「現代に生きる、中東の人々の価値観」聖なるイチジクの種 オパーリンブルーさんの映画レビュー(感想・評価)
現代に生きる、中東の人々の価値観
一昨年「聖地には蜘蛛が巣を張る」というイラン舞台の娼婦連続殺人をモチーフとする映画を見て以来、イスラム社会に興味が尽きないので、今回鑑賞
「蜘蛛が…」で違和感を感じたのは、イスラム社会での女性への圧倒的差別。職場でも家庭でも、女性は男性に従属することを求められる。どんなに能力がある女性であっても、である
そして「聖なる…」でも妻は夫に傅かんばかりに尽くす(途中、親父の身だしなみ&毛染め&シャワーシーンがあったけど、アレいる?)。大学生の長女と、高校生(?)の次女も、家庭では現代っ子らしく親に口ごたえするが、結局母親には逆らわない
ヒジャブをまとった姿は取っつきにくい感じがあるが、家で床に寝転び、喋りながら毛抜きで娘の眉を整える母の姿は何処の国も同じようで微笑ましい
ヒジャブを着用しなかったことで拘置所に連行直後に亡くなった女性(アフサ・アミニさん)に対する抗議デモが頻発し、国中が混乱しつつあるイラン
そんな時、裁判所の予審判事として昇進したイマン。その職務はでっち上げの起訴状を認めるだけの、警察組織の傀儡ともいえる仕事で、それへの不満を隠さない彼は上司には嫌われていて、ようやく認められた昇進であった
裁判所の廊下が画面の端によく映るのだが、引きずられていく収監者、警官に連行される人々、廊下のドアの前にじっと亡霊のように佇む女性(そこで待ってろ!とか言われたのか…?)、裁判所がちょっとしたホラー
裁判所のドアごとに謎の等身大の男性が佇むパネルがズラリと並んでいて、あれ何なの?中東の濃い顔がにこやかに笑っているが、お化け屋敷のよう…
昇進し広い官舎に移れると、妻(ナジメ)は素直に喜びを示すが、夫はこれからもっと意にそまない仕事をせねばならないストレスから逃れられない
反政府組織に狙われることを懸念し、親しい上司に護身用の銃を与えられるが、それを紛失してしまい…というのがメインの筋立て
そこに至るまでが意外と長い。長女(レズワン)が友だちを家に招く、和やかな談笑の居間で娘は密かにスマホで抗議デモをチェック、次女(サナ)学校の制服の注文に行く…日常のシーンが多くて、肝心の銃が出てくるまで1時間はかかったかな?
私達があまり見たことのない中東の人々の普通の生活なので飽きずに見られるが、さすがにちょっと尺長めかなぁ。途中少し眠気が…
銃の紛失が出世の汚点になりかねないので、夫は家族を問い詰め、妻は子ども達の持物を総ざらいさせてまで探す。そこから何故だか、親戚の尋問のプロの男性との面談させられ、それでも銃は出てこない……
作中のデモのシーンは全て本物だそうで、演出ではない民衆の怒りが空気感で伝わる。がんじがらめに縛る神権政治(神のご意思だ、で全て決められる政治体制)への抵抗運動と、アメリカのトランプ政権に象徴されるような大衆的民主主義が、この現代世界にそれぞれ同時に存在していることがまさしく驚異と感じる