「オンちゃんが本当に望んだ事は...」宝島 LittleTitanさんの映画レビュー(感想・評価)
オンちゃんが本当に望んだ事は...
公開3日目に鑑賞しました。初見直後は正直、期待が高かった分拍子抜けしたのですが、その夜に眠れずに本作のプロットを反芻している内に、味わい深いメッセージが込められている事に気付きました。それを語るには、種明かし後の内容に触れないわけにいかないので、これ以降は全力でネタバレします。
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1. 不確かなオンちゃん像
初見で感じたのは、「島の英雄」と称されるオンちゃんの人物像の不確かさでした。宣伝文句や映画序盤ては、テロリズムも辞さない「英雄」像のようにが煽られていた。しかし、本編で友や恋人が語るオンちゃんは、周りを気遣う優しい人。特に悪石島以降は、監督者に逆らわず使役に準じ、貴重な食料を与えてまで拾った子の世話に終始していました。戦果アギヤーで高まった「運動家」「革命児」のイメージと、拾った子を守る為、理不尽な使役に耐える男の実像には大きな乖離があるのです。鑑賞直後はこの乖離がしっくり来ず、オンちゃんを必死に探すに主人公の気持ちにもあまり寄り添えていませんでした。しかしその夜、眠れず寝床で映画の内容を反芻していて、本作が描きたかったのは、正にその乖離にあったと気付き、合点がいった。
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2. オンちゃんの志とは?
オンちゃんが行方をくらました以降、弟レイは反社として米軍に抗っていました。恋人のヤマコもデモ等を通じて米軍に抵抗していました。その根底には、オンちゃんの「志」があった筈。もし今彼が此処に居たら、行うであろう行動を慮れば、手段こそ違っても、米軍による支配を放置しがたい気持ちになったでしょう。しかも、レイに至っては化学兵を誘拐しVFXガス攻撃まで企てていました。しかし、それって本当にオンちゃんも望んでいた戦い方だったのでしょうか?
浮浪児ウタが重症を負い、連れて行けと懇願された海岸でオンちゃんの最期の日々を思い知ると、彼がそこまで攻撃的な人間だったか疑問が湧きます。1952年、偶然生まれたばかりの乳児を託されたオンちゃんは、組織の人間に悪石島に送られます。ヤンチャなオンちゃん一人なら、逃亡する機会も狙えなくもない気もするのですが、彼がそうしなかったのは、託された他人の子を見捨てられなかったからに違いありません。そう彼は常に無鉄砲に暴れまわる人間ではなく、困った人を見捨てられない人間なのです。そもそも戦果アギヤーだって、儲けようとした理由でなく、住民に物資を分配する為でした。
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3. 不在が歪めるリーダーへの忖度
オンちゃんのリーダーシップは、彼が実在した1952年までは周りの者にとって間違いなく希望でした。しかし、彼が不在になった後は、寧ろ「虚像」が呪いを生んだのかもしれません。オンちゃんがいたらどうする? オンちゃんがいない分、自分が頑張れねば! その力みが、VFXガスを準備するまでの歪みを生み、オンちゃんが命懸けで救ったウタまで死に至らしめたのです。現存しないリーダーの意思を勝手に慮り、活動を先鋭化するのはとても危険なことなのだろう。
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