聖なるイチジクの種のレビュー・感想・評価
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前後半の想像を絶する転調ぶりに震撼させられる
かつて巨匠たちが創造性豊かな映画を作り出していた時代が幻想のように思えるほど、近年のイランは銀幕上で非常にキナ臭く映し出される。おそらく本作はその最高峰。167分と長丁場ではあるが、亡命したラスロフ監督にとってはその一分一秒が命と引き換えに獲得した貴重な時間の集積と言えよう。本当にこの国は誰が何のために戦っているのか理解しがたいところがある。それこそ「知らない」「わからない」は序盤において父の職業に対して向けられる言葉だが、中盤で不協和音が一気に高鳴ると、その全てが自己弁護のための切実な叫びに変わる。チェーホフさながらに不気味さの象徴たる銃の存在が際立つ一方、後半の家庭内ではまさにこの国の縮図のごとき超絶スリラーが展開。それに対し、未来を担うべき者はいかにして立ち向かうのか。その決死の転調と、撒かれた種が地を這って一斉に発芽するかのようなラストといい、息つく暇のないほどの緊張の連続だった。
“妻と子を守るべき家長”が“異分子を抑圧する独裁者”に変わるとき。国家とのアナロジーを思う
司法機関で勤勉に働く中年男性イマンが、昇進して調査官になる(さらに昇格すると判事になれる)。だが調査とは名ばかりで、反政府デモ逮捕者に不当な刑罰を下すための決裁を膨大に処理するのみ。市民から恨みを買う仕事のため、護身用の銃を支給されるが、これが自宅で行方不明になる。
イマンには妻と2人の娘がいる。家族を養い良い生活をさせることも、彼が働く動機になっていたはずだ。だが銃の紛失を契機に、家族の関係が大きく変わる。父は家族を疑い、猜疑心を募らせていく。娘たちがデモの現場で大けがをした友人を助けたことも、自身の愛国心と相容れない。紛失が発覚すれば出世がなくなるイマンは追い詰められ、犯人が誰かを白状させるため強硬手段に出る。
家族であれ国家であれ、“家”=共同体を構成する各個人は互いを尊重し、助け合い支え合うのが理想であり、リーダーはそうした理想の実現のため皆を導く存在のはず。だがいつしか、個々人を守ることよりも共同体の体制を維持することや体面を守ることが優先され、導くべき存在が独裁者に変貌する。イマンと家族たちの物語は、国民の自由を抑圧し異論を封殺する国家のアナロジーのように思えた。
各所で紹介、解説されているように、イランで反体制的な作品を作るのは文字通り命懸けの取り組みだ。167分という大長編ではあるが、イランの映画人たちの気概と願いを心して受け止めたい。
こんなに面白い映画があって良いのか?
ミニシアターで滑り込みで鑑賞。2025年ベスト10になりそう。イランからは時々凄い映画が出てくるが本作もその一つだった。芸術とは何かを見せつけられた感じ。イスラム社会でも問題児とされるイラン社会の闇を暴きながらもちゃんとサスペンススリラーなエンタメ映画としても成立していて2時間50分近いのに全く目が離せなかった。前半こそはスローなシーンが幾つかあったが後半で一気に予測できない方向へ流れていく物語に圧倒された。
そしてこのイラン人ならではの決して派手では無い静かな抵抗、静かな怒り、静かな悲しみ、静かな不安、自らの信仰心と向き合い、宗教とは何かを問う内容に反逆の精神を強く感じて見ていて興奮が止まらなかった。ジワジワと迫ってくるような緊張感。彼らの生活感や何を恐れて生きているかを我々は知らないが彼らの身になって考えてみようという気持ちにさせてくれる映画だった。弱者を弾圧する側に飲み込まれた一家が主役という設定も素晴らしかった。
マイナス0.5は男性のシャワーシーンに興味がなかったから。笑
このシーンが何を意味するかはよくわかってるけど。イスラム社会では身体を清めることが物凄く重視されているからね。
様々な感情が湧き上がる素晴らしい映画だった。
【”女性の命、人権を蔑ろにする国、男にイスラムの神の加護はない。”今作はイラン革命裁判所の審議官になった男が、護身用に渡された銃を紛失した事で窮地に立たされ、本性を現し報いを受ける寓話である。】
<Caution!内容に触れています。>
ー 今作は、2022年にイラン・テヘランでヒジャブ着用を義務付ける法律に違反したとして、警察に逮捕された女性アフサアミニさんの不審死により、テヘランで起きた”女性・命・自由”運動を背景に描かれている。
そして、今作製作により有罪を言い渡されたモハマド・ラスロフ監督はドイツに亡命したのである。
ご存じの通りイランは、映画大国であるがモハマド・ラスロフ監督やジャヒール・パナヒ監督は、反体制的な映画製作により、度々国家から厳しい処分を受けている。
だが、モハマド・ラスロフ監督は、そのような危険を承知でこの運動を弾圧する政府の役人の一家をドラマとして描いたのである。ー
■革命裁判所の審議官に20年掛けて昇進したイマン(ミシャク・ザラ)は彼を昇進させた上司から護身用の銃を渡される。
抗議デモ参加者に対する山の様な判決書に目を通すことなくサインする事を裁判官から求められる彼は日に日に疲れが溜まって行くが、銃の紛失を切っ掛けに、それまで彼を娘達レズワン、サナたちからの糾弾から彼を擁護して来た妻ナジメ(ソヘイラ・ゴレスターニ)にも当たるようになり、到頭彼女達を郊外の叔父の家に連れて行き、誰が銃を盗んだのかを尋問する愚かしい行為に走るのである。
◆感想<Caution!内容に触れています。>
・イマンが昇進した当初、妻ナジメはお祝いをするし、食洗器を買ってくれと頼むし、官舎に引っ越すので娘達に部屋を与えられると喜びを隠せない。
だが、夫が革命裁判所の審議官になった事で、家族には政府に対する忠誠がじわじわと求められるのである。
・レズワンの親友がデモに巻き込まれ、散弾銃を顔に受け血塗れになってイマン家に担ぎ込まれる辺りから、物語はきな臭くなる。血まみれの顔から散弾を取り出すナジメの表情と娘達の怯えた表情。
・イマンとナジメはそれでも、娘達に政府に対する忠誠を強制し、娘達は激しく反発するのである。そして、ある日イマンの銃が無くなるのである。
イマンは最初、自分のミスと思い部屋中を探し回るが、徐々に疑いはあろうことか、妻や娘に向けられて行くのである。
■今作では、スマホで撮影したと思われる実際のデモで、道路に血だらけで横たわる学生やニュースなどが映される。
正式なカメラでは当然、無理だったのであろうが、それが逆に臨場感を増している。
・イマンは上司から見つからないと懲役3年だと叱責され、代わりの銃を渡されるが、焦りを深めて行くのである。街中で隣に停まった車の若い女性が、ヒジャブを付けていない姿を見た時の彼の険しい顔。
・到頭、彼は妻と娘達を郊外の叔父の家に連れて行き、誰が銃を盗んだのかを尋問する愚かしい行為に走るのである。妻とレズワンを牢に閉じこめるが、銃を盗んでいたサナは脱出する。
サナは父に向けて且つて家族が仲が良かった頃に行ったピクニックの時の音声を流すのだが、イマンにはその想いが届かない。そして、サナは逆に父を閉じこめナジメとレズワンを開放するが父も脱出し、激しい追いかけ合いが始まり、イマンとサナは銃を向け合うのである。
そして・・。
<今作は、イラン革命裁判所の審議官になった男が、護身用に渡された銃を紛失した事で窮地に立たされ、愚かしき本性を現し報いを受ける”女性の命、人権を蔑ろにする国、男にイスラムの神の加護はない。”事を描いた恐ろしくも哀しき寓話なのである。>
<2025年4月20日 刈谷日劇にて鑑賞>
平和ボケと
行動し、声を上げ続ければ、きっと変わる
1 国家に奉ずる家族の崩壊劇を通し、体制に抗う信念を見せる。
2 イスラム教の戒律の下、強力な国家体制のイランが舞台。予審判事に任用され上級役人の入口に立ったイマン。妻と娘二人の四人暮らし。女性に義務づけられているベールをつけず逮捕された学生の不審死を端緒に、改革を望む若者たちによる非合法の集会やデモが相次いだ。国家権力は参加者を逮捕し、抵抗した者は発砲や殴打により多くの血が流された。そうした中、イマン家において身辺自衛のため国から貸与された拳銃が忽然と消えた。果たしてその行方は・・・
3 本作では、国家権力の残虐性があらわにされる一方、それに抗う人々の姿を映し出す。公権力の影響は次のようなところに表れた。①元来誠実な仕事人であったイマンが次第に周囲に馴らされ、処刑マシーンとなる。②非合法といえども集会などに参加した同国人に対し公権力は発砲し、女学生が顔面に被弾。そして連れ去られた。③マスコミは政府発表をそのまま流し、真実を求める人は、ネットで情報を得ようとし、権力に抗う人は、スマホを構え実態を発信する。
4 そんな中、消えた拳銃の行方について、家族内の誰もが疑心暗鬼となり、犯人探しが続く。映画の終局において、拳銃の行方が解る一方で家族関係は崩壊する。サスペンスが不穏な空気を纏いテンポアップした後、この家族にとって悲劇的な最後を迎える。
5 それは、まさにイランにおいて長年女性に強いてきたしきたりや公権力の終焉を示唆するものであり、監督のストレートな思いである。願わくば、彼の国において近い将来、話し合いの下で不合理な弾圧が無くなることを望みます。
ストーリーはおまけ?
ぶっちゃけ、ただの親子喧嘩の話しだよな?
映画が始まってから30分、なかなか話しが進まずガールズトークが続く。これは必要だったのだろうか?
お父さんが拳銃を支給されるも、家の引き出しにしまっていたが無くなってしまう。でも、海外だから拳銃はそこらで買える筈だし、
馬鹿正直に拳銃を無くしてしまいました。ごめんなさい。
と言わなくとも、黙っていればよくない?イランって、拳銃を持ってはいけない国だったのだろうか?その辺がよく分かりませんでした。
お父さんは、毎日のように裁判で大忙しで病んでしまう。体制側の人間という事で、町をドライブしていても、どいつもこいつも襲撃者に見えてしまうがカースタントがゆるふわ系なので、特に怖くも無し。
それだと、お話しが転がらないので、お父さんはちゃんと反体制側に住居がバレて住所も公開されてしまう。得物はベレッタ一丁のみ。
お父さんは、生家に逃げる途中に、謎の車に追われる。
さぁ、やっと、37564タイムかと思いきや、予算の関係か車を壊さない程度のはんなりとした腑抜けどもカーアクションはあっさり終了。
おいおい、ここはどちらかの車が路上を何回転もしてスクラップになった車からはい出してからのー?
二丁拳銃、ショットガン、ライフル、バズーカ砲での特撮モノみたく爆破シーン挿入だろうよ?
スマホを持った女と、何か棒のようなモノを持った男が襲いに来た所で何が怖いのでしょーか?
肝心の拳銃を隠した家族が誰かを知る為に、お父さんは母親と姉と妹を尋問する。そして、犯人が分かってお父さんは犯人を追いかけて対峙するのだが...、
何ともあっけない終わり方で唐突に物語は終了しゅる。
映画本編後には、実際のデモの映像が流れて、群衆が体制側に勝利しているような映像で終了する。
これには、体制側も激怒ぷんぷんまるで、矢をもて追われた監督はイラン国外で撮影を実行せざるでござーる。
冒頭に、デモに参加していないのに巻きこれて、顔面にショットガンの実弾を食らって、投獄された、おにゃの子がいたが、あの映像を見て、
おっしゃ!許せねー、ワタシもデモに参加しよう!
と、思う人がいるだろうか?
そして、ラストでお父さんがお前等のつまらない正義感で、あんな事になってしまうが、残された、母親と娘二人はどうなってしまうのだろうか?
お父さんが家族の為に汚ねぇ仕事をして稼いできたお金で贅沢三昧をしていたのに生活レベルを落とす事が今更、できるのだろうか?
その後の三人の、どぶさらい劇場を映画にしていたら、国を追われる事もなかったのに...。
好奇心猫を殺す。つまらない正義感は毒にも、薬にも、ならないし、映画監督のキャリアも殺すというお手本のような映画。
パヨクにだけお勧めの映画だ!
家族の関係とは何かが良く分かる映画
イランの見ごたえのある素晴らしい映画でした。国家を大事にするあまり、家族関係が壊れていく様を観ることは胸が締め付けられる思いでした。また、最後のシーンに行きつくまでに流れを変えることは出来なかったのか残念に思いました。
なお、上映終了後、次女が銃を持ち出した理由について考えていたのですが、私は妹はお父さん、そしてその後ろにいる社会体制を純粋に困らせたかったのではないかと思いました。お母さんにかばってもらい、その後、お姉さんにかばってもらったシーンで、何故、正直に「お父さん、私が持ち出した」という一言が言えなかったのか、いや言わなかったのか、不思議でした。みなさんはどう思われましたか?
やはり、応援
それがどんなに苦労して制作されたものであろうと、つまらない映画はやはりつまらない映画です。作品の背景にかかわらず、その映画一作の内容のみで僕は良し悪しを判断しています。しかし、イラン政府からの弾圧で財産没収・懲役8年の宣告を受け、国外脱出してまでも撮り続けた作品となると、やはり応援したくなります。まさに命懸けの映画制作なのです。
反政府デモの参加者に不当な刑罰を盲目的に連発する裁判手続きを担わせられ、伝統社会・国家権力からの抑圧に悩む父親が、家庭では有無を言わせぬ圧政者になる歪な権力構造のコントラストが見事です。物語前半で、学生の抗議行動を支持する二人の娘、立場上そんな事を公に出来ない父親、その間に入って苦悩する母親、それぞれの議論が非常に示唆的で考えさせられました。物語としては、後半のミステリー的展開がハラハラの見せ場なのでしょうが、家族に犠牲が出ようとも、娘はなぜそんな行動を取ったのかをきっちり描き切ってミステリーとして完成させてほしかったな。そこを観る者に考えて欲しいというのが監督の狙いなのでしょうが。
たとえどんな映画だろうと、制作した出演したと言うだけで刑罰が下るなどというおぞましい世界が進歩出来ます様に。
庇護と支配、リスペクトと服従
イランにおける国家権力と女性との関係を、家長である父と、妻娘に投影して分かりやすく映画にした感じ。
男は、弱くて劣ったものである女性を庇護し、良い暮らしをさせるために、外部のあらゆる敵と戦う。その代償は女たちからのリスペクトと自分への服従。
その女性達が男と対等な者として自己主張し始めたら。
リスペクトと服従を拒否し始めたら。
一転して恐ろしさを見せつけて力で支配下に置こうとする
イマンの本性を知った妻と娘は抵抗し、結託して彼をあえて崩れそうな場所に誘い込んで落下させる。
「父」とともに葬られた銃は暴力の、指輪はイスラム教的家父長制の権威の、分かりやすいメタファーだろう。
かくあれかし、というラストのよう。
映画はここで終わるが、ストーリーは終わらないと思う。
強権をふるう父を葬ったは良いが、妻と娘たちはこの後どうするのだろう。
今まで当然のことと受け取っていた良い生活は、父がもたらしたものだ。
彼女たちはこの瞬間から自分で自分を守り、食わせていかなくてはならない、茨の道なき道に突入したのだ。
専業主婦と世間知らずの若い娘たちには想像もつかないような、とんでもない苦難の予感しかない。
体制の権威を葬るということは、そのおかげで受けてきた恩恵も当然に手放すことだが良いんですよね、という覚悟を女性たちに問うているようにも感じる。
イマンが良心を犠牲にしてただ家族のためにと苦悩しながら今の仕事にしがみついているのを娘たちは知らない。パパを汚いとか非道だとか罵るけれど、パパがそうやって稼いだお金で良い暮らしをして大学にも行っている自分に対しては何も思いが及ばない娘たちに違和感があったが、娘たちの世間知らず、思慮の浅さを際立たせるための演出だったのかもと思ってしまった。
ちょっとズルくないですか
前半が硬派な社会派ドラマ、後半はファミリーホラー
テンポが良いとは言えず、大分冗長な感じがしました。
見事なジャンルMix作品
予告では銃盗難に焦点が当たっていたので、ミステリー中心の作品だろうと
思っていたら、それだけじゃなくてジャンルMixのエンターテイメント作品となっていた。
約3時間が次のジャンルで約1時間ずつ。
・イランという国の窮屈な体制を描く社会派章
・銃紛失or盗難事件のミステリー章
・家族内サバイバルホラー章
イランの体制は本当に窮屈だ。
宗教が要因ではなく、権力者の宗教の解釈によるものだと思う。
国にまつわる仕事は監視されていたり(盗聴エピソード)、
女性のファッション(ヒジャブ🧕など)、体型が出ないように、髪色、ネイルなど
自由がきかなかったり、若い子はやはりスマホで世界の情報を得ていることから
もっと自由になりたいのは自明の理。そこが自由にできない窮屈さが強調されている。
銃紛失・盗難疑惑も家庭内で起きてしまうが、
それも父親の秘密主義(これは仕事上、仕方のないことだが)及び
父親の仕事へのアンチテーゼが生んだ事件だと思う。
しかし、家族を疑い尋問にかけていく流れは、やはりお国柄だと思うし、
どんどん家族が崩壊していくきっかけになっていて、誰の犯行かはわからなかった。
長女の友達が犯人かも!?とも思ったが、動機がないよなぁと思ったり。
ラスト1時間はまさかの父親による妻&娘二人の監禁、
そして妻・娘が逃亡してからのvs構図になり、サバイバルホラー化していく流れは
実にエンターテインしている。オチも読めない。
ただ、次女が銃を盗んだことがわかり、次女が巧みに父親を誘い出し、
母親・長女を救い出しつつ、みんなで逃げる&父親に追われる構図には目が離せず、
ラストのオチも予想外でめちゃめちゃ楽しめた。
あまりにも面白く、パンフレットも購入した。じっくり理解を深めていこうと思う。
え!って言う結末
2022年に22歳のマサ・アミニさんの不審死をきっかけに起きた抗議運動を背景に、イランの現状を実際の映像も盛り込みながら描いた作品。
テヘランで妻と2人の娘と4人で暮らしていたイマンは20年にわたる勤勉さを評価され、念願だった判事の前の調査員に昇進した。しかし仕事の内容は、反政府デモの逮捕者に不当な刑罰を下すための政府のしもべだった。報復の危険があるため護身用の銃が国から支給されたが、ある日、家でその銃が消えてしまった。イマンによる紛失と思われたが、妻ナジメ、長女レズワン、次女サナの3人に疑惑の目が向けられるようになった。さてどうなる、という話。
時の政府に都合の悪い人々を次々に逮捕、拷問、起訴、と自国民を弾圧する立場になってしまったイマンの葛藤、そんな夫や父に対する妻や娘の我慢の限界、そんなイランの現状がわかる作品。
これがイランで上映出来ないのはわかる気がする。
真っ当な選挙で選ばれない指導者が率いる国は多かれ少なかれ自国民を弾圧してるのだろう。
女性・命・自由、どれもがないがしろにされてるイランの現実が悲しくなる。
そして、あの結末はどういう事?
長女が隠してた拳銃を次女が奪って逃げ、父親を撃った様だが、そんなに父親を憎んでたのか?
最後はちょっと狂ってきたようだったが、それまでは真面目で良い父親に見えたけど。
次女に撃たれた父親は土に埋まって死んだの?助かった?
どうなったんだろうと、余韻の残るラストだった。
完成度高い
現代社会の病理が上手く描かれている。
最初は題名が可愛いと思った。
冒頭で流れるイチジクの生態。
結局、イチジクって誰(何)なのか?
末娘って事ならかなり封建主義的な発想で父親がまさにその様な男性。
母親も母の鑑のような母性溢れる描き方をされている。
昔ながらの権威主義的な父親の方に肩入れしてしまうのは、自分の年齢のせいなのか、作品の作りなのか。
だって、隠蔽体質な権力は問題あるけど、YouTubeやSNSで発信される情報が全て真実と思い込むのも早計というか。
正しいからってそれが全て真っ直ぐ通る程世の中は簡単じゃないし。
結局、民衆は権力であれ、YouTube等の金権威主義的集団にであれ、誰かしらに搾取され続けて生きるしかないのではないかと思う次第で。
事前情報なしで観たので物語に意外性があって面白かった
2022年のイラン治安当局の役人の一家4人の生活と家族の崩壊を描く。
イランで起きた政府への抗議運動(と政府による弾圧や虐殺)を物語の背景にしており、映画では抗議運動と政府弾圧の実際の映像も織り交ぜている。
治安当局の役人の妻の視点を中心に物語は進む。
細かくは書かないが、物語の構造的には「シャイニング」のイランの政治的映画版と言ってもいいほどだと思います。
実質的な主役である妻を演じたソヘイラ・ゴレスターニがとても美しい。
事前情報なしで観たので、物語に意外性があって面白かった。
「聖なるイチジクの種」の意味は、映画の冒頭テロップから、各々が考えることだと思う。
監督のモハマド・ラスロフは、2024年に秘密裏にイランを出国している。そして、映画製作による国家安全保障に関わる罪で、欠席裁判により2024年5月に禁錮8年の実刑判決が出ているそうです。
リアルとメタファー
マフサ・アミニさんの事件からのデモは、当時のツイッターでよく流れてきたので目にしていましたが、あそこまで生々しい警察の暴力までは流れてこなかったので、今更ながら衝撃でした。
家族の安全で豊かな暮らしのためのなんとか家族をコントロールしていたママ、なんやかんやで優しい。しかしデモで傷ついた友達や拳銃紛失で疑心暗鬼がどんどん広まっていく。
後半は前半で語られなかった父親の仕事内容が家族に向けられ、見事に彼の国の縮図を見せてくれ、背筋が凍る。
最後の方の追いかけっこはちょっと長かったかなー、だけど、映画的な画が欲しかったのかな?と思いました。
ヒジャブへの抵抗は敵(アメリカかな)の陰謀、っていうお父さん、まあちょっと分かるけど、やっぱり長女の反論がとても説得力あって、今も自由になりたい女性は沢山いるはず。神や信仰に背いたら死刑とかむち打ちとかマジ極端で怖いよ…
二時間半があっという間の、すごい映画でした。
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