宝島のレビュー・感想・評価
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沖縄の哀しくも熱い歴史を感じる作品
今年の春、4回目の沖縄旅行に行きました。初めての一人旅で、今回は沖縄の歴史に向き合ってみよう、と言う気持ちで行きました。これまでの旅行では避けてきた史実。コザの資料館や各地の御嶽を訪ねたり、知れば知るほど胸に迫る様々な想い。コザ暴動の詳細も今回初めて知りました。映画も、戦後からコザ暴動までの物語が描かれます。哀しくも熱い物語が当時の雰囲気を見事に再現したセットや空気感の中で紡がれて行きます。コザ暴動も迫力あるシーンでクライマックスの展開を盛り上げます。
沖縄が好きで、でもその歴史的背景を知らない人に体験して欲しい映画です。見終わったらますます沖縄への想いが強くなると思います。3時間の上映も長く感じず観ることが出来ました。
沖縄方言へのこだわり
東京キャラバンに参加。4回目鑑賞。
何度観ても作り手の熱量を感じられる。
戦後の沖縄が歩んできた歴史を今描く意義に価値を見出すかあくまで物語として映画を楽しむかによって評価が分かれているであろう作品。私はもちろん前者。
監督と主演が公開前から全国を飛び周って観客に想いを伝える映画も早々にないし、こんなにも熱量のある作品を劇場で観ないのはもったいない。
舞台挨拶で大友監督がお話しされていた方言の字幕なしにこだわった背景について、「方言は沖縄のアイデンティティであり、字幕をつける事で分かったフリして知った気になっちゃいけない。」 この作品は沖縄の物語として受動的に観るのではなく、こちらから沖縄に歩み寄って観る作品だということ。わからなければ調べて能動的に理解を深める、そういう作品になって欲しいという監督の想いに納得した。
シーンが分かりづらいと言う意見も同じ事で、この作品に関しては観た後、疑問の答え合わせとして調べるまでが観賞になるのかもしれない。
劇中の終盤にグスクが10年後20年後は平和の世があるはずと言っていたけど、宝島を鑑賞した方にはぜひ『フェンス』という配信中のドラマ(アマプラ、Netflix他)を見て欲しい。復帰50年が過ぎた今の沖縄はグスクたちの願い通りになっているのか答え合わせができると思う。
冗長
ひたすらテンポ感が悪い。
本筋に絡まないシーンに割く時間が多い。似たようなBGMと語りと風景だけのカットばかり。
俳優の表情をとらえたいだけのカットもやたらと多く、とにかく3時間が過ぎるのがあまりにも長く感じた。
コザ暴動を取り上げたいのか、サスペンスをやりたいのか、
人物の掘り下げが浅いために群像劇のような思いが交錯するカタルシスもなく、
何が撮りたくて何が伝えたいのか、最後まで不鮮明だった。
また話される言葉が、語尾と特徴的な単語だけそれらしくしたうちなーぐち"風"で、強烈な違和感があった。
聞き取りやすくデフォルメするにしても、特有のリズム感やアクセントを監督も俳優ももっと学ぶべきだった。
昔住んでいた沖縄の空気感を感じたくて観たのもあり非常に残念な点だった。
国内外、3時間超えの映画を今年だけでも何本も観ているが、途中でスマホを弄りたくなる様な映画は本作品が初めて。
なるべくして長尺になった、というより3時間ありきで隙間を埋めるように作ったように感じた。
原作再現を捨ててでも要素を削ぎ落とし2時間でまとめていたら傑作になったかもしれない。
私たちには沖縄とオキナワとOkinawaが足りない
(ちょっと長文)
先日、書店の新書コーナーに立ち寄ったところ、八月の終戦80周年フェアが続いていた。その中に大江健三郎の「沖縄ノート」が平積みされており、今まで読み損ねていたという後悔と本作「宝島」への予習になるかもしれないという期待で購入した。
「沖縄ノート」が刊行されたのは70年で、内容は60年代の見聞が中心となる。大江が「個人的な体験」(64年)や「万延元年のフットボール」(67年)等の大傑作を書き上げていた時期であり、作家として充実していた頃になる。
大江独特の文体は読み易いとは言い難いが、沖縄返還(72年)前の空気とそこに関わろうとする大江の心情は伝わる。
私が子供の頃、沖縄で右側通行(アメリカ式)から左側通行(日本式)に切り替わったニュースが大きく報道された。テレビは朝からずっと同じニュースをやっていた記憶がある。交通ルールということもあり、沖縄全土で一斉に切り替えたという(78年7月30日午前6時)。
国際条約にある「一国一交通制度」を理由にして、日本政府が沖縄に求めたものだという。
社会の仕組みが軋むような音を立てて変更されたのだ。
沖縄は日本において文化的、歴史的にも特殊な位置にある。日本であって日本では無いという特殊事情は、ウチナンチュとヤマトンチュ(本土人)の間にいびつで深い溝を創り出している。
昔、大島渚さんや大橋巨泉さんがよく「沖縄は独立すべきだった」と発言されていたが、現実には、経済面や地政学等の理由でそれは叶わなかった。
本作を観る者がどういう立ち位置にいるかで、映画への評価は大きく変わって来るだろう。
沖縄に生まれ育った者ならようやく沖縄の歴史がスクリーンに投影されたという感慨があるだろうが、本土人だと物語の構造に目が奪われ、エンタメ性の成否に注目するだろう。
大江健三郎が沖縄にコミットしたのは、かつて日本が沖縄を見捨てたという贖罪的な一面もあったはずだ(「沖縄ノート」のあちらこちらにその一面を見ることが出来る)。太平洋戦争末期に戦場となり、多くの島民が日本人(兵)から見殺しにされた沖縄が、今度はベトナム戦争の前進基地になっているという皮肉と屈辱さ。それは心が引き裂かれる以上のものであったと思う。
そういった沖縄の事情(歴史)を深く汲んだ劇映画は殆どなかったと言って良い。ひめゆり学徒隊の映画はあったが、戦争末期のスポットライト的な扱いだ。
監督へのインタビューを読むと、大江健三郎がかつて抱いていたような贖罪の気持ちが監督自身にもあり、それが本作に反映されているように感じた。
宝島の宝とは「命」ということだろう。
戦時下では日本軍から、占領後はアメリカ軍から命が軽んじられた沖縄にとって、真の宝は「命」であったはずだ。故に、オンちゃんが基地から奪ったものは守り抜いた「命」になるのだ。
本作は3時間を超える上映時間となる。「アラビアのロレンス」等が典型だが、3時間を超える大作の場合インターミッション(休憩)を入れるのが映画界の常識だ。しかしシネコンが一般化した現在では客の入れ替えの問題から途中休憩は難しいという判断になろう。
ならば二部作での上映が良かったのではないかと思う。
25億という予算と3時間を超える上映時間の確保は、相当の困難であったと想像する。
そのような大作を観終わった私の心に湧き上がったのは、私たちには沖縄とオキナワとOkinawaが足りないということだった。
迫力がすごい!
切ない、平行線
貯まったポイントで何を観ようかな…
そういえば朝ドラの妻夫木聡よかったな。
沖縄について語っていたのもすごく印象に残っていたので、この作品を観ることに。
何も知らなかったな、知ろうとしてなかったな、沖縄のこと。ごめんなさい。
フィクションだけど、フィクションじゃない映画。
沖縄に特別な想いがある妻夫木聡が、知らない人達に知ってほしかったこと。
終盤に、幼馴染み2人が言い合うシーン。
武装しないとスタートラインに立てない。
武装したからって、スタートラインに立たせてもらえない。人間なら、争い続けないから大丈夫。
残念ながら、2025年でも争い続けてる。
…「残念」なんて、他人事でいいのか。
いろんな角度から、考えさせられる作品。
重いけど、説教じみてはいない。
大和人みんなに観て欲しい映画。知って欲しい沖縄。
…興行収入の面でも。あの時代の車をあれだけ買うのに相当お金がかかったらしい。帰りの車のラジオで、ちょうど大友監督がゲストで言ってた。
自分もポイントじゃなくてお金を払って観るべきだった…そう思える作品。
ただ、「予想外の戦果」についてはちょっとハテナが残る。小説を読めばわかるのかな?
そういえば、妻夫木聡の映画は『ウォーターボーイズ』以来かも。
毎年お正月早々に箱根駅伝のCMで繰り返し見てるから、成長?も含めてよく見てる気になってたけど。
そして妻夫木聡の相棒が、塚本晋也監督だったのをエンドロールで知ってビックリ。
ピエールも見事に復活できて良かった。
とにもかくにも「重いかな?」と思ってたけど、観て良かった映画。
宝島
ヤマトンチュは絶対観たほうがいいです。
ウタの父親は沖縄占領の最重要人物だから、諜報機関が執拗にオンの行方を追っていたのであり、そこが原作が産み出した大胆不敵なフィクションであり、「宝の島」というタイトルにも繋がるポイントなのだか、映画はそこを(ウタの父親の詳細)を端折っている。ドラマの重要な背骨が1本抜けているので、原作を読まない観客にとっては不親切な流れになってしまう。又、悪石島への爆撃は無くても成立出来るのでは。それらを引いても素晴らしい映画だった。ゴザにあの時私がいたら、皆と同じ行動を取ったに違いない。
宝島の原作みてないと意味不明
国宝が芸術を描いているなら、宝島は沖縄の歴史から今の日本を描いている
アメリカは日本から出ていけ!!
広瀬すずは最近も長崎原爆に関わる映画に出ていて、ここは祖国復帰運動にかなり頑張る女性教師として「アメリカは出ていて!」と集会で声を上げています。私の好きなこの「排外主義」のスローガンもデモのプラカードの中では少な目でしたが、ちゃんと出ていて彼女も吹っ切ったかと思いました。特に窪田のふんする武装闘争派に「力で押し通そうとするのアメリカと一緒じゃないね」との言葉は刺さってきます。「力で何でも押し通そうとするのがアメリカ」ということを意味していると同時に暴力で闘ってはいけないとのメッセージも込められています。が、主人公の妻夫木はコザ暴動を止めようとはせず笑ってしまいます。ここまで抑圧されれば暴動に走る島民の気持ちに共感するのが先となりますから・・・。
この映画は今日が封切りで私はその冒頭で観たこととなりますが、こんな大作であるにも関わらず観客は非常に少なかったです。相当のお金もつぎ込まれている映画でもあり、これはいつもと違って皆さんには何が何でも観ていただかねばならない映画となっています。アメリカのひどさとともに日本本土の回し者たちのひどさもが描かれていますので、これを見るのは「抑圧民族としてのヤマトンチューの責任」というものです。永山は劇中で武装闘争をする窪田に向かって「こんなひどいことはずっと続くはずがない」と言っていますが、それを語ってから半世紀以上が過ぎ、「こんなひどいこと」が実際続いています。やはりヤマトンチューにはこれを観て自民族が何をし続けているかをまずは知らなければなりません。大物が出てくる映画ながら沖縄出身の俳優たちがひとりもいないというのも実は本土人の責任でしょう。彼ら彼女らか出演しにくい状況を本土人が作っているということです。その意味でもここで出演した役者たちの決意は買わなければならないと思いました。
宝島
この作品に出会えてよかった
タイトルなし(ネタバレ)
191分、良くも悪くもネックになってた感。
上映時間がポジティブに作用したのは、鑑賞後に「191分の映画」を観たという満足感、ただし満足感の中身はない、ただそれだけ、
ネガティブに作用したのは「ここ削ったら上映時間短くできたよね?」と、どうしても感じてしまったところ。
単純な風景インサート、ハイビスカスの花をパンとか数秒や十数秒のものがあったけど、そのへん整理してったら塵つもでかなり圧縮できたんじゃないかなと。
同時期公開のチェンそーマンは上映時間が100分、そのため宝島観るならチェンソーマン2回観れるという揶揄まで出てしまった始末。
映画としては悪くなかったけど、原作の良さをいまひとつ伝えきれてないのが残念なところ。原作者が脚本に関わっていたら違う作品になっていたのかも。
そうしたタラレバが非常に多くて感想が三者三様、十人十色という最近では稀有な作品だと思う。
映画「宝島」・・・原作に懐いたイメージを軽く超えてくる凄み!
2019年3月に記した小説「宝島」の感想で有る。
・・・
160回直木賞受賞作品。
物語の始まりは1952年、日本本土は占領を脱したが、沖縄は未だ米軍の占領状態が続き、朝鮮戦争からベトナム戦争にかけてアメリカのアジア戦略の拠点とな土地の収用が続いている時だ。この頃、沖縄では「戦果アギヤー」と呼ばれる、米軍倉庫を狙った窃盗団が暗躍し始める。主人公達は、コザ(現在の沖縄市)の「戦果アギアー」に身を置く3人の若者。リーダーの「オンチャン」以下強い絆で結ばれた若きアウトロー達である。話は、「戦果アギアー」の最後の「闘い」でリーダーを失い、一人(リーダーの弟レイ)はアウトローとして「闘い」続け、もう一人のリーダーの恋人(ヤマコ)は教師をしながら復帰闘争に身を投じる。そしてリーダーの片腕だったグスクは警察官となる。この3人の青春期を、1970年のコザ暴動を経て復帰までの戦後史と共に描く。
沖縄のねっとりとした空気感の中で押さえつけられる若者のエネルギーの暴走がまるで映画を見ているように広がる。そして、私たち本土の人間にとって沖縄の占領統治というものがどんなに過酷なものだったかが突きつけられる。瀬長亀次郎・屋良朝苗そしてキャラウェイ高等弁務官等実在の人物を配して、歴史との連関を際立たせる手法も巧みだ。
日米の思惑に翻弄されながらも力強く生きるウチナンチューの原点を見る思いがする秀作である。
・・・
さて映画化作品はどうであったか?描いていた想像を軽く超える秀作であった。
先ず、「ねっとりとした空気感」・・・、例えば北野監督の「ソナチネ」(北野映画の中では大好きな作品だが・・・)などは、かなりのハード・バイオレンスではあるが、現代に近いせいか?沖縄らしい、明るいリゾート感が漂っていた。だが、本作では全くそれが見られない。恐らく若い観客の中には・・・特に原作を読んでいないと・・・、それがかなりの違和感となるかも知れない。しかし、復帰前の沖縄の空気感はこんな感じなのだろう。そこには大和である事は勿論、琉球で有る事も失ってしまった人々の切なくも力強い営みが有った。物語の中に出てくる、コザの暴動も、小学校に米軍機が墜落した事故も、VXガスの放出事故も、米兵がおこした数々の事故や事件がうやむやに処理されて来た事も全て事実で有る。更に、これも若い人には信じられない事かも知れないが、米軍基地から物品を盗み出し人々にタダで与えたり安価で売ったりする「戦果アギヤー」と呼ばれるアウトロー集団や、琉球武術を駆使したストリートファイター系の愚連隊等の存在も事実であり、其が戦前には無かった沖縄の暴力団に「進化」して行くのも事実である。
確かにそういった歴史的事実と主人公達の歩んで行く物語の連関を描くのは難しいが、占領統治という不条理の中で人はそれとどう対峙し、或いは折り合いをつけるのかを思うと、それぞれが全く別々の道を選択してもなお、それぞれの選択に一定の説得力と共感を感じて仕舞う処がこの映画のキモである。
若い人が、戦後、沖縄が歩んできた道を辿る切っ掛けとなれば良いと思う。そして、最後に・・・本土復帰運動をしているヤマコが訪れた、彼女の友人が勤める特飲街のお店に「本土復帰反対」のビラが貼って有ったことも沖縄の気持ちの多様性を描いていて興味深いシーンであった。
根深い歴史。
沖縄の歴史において、
本当に素晴らしい映画でした。
皆さんがレビューしているように
一度映画館で沖縄歴史の背景を知るべき。
だと思ったし、浅い日本歴史を学ぶより
こう言った歴史を教えるべきです。
戦争に負けたあの日から
日本が背をっている者、、、
日本のようで日本じゃない現実
どれだけ、今が幸せか
突きつけられました。。。
海が綺麗で沖縄に遊び行けなくなりそう。
いや、沖縄に着いたら、
心の中でもいいから日本先祖に
手を合わせてから踏み入れたい。
私は、3時間長いと感じませんでした。
ただいつも思うのは、
この監督の作品は
夜や戦いのシーンが多いからか
映像がいつも暗く感じます。
るろうに剣心の時もそう。
夜逃げるシーンだから
仕方ないけど
暗くなくてもいいシーンも
撮影技術なのか知らないけど
暗くてそれだけがストレス。
一昨日観た、風のマジムが
あまりにも良かったので
風のマジムを観て欲しいです.
沖縄の歴史を知るだけじゃなくエンタメとしても面白い
皆の圧倒的リーダーであるオンちゃんが行方不明になって、それを探していくという柱があって、それを取り巻く人間模様が面白くて、沖縄の味わった悔しさを知れて、本当にあっという間の三時間でした。
個人的に国宝は内容薄くて、途中で飽きてお尻痛かったので宝島も三時間超える映画で不安でしたが、全然全く椅子の座り心地なんて忘れるほど映画に集中して楽しめました。
特に泣いたのが、レイとグスクの対立するシーン
人を信じようとうするグスク
我慢してても何も変わらなかったから武器を持てと叫ぶレイ
どちらの気持ちもわかるから辛かった。
グスクの、10年、20年後戦争なんてなくなってる、こんな事が続くはずがないって。人は馬鹿じゃないって、言ってるところ…2025年も戦争はあるし、外国人の犯罪者が不起訴になる事件は続いてる、そんな事を考えたらまた泣けました
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