力はあるが、ただそれだけ。
お金かけたな〜、役者さん頑張ったな〜、くらいの感想。
リーダーのオンのカリスマ性もどこにあるのか描写が薄っぺらいし、グスクはいつの間にか結婚してるし、ヤマコはさほどストーリーの骨子には絡まず運動家のイメージ、レイの鬼気迫る演技も空回り。
ウタを中心としたストーリーの骨子を映像で上手く表現できていない、
その割に3時間超えの一貫性の無いダラダラした内容、苦痛でしかなく、久々に時計を気にしながらの鑑賞になった。
CGなどに頼らずとも、過去の資料映像などの方がよほど伝わることもある、そういうの挟みつつ、もっと演者を活かした重厚なドラマ作りができたのではないかと思わずにはいられない。
主要キャストが沖縄顔じゃない問題
本作監督のSNSでの騒ぎに不快感が出て初週を避けて鑑賞
総評としては良いところだらけなのに大事な1ピースが欠けたせいで凡作になった映画
原作未読だけど、間違いなく神原作
映画製作にしっかりお金がかけられていて
しかも地味な部分にもお金が使われていて綺羅びやかな部分にお金が使われていていた国宝よりこちらの方が全体として映像ははるかに格上にみえた
アメリが人にみせても恥ずかしくないレベルでしっかりした映像で監督の強いこだわりも感じた
もしかしたらアカデミーも視野に入れてたか?
今作監督の前作レジェンドアンドバタフライも美術なとしっかりしてて好きだった
ストーリーも映像も相当良かった
ただ
主要キャストに沖縄人どころかTHE沖縄顔さえいないのがとにかく終始気になり続けてノイズでしかなかった
ストーリーも映像も素晴らしいのにこのテーマを沖縄人に語らせないって何で?
肝心なキャストで商業に走ってしまいリアリティも説得力も失ってしまっているように感じた
いくら日焼けしたってイントネーションや骨格はどうにもならん
明らかに関東人ぽいし有名俳優で他の作品もちらつくし沖縄のこと叫んでも感情移入が全然できなかった
まあ、大金投じてるから主演2人くらいは製作会社側からの要求あればのんでも仕方ないと思う(妻夫木くんは違和感あまり無かった)がオンちゃんまで本州俳優にする必要あったか?
オンちゃん沖縄の象徴みたいなポジやろ、そここそ尚玄さんとかで良かっただろ
尚玄さんが外国人とっちめてるシーンでどれだけテンション上がったか、あそこがハイライトやわ
ヤマコもそれこそ国仲さんとかで観たかったかなあ
ゴザ騒動シーンの高揚感も強烈だったが、裏の主要キャストによる基地でのやり取りで急激にリアルからフィクションへ気持ちが切り替わってしまった
もっともっと良い国籍問わず万人の心に刺さる映画になったはず
ちゃんと沖縄人キャスティング出来てたらこの映像は伝説作にさえなったかもしれない
他はちゃんとこだわって本物なのにキャスティングだけ欠けてしまい凡作になった
そんな映画だった
命(ぬち)どぅ宝
大和んちゅの言う沖縄の平和って、見せかけの治安の良ささ。そのためにうちなんちゅはずっと我慢し続けなければいけないって言うのか。
戦後の沖縄の苦難の歴史と文化が知れて、テーマは良かったですが、物語にはそれほど感動できませんでした。
必要なのかと思う所がありましたし、暴力的な描写を入れるなら、”那覇派”と”コザ派”の説明もして欲しいと思いました。
私は沖縄に行ったことが無く、直接的に貢献しては居ないので、気持ちだけでも寄り添いたいと思います。米軍関係者が事件を起こす度に、なぜ日米地位協定を見直そうという方向にいかないんだろうと悔しく思います。読谷村のチビチリガマでの損壊事件はとても残念でした。
こういうメッセージ性の高い作品は、多くの人に観てもらいたいです。
長尺だという意見に対して批判的なコメントもありますが、時間の感覚は人によって違いますし、長いと感じる理由もそれぞれでしょう。
映画は映画館で観たい私としては、時間の都合が中々つきませんでしたし、191分は疲れるので長いと感じました。
普段映画を観ない人は、時間の長さだけで敬遠するかもしれません。
観客は15人位でしたが、私が一番年下のようでした。若い人に観せたいのに。
星の評価に、時間の件は入れていません。内容についてです。演技は熱演でした。
起承転結が欲しかったかな
山あり谷あり、じゃなくてずっと谷谷谷、、、みたいな。戦争や米軍統治が問題なのはわかるけど、3時間そればかり見るのもな。起伏が無いのよね。喧嘩して殴ったり嘉手納基地逃げるシーンだけで、情報量が無いんだよな。じゃあ、どうすればよかった?
例えば、思いつくネタとしてはこういうのはどうですか? 沖縄って昔Bドル札使ってて、通貨高で日本本土と違って製造業で海外相手に安く販売できなかった、だから高度経済成長に乗れなかった、とか。思いやり予算と米軍基地のアンビバレンツ的感情とか、方言しか話せない親世代と方言例とか。いくらでもネタにできそうだけど。この映画暴力と人が泣いてるシーンしかなくて情報量が無いんだよね。なんでこういう脚本になったのか気になる。
あと3時間は長すぎる。1時間ぐらいの内容だよ。暴力シーンとか例えばね、すぐに切り替えて喧嘩後のシーンでも良くない?ヤクザ映画みたいにそこを見せたいならいいけど。なんか、10秒ぐらい嗚咽したり対峙するシーンが多かった、昔の邦画みたいな。省略しても良いシーンはすべき。
あと役者さんがみんな方言使ってるのは良かった。なんかでも、人との距離感っていうか社会的役割の感覚?は本土の人でそこが新鮮だった。全然沖縄っぽくないんですよ。てーげーやさ、なんて言いそうにないもん。みんなシュっとしてる。
でもやっぱり長すぎるし退屈だったのでこの点数にさせてください。ごめんね。
もう1つの沖縄の顔
巨額の製作費と豪華俳優陣で紡ぎ出された、大赤字(予定)作品
【イントロダクション】
真藤順丈(しんどうじゅんじょう)による直木賞受賞の同名原作の映画化。戦後沖縄を舞台に幼馴染達の運命が交錯していく。
出演に妻夫木聡、広瀬すず、窪田正孝、永山瑛太ら。
監督・脚本は、『るろうに剣心』シリーズ(2012、14、21)の大友啓史。その他脚本に、高田亮、大浦光太。
【ストーリー】
1952年、アメリカ統治下時代の沖縄。孤児のグスク(妻夫木聡)は、幼馴染でありグループのリーダー格・オンちゃん(永山瑛太)を中心に、オンちゃんの弟レイ(窪田正孝)らと共に米軍基地に忍び込んで物資を盗む“戦果アギヤー”として活動していた。
オンちゃんはグループの紅一点ヤマコ(広瀬すず)と付き合っており、いずれ戦果を元手に学校を建てる事を夢見ていた。
ある日、極東最大の米軍基地「キャンプ・カデナ」に侵入した際、米軍兵に見つかってしまい逃亡を余儀なくされる。グループはバラバラとなって逃げまどい、レイは逮捕されてしまう。グスクは辛うじて帰還を果たすが、その日以降、オンちゃんは消息不明となってしまう。
時は経ち、1959年。グスクは警官となってオンちゃんの行方を探していた。ヤマコは猛勉強の末に夢であった教師として働く事になる。一方、レイは収容所時代に舐められまいと看守を暴行して凶暴性を発揮し、出所後は地元のヤクザの下で働いていた。
米軍兵による娼婦の暴行事件が社会問題となる中、グスクは捜査の過程で米民政府官僚のアーヴィン(デリック・ドーバー)と通訳の小松(中村蒼)と知り合う。
ヤマコは地元の小学校で教師として勤務し始めるが、米軍機の小学校への墜落事故(宮森小学校米軍機墜落事故)により多数の死傷者が出てしまう。アメリカ側がパイロットを無罪とした事で、住民達の反米感情はより一層強まっていった。事件をキッカケに、ヤマコも地元民と共に抗議デモに参加するようになる。
一方のレイは、ヤクザを辞めて米軍兵をターゲットにした襲撃事件を起こすテロリストのグループに加入していた。
【感想】
原作未読。
元々、本作の鑑賞は公開時期の情報がアナウンスされた時点から決めていたが、他の話題作と同時期に上映され、また本作の上映時間が191分という破格の長尺な事もあり、劇場に足を運ぶのが他作品より後になってしまった。
その間に、製作費25億円という邦画では珍しい規模の莫大な予算が投じられた事、それに対して他の話題作の影に埋もれて厳しいスタートを切った事、賛否両論である事から監督の大友啓史氏自らXにて批判ポストにリプライを飛ばしているという事を目にしてしまい、少々身構えての鑑賞となった。
特に、監督自ら批判ポストに片っ端からリプライを飛ばしに行くというのは、マーケティングとしても完全なる悪手であると思われ、今後、とても製作費の25億円を回収出来るとは思えず、東映にとっては大きな赤字となってしまう事だろう。
公開時期も運が悪く、他の話題作に観客を持って行かれてしまい、興行成績1億5600万円で週末興収7位スタートという厳しい出足となってしまった。
話題性も観客反応も抜群で、日本映画界トップクラスのロケットスタートを切った『劇場版 チェンソーマン レゼ篇』は勿論、歴史的特大ヒット爆進中の『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来』といったアニメ作品。実写作品としても、話題性十分で粘り強い集客を見せる『8番出口』、東野圭吾原作&福山雅治主演として前週から引き続き安定した集客を見せる『ブラック・ショーマン』、未だ脅威の集客力を見せ、邦画史上歴代2位の興行収入を積み上げている『国宝』等の作品が強く、そんな中で上映時間191分の大作である本作はあまりにも条件が悪かったと言えるだろう。
本来、興行収入1億5000万円超えでスタートというのは、邦画実写において決して悪くない数字であるにも拘らず、7位スタートというのは、やはり強豪作ひしめく中での公開となってしまった事も無関係ではないだろう。
そんな本作に、まず声を大にして言いたいのは、《たとえ悲痛な史実を基にしていようと、作品として伝えたいメッセージがどんなに政治的・倫理的に正しいものだとしても、それが作品の「面白さ」を担保するものではない》という事だ。
米軍兵による婦女暴行、宮森小学校米軍機墜落事故、ラストのコザ暴動と、沖縄が辿ってきた悲しい歴史は、本作を鑑賞するまで何も知らなかった自分にとって強烈なインパクトを残した。
クライマックスでグスクとレイが「キャンプ・カデナ」で繰り広げる、「暴力に暴力で返しても何も変わらない」「こうでもしないと何も変えらない」「こんな野蛮な事が長続きするようなら、人間は終わりだ」という問答の痛烈なメッセージ性、グスクの言葉を信頼するアーヴィンの姿に「同じ人間なんだから、歩み寄る事だって出来るはずだ」という希望を託して見せているのは理解出来る。しかし、そうした正しい主張や願いも、作品自体に興味を惹かれなければ、単なる綺麗事の羅列に終わってしまうのだ。
また、ラストでレイはオンちゃんの遺骨を葬儀で供養した様子を遠くから眺めて姿を消したが、度々米軍兵を襲撃し、ヤクザとはいえ人を数人殺め、米軍基地に侵入してテロを画策した首謀者が、何のお咎めもなしに野放しというのは不味くはないだろうか?彼の行いを列挙すると、理不尽な対応ばかりしていたアメリカ側と同じ、いやそれ以上に悪質な行いばかりしており、クライマックスでの彼の訴えも「どの面下げて言っているんだ?」となってしまうではないか。
そもそも、本作の物語は皆が皆何年経ってもオンちゃんを中心に行動し続けているのだが、オンちゃんの人間的な魅力がこちらに十分に提示されていないので、皆が彼を諦め切れずにいる姿に共感しづらかった。だからこそ、レイがオンちゃんの行方を追って人生を狂わせていく様子も滑稽に映る。これが、オンちゃんは腕っぷしが強いだとか、仲間思いで自分を犠牲にしてでも仲間を守るだとかのシーンの一つでもあれば、彼のカリスマ性が伝わったかもしれないが。
さらに言えば、そんなオンちゃんが命を賭けて守り抜いたウタは、“新時代への希望”だったと思うのだが、レイを庇って撃たれて死亡してしまって良かったのだろうか。オチに至るまで、とにかくこの作品に乗れないままだった。
ところで、本作の製作費は邦画においては破格である25億円の予算が投じられたそうだが、一体何処にそれほどの費用が掛かったのだろうか。いや、恐らくクライマックスのコザ暴動に予算が掛かったであろう事は想像に難くはない。実際、あのシーンの迫力は本作の盛り上がりとして見応えがあった。ただ、仮にもしあの大通りを背景の奥行き等をCG処理などにせず、実際にセットを組んで撮影したのだとすると、それを前半から活かせたのではないかと思ってしまう。
というのも、前半での街並み描写は街のごく一部しか映されない為に空間的な広がりに乏しく、“凝った美術なのが分かるのに安っぽく見える”という状況を引き起こしてしまっていると感じたからだ。これがもし、グスクが事件の調査の過程で大通りを行き来していたり、遠景から街並みを捉えたシーンを挟んだりして、空間的な広がりを観客に植え付けていたのならば、より豪華で気合いの入った印象を持てたと思うのだが。
予算が感じられないもう一つの要因は、グスクがオンちゃんとの思い出を回想する際、皆で路地を走るシーンもそうだ。路地を走り抜けるオンちゃん達の背後に映る電柱のデザインや、遠方に見える白い建物の様子が現代のそれにしか見えなかったのだが、あれは当時を再現したセット内で撮影したものだったのだろうか?私には、当時の様子に見えそうなそれっぽい風景を探してきて、やっつけで撮影した風にしか見えなかった。そうした細部の描写からも、とても巨額の製作費が投じられたようには感じられなかったのだ。
そんな本作において、それでも尚私を最後までスクリーンに釘付けにさせた要因は、ひとえに俳優陣の熱演に他ならない。本作は、俳優陣の熱演によって持っていると言っても過言ではないだろう。
特に、主演の妻夫木聡が素晴らしく、粗暴ながら優しさに溢れるグスクの実直さを見事に演じ切っている。ヤマコ役の広瀬すずも好演しており、「こんな表情が出来るのか」と感心させられた。窪田正孝はいつも通りな気もするが、狂気を滲ませた役柄とは相性が良く、存在感を放っていた。
そして、キャラクター描写が乏しいにも拘らず、皆の中心人物として描かれていたオンちゃんを演じた永山瑛太の「それらしく見える」ハマりっぷりも賞賛したい。あんなに描写不足にも拘らず、彼がスクリーンに映し出されると、その瞬間だけは「らしく」成立するのだから、キャスティングの優秀さは間違いないだろう。
ただし、穿った見方をすれば、本作はそうした俳優陣の演技力やキャラクターとの親和性に依存して、足りない描写を補ってもらった、足りない部分への説得力を丸投げしたようにも見える。実際、俳優陣の熱演でパッと見は「らしく」成立している。しかし、やはりキャラクターを魅力的に映す描写力や構成力が不足していると、そう見えるのは最初だけであり、徐々にメッキが剥がれてこちらの疑問が増えていく事になるのだ。
【総評】
直木賞受賞原作、大ヒットシリーズの監督、豪華俳優陣、巨額の制作費と、「勝てる要素」は十分揃っていたが、公開時期と監督による悪手、何より作品としての料理の仕方を間違えた結果、邦画史に残る赤字を残しかねない作品となってしまった。
グスクの言う「こんな野蛮な事が長続きするようなら、人間は終わりだ」という台詞が、人間の蛮行がまかり通り続けている現代社会を痛烈に皮肉っているだけに、そのメッセージ性を十分に発揮出来る作品に仕上がってほしかったのは残念でならない。
暴力シーンが多く、長いのに観客を納得させる描写が無い。
近年、暴力シーンの多い映画やドラマを見ていなかったので今回の映画は耐性がなくきつかったです。
オンちゃんは英雄扱いだけど、最初の戦果だけで英雄として見るのは見てる側は納得出来ない。
オンちゃんが行方不明になって何年経っても探し続ける理由は?
オンちゃん自身も何故姿を消したのかが最後までわからない。
叫ぶシーンや大事なシーンでセリフが聞き取りにくいところが多く色々予想して疲れてしまった。
25億かけてるなら、アメリカの高官はちょっと中堅のハリウッド俳優さんとか呼べなかったのかな。
広瀬すずさんは使いたかっただけ?
主軸3人と年齢が離れすぎてて違和感がありました。
いい作品ではあるが、言葉より暴力多め
妻夫木さんがすごくいい!
映画自体は3時間以上と長いが、全く飽きずに見ることができた。個人的には国宝よりも感動的で胸が熱くなった。自分は沖縄出身なので、過去の沖縄に何があったのか、現状はどうなのかをある程度は知っているので、内容を理解するのは苦労しなかった。確かになまりがきつくて本土の人には分かりづらいとは思うが、分からなくても、ニュアンス、文脈的に理解はできると思う。事前知識がなくとも、冒頭で戦後、沖縄がアメリカ統治下になったなどは説明しているため、ある程度の一般的な教養があれば理解することは可能であると思う。
結末の感想としては、端的に言えば人探しなので、結末としてはあまりしっくりは来なかった気はするが、今の沖縄の現状と重なる部分があるのかなと感じた。考えさせられる部分があると思った。原作の方では、より詳しく、政治的な背景、歴史、人物描写がされているらしいので、ぜひ読んでみたい。
この原作を映画化する意味は、見て感じてもらうことにあるのかなと感じた。なので、3時間でおさめるのであれば、細かい説明は極力省き、みせることに重きを置いたのではないかと考えた。
あと、妻夫木さんの演技がとにかくこころがこもっていて、よかった。舞台挨拶や、テレビでの出演で語っているのを観ているのもあるが、ほんとに役に忠実に向き合っていて、とても好印象で好きになった。
沖縄人として、この映画を是非本土の人達に見てもらって、過去にこういうことがあって、さらに現状はどうなのかを知って、調べてほしいと思う。
左派だという人がいるが、実際に起きている事実であり、思想どうこうのことではないと思う。この事実に向き合う必要がある。(米軍基地をなくす、なくさないとかではなく。)
戦中そして米軍統治下における沖縄の痛ましさに憐憫する
米軍基地に忍び込み、日夜、彼らの倉庫から武器や生活必需品を盗み出す「戦果アギヤー」の面々が、ついに米軍から反撃を食らって敗走。首謀者・オンが行方不明になってしまい、彼の行方を探すため、主人公・グスクが奔走していく物語。
オンはなぜ失踪したままなのか? 生きているのか? 死んでいるのか? それとも何かの企みが…?
米軍統治下の中、住人との軋轢を抑えたい米国の思惑、本土復帰に向けて米国と事を構えたくない日本の思惑、しかし度重なる米軍側の不祥事の数々に、ついに暴動は勃発してしまい……。
戦後まもない沖縄を舞台に、実際に起きた米軍による事故・事件を点として置き、フィクションとなる物語をその上から線で描き出した本作。
いかに米軍統治下における沖縄は、日本国から切り離され、米国から主権を蔑ろにされた、屈辱にまみれた生活を強要されていたかが浮かび上がってくる。1972年の本土復帰後も、米軍基地負担は変わっていないので、彼らの憤りも改めて理解できるだろう。
しかし時代は進み、周辺国の力関係も大きく変動した昨今、痛ましい過去を受け止めたうえで、どういった未来を築いていくのが最良か。民主主義の脆さも鑑みて、現代政治の難しさを改めて痛感した。
今から鑑賞される方は、公式webの方言集の予習は必須。最低でもこれだけは知っておいて。
「戦果アギャー」米軍基地の倉庫から備品を盗む、ねずみ小僧的な一味
「オン」リーダー
「グスク」主人公
「ヤマコ」オンの恋人
「レイ」オンの弟
そして上映時間191分! めっちゃくちゃ長い…! 上映中にトイレに行く人、結構いました。
この映画こそが戦果アギヤーだ。
沖縄がアメリカの植民地だった時代。
アメリカの支配に立ち向かった伝説の「戦果アギヤー」の「オン」と、
その3人の後継者「グスク.ヤマコ.レイ」の物語。
3人には三様のスタイルが割り振られる。
主人公のグスクは、統治に従いながら立ち向かう「非暴力」。
ヤマコは、デモや政治で立ち向かう「非暴力」。
レイは、「武闘派」。
非暴力と暴力の間の葛藤は、
イギリスからインドを解放した、
ガンジー(非暴力)とバガト・シンやボース(武闘派)あたりでも、
そして、アメリカの黒人解放運動の、
キング牧師(非暴力)とマルコムX(武闘派)あたりでも起きた。
弱者が強者に立ち向かう時、
非暴力と暴力のさまざまなコンビネーションが現れる。
この映画は、見終わった後に謎の高揚感とハッピーエンド感があるが、
実際のところ、この映画にハッピーエンドの要素はない。
つまり、「失敗の物語」だ。だからモヤモヤする。
史実に準拠している以上、ハッピーエンドにはできない。
沖縄と日本の現実がハッピーエンドを許さない。
しかし、ハッピーエンドは我々に託されている。
この不完全な映画は、
我々が「回収」するための「伏線」として作られている。
「伏線」を「回収」し、この映画を完成させるのは「我々」だ。
謎の高揚感は、この映画が完成するはずの未来から「我々」に届けられたものだ。
だから、この映画の「伏線」を読み解いて「回収」の方法を考える。
つまり、この「失敗の物語」の失敗の原因と対策を考える。
(plan-A)
まず、失敗の根本的な原因と対策
※日本は、政治の中枢がアメリカに支配されていた。
この映画では、アメリカのダニのようなエージェントに、
「ダニー岸」という名前が与えられている。わかりやすい 。
安倍晋三の祖父の岸信介は、CIAのエージェントだったから、
「ダニー岸」の「岸」は、岸信介の「岸」を借用したものだ。
岸信介は、CIAに忠誠を誓うことで、
CIAに支えられ吉田茂らと自民党を作り首相になった男だ。
日本は、CIAのエージェントが首相になる国だった。
自民党は、いまだに日本を韓国系のカルトに委ねた分割統治にも、
中国との対立を煽ったアジアの分割統治にも加担し続けている。
最も根本的な失敗の原因がこれだ。
自民党には基地問題を解決する気はない。
我々は、まず自民党を日本から排除しなければならない。
※マスメディアはもちろん、ネットも支配されている。
アマゾンのインチキ外国商品を絶賛するレビュアーが、
インチキ外国メーカーに雇われたサクラであることは周知の事実だが、
「基地問題」の周辺にも雇われたサクラが放し飼いにされている。
日本人が米兵にレイプされて平気な「ニセ愛国者」がいたら、
それは雇われたサクラだ。
中国との対立を過剰に煽り、
アジアの分割統治に加担する「ニセ愛国者」がいたら、
それは雇われたサクラだ。
我々は、雇われたサクラを排除しなければならない。
次に、失敗の直接的な原因と対策
弱者が強者に立ち向かう時、非暴力と暴力のさまざまなコンビネーションが現れる。
宝島の、非暴力と暴力のコンビネーションは失敗した。
しかし、インドの、非暴力と暴力のコンビネーションは成功している。
アメリカの黒人解放運動の、非暴力と暴力のコンビネーションも成功している。
違いは明白だ。レイ(暴力)の有無しかない。
宝島の、米軍基地を震撼させるレベルの暴力はコザ暴動だけだった。
同じ植民地解放の物語の、インド映画「RRR」のレイは大活躍しているが、
「宝島」のレイは何もしていない。
レイが活躍する必要がある。
弱者が強者に立ち向かう時、
グスクが言うように、
「暴力」だけでは「暴力」で押しつぶされる。
その一方で、レイが言うように、
「非暴力」だけでは相手にされない。
だから、「暴力」と「非暴力」の「共存と分業」が必要になる。
これは、ホウキとチリトリの関係に似ている。
ホウキだけ持ってゴミを掃いてもゴミは片付かない。
チリトリだけ持って待っていてもゴミは片付かない。
ホウキでゴミを動かして、チリトリで回収して、初めてゴミは片付く。
つまり、まず「暴力」と「非暴力」を分離する。
そのうえで、「暴力」で脅して、「非暴力」で回収する。
これが、弱者が強者に勝つ方法だ。
ヤマコだけが、何十年「座り込み」を続けても、
県民投票で民意を明確にしても無力だった。
チリトリだけ持って待っていてもゴミは片付かない。
(plan-B)
plan-Aの「我々」は、ひとまず「我々」を「ウチナーンチュ又は日本人」に限定している。
plan-Bの「我々」は、「我々」を「アメリカ人を含む人類」に拡張する。
ちなみに、フランス語の「オン(on)」は、「我々」の意味を持つ。
映画は、まず「我々」を沖縄から日本に拡張するために作られた。
失敗の原因は、「我々」が沖縄に限定されていて無力だったからだ。
しかし、そこに留まっていては暴力を肯定することになる。
「我々」を全ての日本人に拡張し、
さらに「アメリカ人を含む人類」に拡張することが出来ればグスクの勝利だ。
映画だって人を感動させ動かすことが出来る。暴力が全てではない。
つまり、グスクもヤマコもレイもまだ失敗していない。
ハッピーエンドが託されているのは「ウチナーンチュ又は日本人」だけではない。
「アメリカ人を含む人類」にも託していい。
この映画の関係者は、この映画をアメリカで公開するつもりだと思う。
この映画は、アメリカ公開を想定して作られているように感じた。
アメリカ人にも配慮した物語になっている。
最初、アメリカへの配慮を、アメリカへの卑屈な忖度かと思っていたが、
「我々」を世界に拡張するためには必要な配慮だった。
アメリカを動かせれば基地問題は解決に動き出す。
グスクは、今度は全米キャラバンに出発するだろうと思う。
映画の力を侮ってはいけない。
これから少しずつ、三人が望んだ本当の物語が始まるに違いない。
エンディングのオンの言葉のとおりだ。
グスクもヤマコもレイもまだ失敗していない。
これからだ。
この映画こそが戦果アギヤーだ。
(知らんけど)
出演者の演技がどれも素晴らしい
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