まるのレビュー・感想・評価
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あなたの人生に突然訪れるかもしれない「幸運?」とそれに群がるクセ強な人たちのお話
大好きな「かもめ食堂」「川っぺりムコリッタ」の荻上直子監督の作品とあって、本日は映画「まる」を鑑賞。
主演は堂本剛くん、久しぶりのスクリーンで少し謎なキャスティングに思えましたが、映画を観終わってなるほど納得なキャスティングでございました。音楽も担当してたんやね。エンドロールの「街」いい歌ですよね。また脇を固めた個性豊かな隣人たちは、みなさん流石の演技でした。主人公沢田の淡々とした性格との対比が際立って映画を生き生きとさせていました。
私の気になったオススメ
クセキャラベスト3は、
1.やっぱり、片桐はいりさん
そこにいるだけで、もう面白い。抜群の存在感でクセキャラNo.1。
2.綾野剛さん
こういうすごく嫌だけど、なぜか憎めないヤツやらせたらNo.1。穴の向こうの演技で魅せる天才。
3.甲乙つけ難いほどみな同率だけど、久しぶりに観れて嬉しかったよNo.1で、小林聡美さんかな。
ストーリーはすごく好きで、本当は星4.5とか5にしたかった。星マイナス0.5したのは、ラストの沢田の見せ場に私の気持ちが残念ながら乗らなかった…。みんなは、あそこで感動できたのかな?私は、穴の奥から見える綾野剛さんの演技にばかり気を取られてしまいました。あれだけの可視部分で魅せられるって、すごい役者さんだなぁと感心しました。
私のグッとポイントは、
クセの強い、サブキャラたちの中でひときわ普通のいい人で際立っていた森崎ウィンくん演じるベトナム人のコンビニ定員の終盤のひと言。沢田が、「おまえほんまポジティブやな。」の答えに注目です。いい人あるあるで切ない。応援したくなる。いつか沢田の書いてあげた色紙がめちゃくちゃ価値があがったとしても、彼は売ったりしない、根っからいい人なんでしょう。
久しぶりにスクリーンで観た、片桐はいりさんや小林聡美さんもグッとポイントですな。帰って「めがね」や「やっぱり猫が好き」が見返したくなりました。
荻上直子監督が描く、少し奇妙でクセのある人たちが織りなすとびきりシュールで不思議な世界観が私は大好きです。誰もが簡単にアーティストを名乗り情報を発信できる昨今だからこそ、何が?いつ?どこでバズるか分からない。ひとバズりで人生変わっちゃう人だって少なからずいるでしょう。
そう思うと、まだこれからの人生、全く関係のない話ではない、かもしれない…🙄
もし、この先の人生
自分が主人公の立場になったなら?
あなたはどう立ち振る舞いますか?
もし、この先の人生
自分の周りに沢田が登場したら?
あなたはどのクセキャラに扮したいですか?
帰りの電車を待ちながら、
ふとそんなことを思いました。
現代社会を象徴
非情に象徴的な作品
すべての登場人物がとても奇特に描かれている。
そこに解釈の筋道を描いているのがコンビニのバイト仲間のミヤンマー人だろうか。
この作品に描かれているのが現代における人間社会だろう。
主人公の沢田は絵が好きなだけで自分をアーティストとは考えておらず、どちらかと言えばボーっと生きているような人物。
彼は自転車事故で利き腕を骨折したことで仕事を失った。
アーティスト秋元の工房
秋元は沢田に対し無価値を宣告した。
自分の価値など考えてもいなかった沢田は、おそらく初めて価値という概念を肌で感じたのだろう。
価値とはそもそも自分自身の中にあるものかもしれないが、それは他人が勝手に付けているものでもある。
この作品のテーマはこの「価値」なのだろう。
先生と呼ばれている謎の人物
彼は公園で鯉にパンを与えていた。
そこに登場した「先生」と叫ぶ付き人のような人の言葉で、沢田は彼を先生と呼び始める。
ここにもある種の「価値」が登場している。
誰かが言った先生という言葉は、自分にとって特段意味のない人間を途端に先生に変えてしまう。
その人が何者なのかなどどうでもいい。
しかしながらこの先生は、沢田に不思議な言葉をいう。
日付と起きた出来事 「次は31日だそうです」
そして円周率 無限なまでに数字が続く。
これが数学的に「真円」が存在しない理由とされている。
この存在しないものを、人は信じているということを言いたいのだろうか?
円相
人は、手書きされた円相の中に何を見るのか?
怪しい男「つちや」
黒い名刺に「つちや」という文字と₊906-という怪しい携帯番号
彼は自分を「手品のできない手品師」だという。
おそらく彼は、価値のないものに価値を付ける男なのだろう。
誰かが言う言葉 それに釣られて動く人々
アイドルと同じような構造 初めて見る「宝石」という名の石と同じ。
沢田の書いた円相は、無意識にアリを閉じ込めるように書いただけの円だった。
確かにそこにあったのは無欲だったかもしれない。
生活費に困った挙句に母の店に持っていっただけのもの。
欲は、他人にはよく見えるのだろう。
無欲についた価値、つけた価値という概念は、非常に興味深いものを感じた。
やはり芸術とは嘘がないことを言うのだろう。
無価値だった沢田は、時の人となると同時に掌返しをする人々がいるもまた、現代社会を象徴している。
さて、
秋元の工房で同僚だった女性矢島は何者だろうか?
彼女は沢田に「秋元に利用されているだけ」だという。
彼女はいつまで経っても社会に搾取され続けていると思っている人々の代表だろう。
昨今海外で話題となった環境保護団体の行為と似ている。
彼女は眼鏡のポーズをとる。
それは彼女の見ている世界というのか、彼女の視点で物事を常に見ていますというような宣言だろうか?
非常に批判的であり「OOねばならない」という思想に満ちているようだ。
いつまで経っても評価されない彼女らは、環境保護団体のように突然価値の付いた沢田の画を攻撃対象にした。
この行為は京アニ事件とも似ているように感じた。
これもまたこの社会の一部であるのは間違いない。
さて、、
自分自身が感じられない自分の価値を、他人が仕掛けてつけるという行為。
それが「つちや」の娘が言った「私はあの人のペットなの」という言葉に現れている。
価値を感じられない自分に価値を付けてくれる人の言いなりになるのもまた、この社会の在り方の一部だろう。
この作品は非常に哲学的でもある。
最後に、何故か交通誘導のバイトをしていた先生は、三角表示板を持ちながら沢田に言った。
「底辺×高さ÷2 割る2だ」
この言葉もまた人間社会を表現しているのだろう。
自分がこの社会の底辺にいると思っていても、実際にはその半分で平均的に生きているのだと言いたいのだろう。
ミヤンマー人のバイト仲間は沢田のことを見て仏教用語を使って表現していたのは、この物語を仏教視点で見てほしいからだろう。
特に鳥の話の中で「そう思わないとやっていけない」という言葉がそれを象徴していた。
しかし、
あの先生とはいったい何者だろう?
「次は23日だ」
地震が起きる日を当ててしまう。
最初に沢田が先生と会ったとき「次は31日だそうです」という。
この日は沢田が矢島のデモを見かけた日だった。
これは沢田の中に新しい視点を作った。
沢田に起きゆく変化の出来事
資本主義に対する反旗 何も考えていなかった自分 画家としての自分と社会との関係…
少々わかりにくかったが、これは沢田の中に起きた変化だろう。
地震という物理現象も、やはり変化の兆しだろう。
そして「アリ」
隣人ヨコヤマ 「2割のアリはさぼっている」
そこに感じる無価値だが、その無価値があるからこそ価値を探す8割がいる。
この「価値」に対する概念
主人公が冒頭から口ずさむ「平家物語」
おぼろげながらも沢田は、最初から自分に葛藤を持っていることが伺える。
平家の繁栄と没落を描いた平家物語は、この現代社会が大きく変わろうとしていることを表現していると解釈した。
先生はそこに加わって先を見通している。
ヨコヤマの人類滅亡論もまた同じで、当然デモを繰り広げている矢島も同じだ。
いまこの現代会の在り方は大きく変化しようとしているのかもしれない。
沢田が眠れなかったのは、アパートの傾斜や隣人の物音などの要因もあるのだろうが、実際には彼自身が感じていた「このままでいいのだろうか」という漠然とした疑問だろう。
この社会に対しデモという行動を起こした矢島
働かない無価値なアリを自分に例えて苦しむヨコヤマ
偽物のの「まる」 偽物の「さわだ」 なんでもそうなってしまう現代社会
寿司とは、金持ちのモチーフ
このような細かいモチーフを絡めながら、この作品は変化する「いま」を描いている。
哲学的で象徴しかない作品だが、この現代社会の「いま」の地点を上手に表現していた。
なかなか凄い作品だった。
香川県豊島の「心臓音のアーカイブ」を思い出した
アンリ・マティスをワカメにしか見えない。つまり、芸術は受け手の問題。
売れてもこんな作品は果たして!?
働く8割の人間がこんな映画を作っている訳だから。さて、どんなもんかね。
そもそも、円周率って何?
自然界の円と言う物を数学的に表して、
どんなスーパーな愛の無いAIですら、その答えが出せない。
円を描く事は大変に難しい。確か、手塚治○先生もそんな事を言ったと記憶する。
しかし、実は円は自然が作る物。つまり、人間には表現できないってだけ。
寧ろ、正方形を描くことの方が人間的と考える方が芸術と僕は考える。
まぁ、それはともかく、全てアイロニーのデフォルメとしても軽率すぎるお話。
少なくとも、この映画では日本アカデミー賞くらいしか取れないだろうね。
そもそも、飽食の限界が「寿司」ってエキセントリックだし、芸術は本当にそれに集約しているのだろうか?
絵画はともかく映画と言う芸術は先ずは脚本をしっかり作っても貰いたい。
芸術で社会性を変える事は所詮出来ない。
つまり、今の芸術なんかでは、社会は変えられる訳が無い。
追記
五代くんと四谷さんじゃないんだから。ね!
追追記
絵画芸術と漫画、映画などの芸術は全く違うと理解しよう。特に大和民族の人達はね。
追追追記
底辺✕高さ÷2は三角形の面積だが、
2πRは円周である。
円の面積はrを2乗しなけりゃならない事を理解すべし。
まぁ、屁理屈付けすぎなんだね。
凄くいい作品でした。 出だしから言葉がささりまくってました。 歴史...
奇談
ただ、丸を描いただけの絵がフランス人に高評価、大金で売れることになる奇談。
確かに現代アートではキャンベルのスープ缶を描いた絵で有名になったアンディ・ウォーホルのような画家もいるから、まるをテーマにしてもいいのかもしれないが突飛な発想、荻上直子さんも無理があると承知しており、描いたのは素人でなく美大卒の玄人、評価は芸術の都おフランスで好評と定番の箔付け、贋作騒動や画廊非難も足していましたね。
それにしても製作動機が分かりません、インタービューを読むと荻上さんは堂本剛さんの大ファンで彼の映画を撮りたかった一心、堂本さんもかっては自分自身を見失い悩んだ時期もあったそうでアーティストにしたのは堂本さんと話しているうちに思いついたそうです。
諸行無常の平家物語のモノローグで始まるし円に拘る謎の老人(柄本明)、終盤では三角形を持ち出し、今度は円から三角に転換かよと笑わせてくれました。かもめ食堂の片桐はいりさん的キャスティングでしょうね。
始めと終わりで脇見運転、自転車転倒の繰り返し、これも円へのこだわりかしら・・。
やっぱり、ちょっとシチュエーションに無理があるので引きながら観ていました。
剛好きだったなぁ。
金田一の頃がピーク。演技として彼を見たのはある意味初めてかも。ひょうひょうとした感じは悪くなかった。現代アートって、え??これ私でも描ける??なんて、口にだしてはいけないことを、みんな一度は思ってるんじゃなかろうか。この映画でそれを語っているような気がする。何が流行るか分からない。それは本人が一番わかってない。今の全てにおいて言えることだと思う。動画のバズり、お笑い然り。前半は、人間の影響力ってすげーなーこえーなーって感じで俯瞰的に見てたけど、部屋中に円そうを描くところは、え‥なんかいいかも‥アーティスティックかも‥なんて思えてしまった。私も影響されてる人間の一人ということだ。自分の描きたい絵でいつか売れるといいですね。あの漫画家も。
今時お寿司は気軽に食べれる
2割のアリ
2回見ました
最後に大笑いしてしまいました。底辺!×!高さ!÷2!そしてスシローの炭火焼き豚カルビ。
このお話って、もっとエンタメ寄りと思って観始めたの。
“〇”によって人生が一変して、それが瓦解するまでのドタバタ悲喜劇だと思ってたの。
ところがぎっちょん、ごく普通の日常に終始するお話だったんですね。
それがよかったです。終始ほんわかと漂う優しさが味わい深い作品だったです。
数学という理路整然とした定理(〇)と、不平等な格差社会の不条理(蟻)の対比がなんちゃらかんちゃらとかいうテーマ(勘違も甚だしく思ったこと・笑)を、饅頭の皮みたいに優しく包んだお話だと思ったです。
ちょっと感心したのって、主演の堂元さんが隣部屋の綾野さんと会話(?)しながら涙流すシーン。目薬のごまかしじゃなくて、ごく自然とリアル涙流していましたよね。さすが表現者さんと思ったの。
綾野さんが非常にいい味出していて、思わず笑っちゃったの。
他のご出演者さんも、それぞれに個性がみっちりと詰まっていてよかったの。
特に森崎さん演ずるコンビニ店員・モーの「ゴヒャクゥ~ロクジュハチエンノオワタシィ~デス」からの「ごめんね…あいつらがバカでごめんね」と、やたら寿司に拘る横山のくだりが好きなの。「これ…よかったらどうぞ」からの「醤油がないぞー…」優しくて、ほんわかとした日常の会話に胸がほっこりしたの。
沢田が横山に差し入れした寿司のネタにやたら玉子が多かったのは見逃さなかったよ!
玉子焼きの美味しいお寿司屋おさんは、腕が超一流って何かで聞いたことあるんだけれどね。
回るお寿司屋さんにしか行ったことないから、よくわかんないや。スシローの炭火焼き牛カルビが至高の寿司ネタって思ってる私にはよくわかんないや。その炭火焼き、いつの間にかしれっと牛から豚にグレードダウンしてるんですよ。そんなことはどーでもいんですけれどね!いいんですけれどね!←また脱線しそう。
しないよ!脱線しないよ!ごめんなさい、本当にどーでもいいことでしたよね。
“〇”騒動がどこでどう瓦解するのか?その時に沢田とそれを取り巻く世界がどう変わるのかな?と思って観続けていたの。
なのにラストの「底辺×高さ÷2!」→ガチャ―ン!で本当に笑っちゃったの。(笑うところじゃないですよね)
アナーキスト・矢島の絶叫シーンを除けば(ここはこれで、吉岡さんの怪演がよかったんですけれどね)終始ほんわかのんびりと流れる日常を、難解な非日常の世界観で描き切った秀作だと思いました。
ちなみに鑑賞中にずーっと連想していたこと。『メッセージ』のアボットとコステロが描いていた言語の“〇” こちらの作品も、難解なテーマ(少なくとも私にとっては)を優しいお話で包んだ名作でしたよね。
(また無駄な脱線話で文字数稼いでるし()多いし・笑)
久しぶりにレビュー書いたから、書き方忘れちゃったよ。←一旦、全部忘れてやり直した方がええんやで。
荻上直子作品だったんだ〜
悟り
タイトルからして仏教の禅に言及した映画だと思いながら観はじめたのだが、まさかその境地=悟り=円相をまんまテーマにもってくるとは、荻上直子なんたる大胆不敵。仏教の開祖ゴータマ・シッダールタでさえ7年間の苦行と2ヵ月間の断食を経た後たどり着いた悟りの境地をこうも簡単に映像化されてしまうと、個人的には嫉妬心さえ覚えるのである。
ジム・ジャームッシュ監督『パターソン』にも、主人公の職業“循環バス運転手”や部屋のカーテン、奥さんが焼くクッキーなどにこの“円相”が用いられているのだが、本作と『パターソン』はほぼ同じテーマをチョイスしているといってもよいだろう。本作の主人公さわだ(堂本剛)が映画冒頭平家物語を暗唱し、『パターソン』にも“双子”がやたらと顔を出すのだが、両者ともおそらくお釈迦様がその下で悟りを開いたと伝えられる“沙羅双樹”をイメージした演出と思われる。
本作の撮影に入る前、荻上自身から堂本剛に熱烈な出演オファーがあったらしい。その“丸顔”が映像的にどうしても必要だったのではないだろうか。著名な現代アーティスト(吉田鋼太郎)のアシスタントとして安い給料でこき使われるさわだは、元々金への執着がなく、有名になって上手い寿司をたらふく食いたいなんて煩悩も持ち合わせてはいない。それは、小汚ないアパートの隣室に住んでいる売れない漫画家(綾野剛)やさわだの作品にペンキをぶっかけるエゴ?・テロリスト(吉岡里帆)とは対照的だ。
円相アーティストとしてバズったものの、前向きなミャンマー人ブッディスト(森崎ウィン)と一緒にコンビニで働き続けるさわだの姿は、運転手と詩人の二刀流を続けるパターソンとやはり同期しているのではないか。エサをやった公園のコイに次の地震を予知してもらっている先生(柄本明)に、人の心にささる“円相の描き方”のヒントを教わったさわだは、近年仏教に傾倒した映画を撮り続ける荻上直子監督の姿とやはり重なるのである。
金や名声のために円相を描け(映画を撮れ)ば、結局自分自身を追い込むことになり、やがて描くこと自体がつまらなくなり気力も失せてくる。バズればバズったで、搾取のせいで2割の蟻(社会の役に立っていない人間)に甘んじさせられていると思い込んでいる連中に真似されたり、標的(◯◯=双眼鏡)にされたりするけれど、そんなことはどうでもいい。ただ無我の境地で描きたい絵を描く(映画を撮る)、それがアーティストとしての“悟りの境地”なのだと、荻上は気づいたのではないだろうか。
たとえ現実は“底辺×高さ÷2=三角形”のヒエラルヒー社会でけっして“円相”ではないにしても、映画の冒頭とラストが同一シーン(飛ぶ鳥に見とれてさわだが自転車でこける)であるように、世の中競争に明け暮れたところで、所詮は元の“はじまり”の地点に立戻るだけなのだから。現代の分裂した世相を過去の歴史に重ねるアナリストが大変多いのだけれど、この世界いな宇宙の“輪廻構造”に気づくことこそ“悟り”への第一歩のような気がするのだが、どうだろう。
少し物足りなさを感じたけれど、良い作品だと思います
芸術における評価の不可解さや滑稽さが描かれていて興味深く鑑賞できました。
けれど、少し物足りなさを感じた。もうちょっとぐっと訴えかけてくるものがほしかったです。小ワザは効いていたけれど、ノックアウトには至らなかった感じ。
とはいうものの、これはなかなかいい作品だと思います。
鑑賞後も反芻できるような味わいがある。
偶然描いたただの「○」がバズり、もてはやされていく……。
映画だから多少大袈裟に表現しているけれど、これはあながちありえない話とはいえない(実際に、吉原治良という画家が描いた「○」は、日本の美術史に残る作品として知られている)。
売れない漫画家が語る「蟻のエピソード」が印象的。役立たずで終わるのではないか、という恐怖に苛まれるのは、クリエーターを志す人間なら誰でも一度は突きあたる問題だろう。そういう表現者の葛藤も織り込まれていて、脚本がよく練られているなと思った。
また、脇役のキャラクター設定が巧みで、それぞれの役者がいい味をだしていた。とくに吉岡里帆がよかった。「お前らは、ブタだ!」と叫ぶシーンは痛快であった。
森崎ウィン演じるモーさんもよかったし、イヤなやつの描き方もうまい。ただ、里帆ちゃんはもうちょっとなんかやらかしてくれるのではと期待していたのだが……。
まあしかし剛くんも歳を重ねてお顔が○くなりましたねぇ。
寿司?饅頭だよ。
見どころは観た方々がそれぞれで決められる
初めて観たとき 2回目観た時 3回目観た時とそれぞれの登場人物に
自然に感情移入して
想い気づかされる内容だと思います
本当の自分探しをしたいときに
みるととても良いと思うし
見終わってから
本当の答えがすぐ見つかる人もいれば
ふわふわして見つからなかった人もいると
いうような不思議なエンディングと
なるのではないでしょうか
いつのまにか
何か必ず心に残ってしまう
映画だということは
間違いないと思います
ぜひ自分探しをして頂きたいです
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