劇場公開日 2024年10月18日

「アートの世界は先にやった者勝ち」まる ジュン一さんの映画レビュー(感想・評価)

3.5アートの世界は先にやった者勝ち

2024年10月19日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

笑える

興奮

難しい

〔彼らが本気で編むときは、(2017年)〕は以降、
時々の社会問題を取り上げることの多い『荻上直子』が、
今回はアート業界のいかがわしさに斬り込む。

とりわけ現代アートはディーラやギャラリーの権威が強く、
彼等・彼女等に認められれば作品の価値は一気に跳ね上がる。

そうなったら今度は作品を量産するために
工房システムを採るのは本作でも描かれている通り。

元々のアイディアと最後の署名だけは有名アーチストも、
実際に制作したのはスタッフとの、
納得しがたい構造も多いのではないか。

利き腕をけがしたことで、
そうした制作現場をクビになった『沢田(堂本剛)』が主人公。

使える左手で、カンバスの上を這い回る蟻を囲うように〇を描く。
その時の彼は、一切の雑念から解放されていたかもしれない。

描いた〔〇〕を古道具屋に持ち込んだことから
アートディーラーの目に留まり、
ギャラリーでも扱われ、
更にはSNSでバズりと、
超速で世間の耳目を集めて行く。

彼の描いた〔〇〕は、
何故か「禅宗」の〔円相図〕にカテゴライズされる。

たしかに『沢庵』『仙厓』『白隠』と〔円〕を描いており、
とりわけ『沢庵』の〔円相像〕には
フリーハンドでこれだけ完璧な円を書けるとは!と、
感動すら覚える。

ただ、円を描いたのは古の僧侶だけではない。
現代美術では『吉原治良』の〔円〕は代表作であり有名。

そちらを持ち出さなかった監督なりの理由は
本編を観れば判る気もする。

なまじシンプルなモチーフと表現だけに、
類似作品やエセも多く出回るが、
何故か世間では受け入れられない。

先に挙げた権威の裏付けが無いことが最大の要因と思われるが、
本人が描いた〔円〕ですら、時としてダメ出しされる場合も。

ただそれがどれだけいい加減なのかを、
最後に近いシークエンスで嗤いのめす。

『モンドリアン』の作品が
75年も上下逆に展示されていたエピソードを思い出す。

多くの登場人物のキャラクターはエキセントリック。
現代アートシーンをカリカチュアライズされた笑いに包んで
見せてくれる手腕はなかなかのもの。

他方、
ゴッホの「ひまわり」にトマトスープをかけた
「ジャスト・ストップ・オイル」信奉者の「エコテロリズム」の手法を借りて
権力による搾取への反抗を描いたのは釈然としない。

この種の運動には〔美と殺戮のすべて(2022年)〕という、
アートに直結した先例もあるのだが。

『沢田』はもちろん、
工房で同僚だった『矢島(吉岡里帆)』や
ミャンマー出身のコンビニ店員『モー(森崎ウィン)』といった
まとも過ぎる人間ほど生き難い世間との
文明批判も効いている。

もっとも、かく言う自分も
本質以外の色眼鏡で、他人を見ているに違いない。

ジュン一